あなたのやったことは人殺しだ(後編)
ここからエンジンがかかる。「八田さんのマンションに防犯カメラが設置してあるのです。あの夜の防犯カメラの映像を確認すると、零時四十四分に八田さんがマンションを出る姿が記録されていました」
「へえ~そうかい。じゃあ、あれだ。あの、榊を出て、やつが来るのを待っていたからだ」
「電話をしたのが店を出てからだった訳ですね?」
「そうとしか考えられないじゃないか⁉」
「おや? 逆ギレですか。その辺を確認する為に、我々、足を運んでいるのですけどね」
「おじさん。俺、忙しいの」
森は、こういう挑発には乗らない。
「話を戻しましょう。では、午前一時十二分に駐車場を出た時、車を運転していたのは誰です?」
「それは・・・俺だよ。駐車場を出て、直ぐに車を停めた。酔っていたからね。運転したって言っても、ほんのちょっとじゃん。それくらい良いだろう?」
「あなたは車を運転して、午前一時十二分に駐車場を出た、だけど、車を停めて八田さんが来るのを待っていた。そうですね?」
「そう、そう。おじさん、分かってるじゃん!」
「八田さんの携帯電話の通話履歴を調べたのですけどね。あなたから電話があったのが、零時三十九分でした」
「車を停めてから、暫く寝ていたからね。ほら、さっきの問題。通報まで一時間半、どこで何をしていたのかってやつ。俺が車で寝ていたからだよ。うん。そう、そう」
本城は上機嫌で頷く。
「上手く言いくるめたつもりかもしれませんが、そうは行きませんよ」と森が凄む。「人を撥ねたのは、あなただ。榊を出たあなたは、酔ったまま車を運転して帰ろうとした。そして、残業で終電になり、とぼとぼと駅から自宅まで歩いて帰っていた倉田さんを撥ねた。居眠りでもしていたのでしょう。倉田さんは病院に運ばれた後、亡くなっています。死亡した時刻は分かっていますが、事故に遭ったのか何時なのか分からない。それが分からないと、あなたの証言が通ってしまう。そこが非常に悩ましい点なのです」
「だから、俺は寝てたって!」
「でもね。車を運転していたのは、あなただ。あなたで間違いない。人を撥ねたことに気がついたあなたは車を停め、慌てて、八田さんを呼んだ。それが零時三十九分です」
「違う。何を言うんだ!」
「いいからお聞きなさい。八田さんはタクシーで駆けつけて来た。恐らく、現場から少し離れた場所でタクシーを降りたのでしょうね。そして、あなたと合流した八田さんは警察に通報した。自分が車を運転していたことにしてね」
「だから、違うって言ってるだろう!」
「そろそろ終わりにしましょう」と森が言う。しかし、人が悪い。いよいよ仕上げだ。「実はね。最初から、全て分かっていたのです。あなたが車を運転していたことがね」
「・・・」本城が目を丸くする。
一生懸命、考えているのだ。何がいけなかったのかを。
「あなた、自分の車にドライブレコーダーを搭載していることを忘れていたようですね。我々は車を回収して、ドライブレコーダーの映像を確認しました」
本城の顔が見る見る青ざめる。
「はっきり映っていましたよ。倉田さんが撥ねられるところが。そして、車を停めて出て来た運転手の顔が、ヘッドライトに照らされて、はっきり映っていました。あなただ。あなたが出て来て、八田さんに電話をかける様子が映っていたのです」
「そうか・・・」と本城が絶句する。
下手の考え休むに似たりだ。小細工を弄するが余り、自分の車についたドライブレコーダーの存在を忘れていたのだ。もともと、矛盾だらけの証言だったが、映像を見た森たちは、本城が車を運転していたことを、はなから知っていた。
「ひとつ、あなたに言っておきたいことがあります。倉田さんを診た病院の医師の話では、もう一時間、いや三十分でも早く救急車を呼んでいれば、倉田さんは生きていた可能性があるそうです。分かりますか? あなたが八田さんを待っていた時間が、倉田さんの命を奪ったと言えるのです」森は一旦、言葉を切ると、「あなたのやったことは人殺しですよ!」と本城を一喝した。
本城はびくりと体を震わせると、がっくりと肩を落とした。
大スターの身代わり。よくありそうな話。