迫る危機
「連邦で騎士団国のスパイ拘束」のニュースが流れた夜、ヘルガは恐怖に打ちのめされ、医務室のベッドで寝込んでしまった。彼女の青い瞳は閉じられ、時折うなされながら「逃げなきゃ……追ってくる」とつぶやく。佐藤悠斗は医務室の椅子に座り、彼女の手を握りながら見守っていた。
翌朝、悠斗のクラスメイトで明るい性格の藤田茉由が医務室にやってきた。茉由はヘルガが転校してきた日から彼女に興味を持ち、すぐに友達になっていた。「悠斗、ヘルガちゃん大丈夫? なんか顔色悪いよ」と茉由が心配そうに言うと、悠斗は小さくうなずいた。「昨日からずっとこんな感じ。スパイのニュース聞いて、怖くて倒れちゃったんだ」
茉由はベッドの横に座り、ヘルガの額に手を当てた。「熱はないみたい。でも、このままじゃダメだね。私たちで何かできないかな?」二人はしばらく考え込んだ。騎士団国の追っ手がシアトルに迫っている以上、ヘルガをこのまま学園に置いておくのは危険だった。
「そうだ、布哇県に逃がそう!」悠斗が突然声を上げた。布哇県――かつてのハワイは、日本帝国連邦の直轄領で、軍事基地と観光地が共存する安全な場所だ。連邦本土から離れた島嶼部なら、スパイの手も届きにくい。「父さんに頼めば、外交省経由で手配できるかもしれない」
茉由が目を輝かせた。「いいアイデア! 私もお母さんに頼んでみる。お母さん、布哇でボランティアしてるから、コネあるよ!」二人は早速計画を立て始めた。ヘルガを布哇に送るための移動手段と、彼女の身元を隠す方法を考える。茉由が「偽名使えばいいよね。例えば『山田花子』とか!」と提案すると、悠斗は笑いながら「それ、ありきたりすぎるよ」と突っ込んだ。
その日の夕方、目を覚ましたヘルガに二人は計画を伝えた。「布哇県なら安全だよ。俺たちも一緒に考えて、ちゃんと送り届けるから」と悠斗が言うと、茉由が続けた。「ヘルガちゃん、私たち友達でしょ? 一人じゃ怖くても、みんなでなら大丈夫だよ」
ヘルガは涙をこぼしながらうなずいた。「ありがとう……本当にありがとう。でも、私、迷惑じゃないかな……」悠斗はきっぱりと言った。「迷惑なんてない。友達なら当たり前だろ」
数日後、外交省と茉由の母の協力で、ヘルガは「吉岡朋美」として布哇県行きの飛行機に搭乗する手はずが整った。悠斗と茉由は空港で見送り、ヘルガが搭乗ゲートへ向かう背中を見守った。「また会おうね」とヘルガが振り返って笑うと、悠斗は手を振り返した。「絶対だよ!」
飛行機が飛び立つと、悠斗と茉由は互いに顔を見合わせた。「これでいいよね?」と茉由が尋ねると、悠斗はうなずいた。「うん。でも、なんかまだ終わってない気がする……」