ヴァルハラの号令
ロッキー山脈の東に広がるアメリカ騎士団国は、冷たい風が吹き荒れる荒涼とした大地にそびえていた。首都「ニューアーリア」の政府庁舎では、ハーケンクロイツの旗がはためき、鉄の意志を持つ指導者たちが集結していた。2025年春、騎士団国の最高指導者ルートヴィヒ・クロイツは、演壇に立ち、冷酷な声で宣言した。「北米は我々の聖なる疆土だ。北のアメリカ帝国も西のテキサス人民国も、いずれ膝を屈する。統一は我々の運命だ!」
この日、騎士団政府は周辺国への圧力を強める新戦略を打ち出した。北部のアメリカ帝国には経済制裁と国境での軍事挑発を、南部のテキサス人民国にはスパイ工作とプロパガンダを展開。だが、クロイツの眼差しはさらに遠く、西海岸の「アメリカ連邦共和国」へと向けられていた。「西に逃げた劣等人種と売国奴どもが、我々の神聖な血を汚している。ユダヤ人、黒人、そして対日協力者……彼らに裁きを下す時が来た!」と彼は叫び、聴衆の将校たちが拳を振り上げて応えた。
庁舎の地下では、秘密会議が開かれていた。騎士団情報部長、ハインリヒ・ヴォルフが地図を広げ、作戦を説明した。「我々は『オペレーション・ヴァルハラ』を始動する。目的は連邦に潜伏する亡命者と協力者の摘発、そして殲滅だ。既にシアトル近郊でスパイを数名拘束されたが、我々のネットワークはまだ生きている。布哇や太平洋の諸島、オーストララシアやその他親日国に逃げた国際ユダヤ共もターゲットだ」
将校の一人が尋ねた。「連邦は日本帝国連邦の傀儡だ。介入すれば戦争になるのでは?」ヴォルフは薄笑いを浮かべた。「だからこそ、秘密裏に進める。工作員を潜入させ、内部から崩す。日本が気づいた時には手遅れだ」
地図には、赤い線が連邦から日本、シベリア、広東、浦塩、インドネシア、オーストララシアといった地までタコの足のように伸びていた。騎士団は、西海岸に逃げたユダヤ人の大半の足取りを突き止め、追跡を開始していた。ヴォルフは続けた。「我々の新兵器、ドローン群『ワルキューレ』を投入する。連邦の防空網を掻い潜り、ピンポイントで標的を仕留める。これが聖なる神と、我が帝国の為に命を落とした彼らの住まうヴァルハラへの贄となる」
会議が終わり、将校たちが庁舎を去ると、クロイツは窓から荒野を見下ろした。「神聖な北米を取り戻す。我々の血は純粋であり続ける」とつぶやき、その瞳には狂気じみた光が宿っていた。
一方、遠く布哇県では、ヘルガが新しい生活を始めていた。穏やかな海と椰子の木に囲まれた島で、彼女は少しずつ笑顔を取り戻しつつあった。しかし、彼女の知らないところで、「オペレーション・ヴァルハラ」の影が忍び寄っていた。シアトルの悠斗と茉由もまた、不穏な空気を感じ始めていた。