迫る影
佐藤悠斗が通うシアトルの小学校「桜ヶ丘学園」は、アメリカ連邦共和国にありながら、日本帝国連邦の文化が色濃く残る場所だった。校舎の裏には桜並木が広がり、校内では日本語を使うのが当たり前。集団行動が重視され、遠足も校外学習もみんな集団。そんな学校の寮に、ヘルガ・シュタインが転校生としてやってきた。
外交省での亡命手続きが一段落し、保護観察中のヘルガは悠斗の提案で寮に入ることになった。初日、彼女は制服の着方すらわからず、悠斗がネクタイを結んであげた。「これ、変な感じ……スカートも短いし」とヘルガは戸惑った。悠斗は笑いながら言った。「慣れるよ。俺も最初は靴を脱ぐの忘れて怒られたし」
寮生活はヘルガにとって試練の連続だった。和式便所に驚き、「どうやって使うの!?」と叫び、集団での掃除当番ではほうきを持つ手がぎこちなかった。それでも、悠斗やクラスメイトの助けを借りて、少しずつ慣れていった。夕食の味噌汁を飲みながら、彼女は初めて笑顔を見せた。「これ、好きかも……暖かいね」
そんなある日、学園の広報部が発行する新聞が寮に届いた。見出しには「連邦で騎士団国のスパイ拘束」の文字。記事によると、アメリカ騎士団国の工作員がシアトル近郊で逮捕され、「亡命者の追跡任務」を負っていたと供述していた。悠斗が新聞を読んでいると、隣にいたヘルガの顔から血の気が引いた。
「ヘルガ、大丈夫?」悠斗が声をかけると、彼女は震えながら言った。「私を……私を探してるんだ。騎士団国は絶対に許さない。私、逃げても無駄なのかもしれない……」
次の瞬間、ヘルガの体がぐらりと揺れ、その場に崩れ落ちた。悠斗は慌てて彼女を抱きかかえ、「ヘルガ! しっかりして!」と叫んだ。周囲の生徒が集まり、寮母が駆けつけて彼女を医務室へ運んだ。医務室のベッドで目を覚ましたヘルガは、涙をこぼしながらつぶやいた。「また、あの暗闇に戻るの? 私、怖いよ……」
悠斗は彼女の手を握り、静かに言った。「大丈夫だよ。俺がいる。ここは連邦だ。騎士団国には誰も渡さない」彼の言葉に、ヘルガは小さくうなずいたが、その瞳にはまだ恐怖が宿っていた。
窓の外では、シアトルの夜が静かに広がっていた。しかし、遠くから忍び寄る影が、二人の平穏を脅かそうとしていた。