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第07話 好きな野菜は?(5)

 演劇部の集まりがあるから、と離席した菜花ちゃんから遅れて五分程でお弁当を食べ終える。


「――ごちそうさまでした」


 今日も満足。美味しかった~、明日は何のお弁当にしようかな~。

 放課後のお手伝いで野菜見ながら考えようっと。


 今は職員室に行って、須木先生に創部について聞かないとだ。

 立ち上がろうとしたその時「甘王さん、ちょっといっかなー?」と、声が掛かる。

 溌剌さを感じさせる明るい声の持ち主は、同じAクラスの「夏玉蜀黍なつたまこがね」さんだ。

 仲良くなりたいな、と以前から秘かに狙いを定めている美少女だ。


「大丈夫だよ。どうしたの、夏玉さん?」

「んっとねー」


 夏玉さんは横の位置から、さっきまで菜花ちゃんがいた正面へと移動する。


「さっき廊下で須木すき先生から言われてさー、黒板にも書いたんだけど五限と六限の授業入れ替えになったみたいだから、春乃さんにも伝えておいてもらってもいっかなー?」


 ニッと笑う夏玉さんから黒板へ視線を移すと、


『五限目は体育に変更。体操服に着替えて体育館に集合して下さい』

『可能な範囲でいいので、教室にいない人にも伝えてあげて下さい』


 と、書かれていた。

 確か五限目は数学で六限目が体育だから、昼休み中に体操服へ着替えないといけない。


「夏玉さん、教えてくれてありがとう。菜花ちゃんにも伝えておくね。夏玉さんはだから体操服着ているんだ?」

「あ、これー? これはバドミントンしようと思って着替えただけで、体育館に向かう途中で須木先生に掴まっただけなんだー」

「夏玉さんはバドミントン好きなの?」

「うんっ! もう小学校から夢中で……雨の日は外に出られないでしょー? そうすると体がむずむずしちゃって、リビングでもラケットぶんぶんしちゃうからママにも怒られちゃうことも……って、あたし何言ってんだー」


 えへへへ、と夏の黄金色の輝きを感じさせる笑顔を浮かべた。


(くわっ、くぅわいいぃ……)


 ショートカットヘアがまた、快活な雰囲気の夏玉さんによく似合っている。


「夏玉さんって、すっごくかわいいよね!」

「え、そうかなー?」

「うん! 凄く美味しそうだもん!!」

「綺麗で大人っぽい甘王さんに言われると照れちゃうなぁー……え、美味しそーって?」


 菜花ちゃん以来の逸材。

 私の中にある野菜アンテナが「逃がすな!」と訴えている。

 この機会に是非ともお近付きになりたい!


「私、部活作ろうと思うんだけど、夏玉さんも入らない?」

「あー……ごめん! あたし、もうバド部に入っちゃって――」


 残念だけど、これは当然に予測していた。


「ねね! 夏玉さんのこと、私、蜀黍こがねちゃんって呼んでいいかな?」

「え、うん。もちろん、いいよ! ところで、さっきの美味しそーって――」

「蜀黍ちゃん、ありがとう! 蜀黍ちゃんは私のことなんて呼んでくれる?」

「んえっ!? えっと、そうだなあー……じゃあ、甘王だからあーちゃん……とかー?」

「いいね、かわいい! それで――蜀黍ちゃん?」

「うん? あーちゃん?」

蜀黍こがねちゃんは、なんの野菜が一番好き?」


 夏を代表する野菜の一つがトウモロコシ。

 黄金色に輝く実は甘さたっぷりで、弾ける旨さには子供にも大人気だ。

 その『玉蜀黍とうもろこし』の名を冠する蜀黍ちゃんへ私は期待に胸膨らませる。


「あはは、あーちゃんは漢字に詳しいんだねー?」

「私ね、野菜が好きで。だから私が詳しいのは野菜についてだよ。それで、どうかな。蜀黍ちゃん?」


 もしも、トウモロコシ以外の野菜が好きだったとしても、野菜をこよなく愛する私としては、蜀黍ちゃんが「好き」と答えてくれるだけで嬉しい。


 たとえ「嫌い」と答えたとしても私は蜀黍ちゃんを尊重する。

 菜花ちゃんも数年前までは野菜が嫌いだったし、むしろ反対に「嫌い」と蜀黍ちゃんが答えてくれることを、私は心のどこかで期待してしまっているかもしれない。


 美少女が野菜を克服する瞬間に、私はときめきを覚えてしまうから――――。


「んー……こんな名前でって感じだけどー」

「そんなことないよ」と、私は蜀黍ちゃんへ首を振る。

「あたし、トウモロコシだけじゃなくて他の野菜も全部苦手なんだー」


 私は立ち上がり、期待に応えてくれた蜀黍ちゃんの隣へ移る。

 手を取りそして囁くように告げる。


「私ね、トウモロコシ好きなの」

「うん、まあ、好きな人多いもんねー……手、どうして握ったの?」

「ふふふふ…………」

「っ!? あーちゃん!? なんか近いよーな?」


 抱き寄せた腰は見たとおり細かった。けれど、バドミントンで鍛えられたのか、女性らしい腰つきで柔らかいのに、その芯はしっかりしていた。

 そう、まるでトウモロコシのように、蜀黍ちゃんには実がギュッと詰まっていた。


 ああ……食べたい、食べたくなってきた。

 茹でて艶やかになったトウモロコシをパクッと食べたい。


「蜀黍ちゃん……私ね、今無性にトウモロコシが食べたいなぁ」

「トウモロコシ、をだよね!?」

「もちろん、トウモロコシをだよ――」


 ――ごくり。


 辺りきょろきょろ当惑顔をみせる蜀黍ちゃんへ、私が涎を飲み込み微笑んだら、


「あ……あたし!! 体動かしてくるからー!!」


 蜀黍こがねちゃんはまるでポップコーンみたいに、教室から弾け跳んで行ってしまった。


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