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放課後、シナミや、シュンと遊び、都心のマンションに帰宅する。
時計を見る。夜の8時をまわったところだった。
両親は、仕事が忙しく、両方とも出張続きで、最近は顔を合わせていない。
でも、アタシももう高校生だ。寂しくなんて無い。シナミや、シュンもいるし。
それに、寂しさを感じている暇なんて無い。これから仕事だ。
クローゼットを開け、勝負服や、ルームウェアを掻き分ける。
そうして出てきたのは、紅いドレス。
ネタ用の安っぽい物じゃない。セレブの人達が着ているような凄いヤツだ。
これでアタシは、艶やかな大人の女へと変わるんだ。
駅前のガールズバー。そこがアタシの職場だ。
ホントは高校生がこういう仕事しちゃいけないんだけど、歳をごまかして働いてる。
大人っぽいメイクをして、大人っぽい服を着ていれば大学生くらいに見えるもの。
店長の話だと、12歳でアタシと同じ仕事をしている子もいたそうだし、中学生料金で遊園地とか入るのと同じようなものだから、今時、これくらい普通なんじゃないかな?
ネオンで青く彩られた店内は、歌声や、笑い声で満たされる。
あそこのスーツを着た人は会社帰り? 壁際のラフな格好の色黒な人はもしかして同業者かも。
一人で誰かに会いに来る人。彼女を連れてデートをする人。みんなで騒ぎに来る人。
アタシはカウンターでカクテルをつくりながら、話をし、触れ合う。
本当にいろんな人がいる。共通点といえば、お酒が飲みたい、人と触れ合いたいってところかな。
実はみんな、寂しがり屋なのかもしれない。
――カラン、カラン――
入り口のカウベルがお客さんの来店を告げる。
「いらっしゃいませ」
アタシは、反射的に言い、お客さんを見た。一人の男性が店内に入ってくる。
顔に覚えは無いから少なくとも常連の人じゃない。
二十歳後半くらいかな?
高そうなスーツをワイルドに着崩し、男の色気ってヤツを発散してた。
日に焼けた肌がはだけたYシャツから見える。
シュンも結構イケてるけど、こっちは段違いにカッコイイ。
アタシは、オシボリもコースターも出さず、ボーっとしてしまっていた。
「ここ、いい?」
「あ、はい。すみません」
彼はアタシの前に座った。
「ドンペリのピンク、ある? ボトルでいれて」
「う、うん、あります」
声がちょっと上ずる。しかも、敬語もおかしい。
アタシは、横でカップルのお客さんと話している店長に小声で、「ドンペリ、ピンクお願いします」
とささやいた。店長はにやけながらバックヤードへとダッシュで取りに行った。
ドンペリっていうのは、ドンペリニオンの略で、めちゃくちゃ高いシャンパンね。んでピンクってのは、よくわかんないけど、ドンペリのなかでもめっちゃ高いヤツ。
天井から掛かっているシャンパングラスを一つとり、彼の前に置いた。
「君、名前は?」
「アキっていいます」
「よかったらアキちゃんも飲みなよ」
男が白い歯を見せ、言った。
そんな風に言われたら、未成年だけど断れない。ま、いつもこのパターンで結局お酒のむことになるんだけどね。
軽快な音と共に、コルク栓が開く。
互いのグラスに、ドンペリを注ぎ
「「乾杯」」
と、グラスを触れ合わせた。
グラスに注がれた液体を見つめてみる。
ドンペリ、飲んだこと無い。どんな味がするんだろ。
口をつけ、ちょっとだけ飲んでみる。
炭酸がキツイ。味は……よくわかんない。
「シャンパン、始めて?」
いつもならここで、お客さんが無理矢理飲ませてくるのに、彼は、アタシに優しく尋ねた。
「はい、お酒ってよくわかりません」
今更取り繕っても遅いので正直に答えるアタシ。
「ま、未成年じゃしかたないね」
「え!!?? どうしてわかったの!?」
驚いて、また敬語が崩れた。
「わかるよ。瞳が違う」
「どう違うの?」
「なんていうか、こう、キラキラしてる」
「ヤダ、それ口説いてる?」
こういう仕事をしているとデートとかそういうのに良く誘われるし、ホテルまでいっちゃう子もいる。
ちなみにアタシは今まで許したことはない。
「うん、口説いてる。仕事、何時に終わるの? 終わったら、どっか、行かない?」
彼の甘い言葉が、アタシの中に入ってくる。
「どうしてアタシなの?」
「可愛いからじゃ、だめかな」
そういう彼は凄く魅力的に見える。
見た目は好きだ。ワイルドで悪っぽいのが良い。
お金もありそう。
だったら、断る理由はない。むしろ、逆タマのチャンスだ。
「うん、わかった」
アタシは、イェスの返事を返した。