戒厳の町
2025年5月末、アメリカ騎士団国がテキサス人民国への攻撃を開始した。ダラスの街は爆撃と戦闘で混乱に包まれ、騎士団の戦車部隊が市街地を蹂躙。テキサスの抵抗軍は善戦したが、騎士団の新兵器「ワルキューレ」ドローン群に圧倒され、市民は地下シェルターに逃げ込むしかなかった。ニュース映像には炎上するビルと逃げ惑う人々が映し出され、北米全土に衝撃が走った。
この事態を受け、アメリカ連邦共和国でも即座に戒厳令が発令された。シアトルの街は一夜にして様変わりし、憲兵が主要道路を封鎖。食料は配給制となり、スーパーの棚は空っぽに。政府は市民に地下都市――地下街や地下マンションへの移住を指示し、桜ヶ丘学園の生徒たちも寮から地下施設へ移動を余儀なくされた。悠斗は荷物をまとめながら、「まるで戦争映画みたいだ」とつぶやいた。
学園の友人で、活発で男勝りな性格の山本優香は、地下に移る準備を手伝っていた。彼女は普段、どんな時も豪快に笑うタイプだったが、今回はさすがに動揺を隠せなかった。「なぁ、悠斗……ダラスがああなるってことは、俺たちもヤバいんじゃないか?」彼女の手が震えていた。
悠斗は優香を見て、励ますように言った。「連邦には日本帝国連邦がついてる。騎士団国だってそう簡単に手出しできないよ」すると優香は無理やり笑顔を作り、「そっか! なら大丈夫だな!」と声を張った。そして、緊張を誤魔化すように「プッ」と屁をこき、「おっと、緊張すると出ちまうんだよ!」と笑いものにした。悠斗は呆れながらも、「お前らしいな」と苦笑した。
地下施設に移った生徒たちは、狭い空間での生活に戸惑った。配給されたおにぎりと味噌汁を手に、優香がまた冗談を飛ばす。「これ、戦争って感じだな。次はお前がスパイだって密告してやろうか?」周囲が笑う中、悠斗は内心で考えていた。「優香だって怖いはずなのに……俺も強くなんなきゃ」
その夜、地下の簡易ベッドでニュースを見ると、テキサス人民国の敗北が伝えられていた。騎士団国の指導者クロイツが「次は連邦だ」と宣言し、悠斗の胸に冷たい不安が広がった。布哇のヘルガは無事か? シアトルの地下でさえ安全とは限らない。彼は優香の笑顔を思い出し、「みんなを守るためなら、俺だって戦える」と決意を新たにした。
戒厳令の下、シアトルの街は静まり返り、地下都市に響くのは憲兵の足音と、不安がる人々の声だけだった。