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第06話 好きな野菜は?(4)

 喉が渇いたら水を飲む。口が寂しくて何となく水を飲む。コーヒーや紅茶、ジュースなど、水の代わりに味のついた別の飲み物を飲み時もある。


 日々当然のように摂取する水分。

 授業の合間で先生が話していた。

「人間は水がなければ五日も生きられない」と。


 そして「水道水が飲めることは素晴らしいんだぞ」とも饒舌に語っていた。

 私は感銘を受けた。

 だって水があるから動植物おいては野菜が美味しく育つからだ。


 地元を離れたことで私は知った。

 活動する上で水と同じくらい重要な栄養が存在することを。

 摂らなければあっと言う間に干からびてしまう、一日と保てない栄養。


甘王笑住あまおうえすむ】、私の最愛の妹との逢瀬である。

 中学二年生と多感な年頃で最近は冷たい態度を取られがちだけど、それでも言葉の節々から「お姉ちゃん大好き」という感情が伝わってくる。


 妹成分補給のため最近の恒例となっている就寝前に行う通話でも、笑住はドラマなんかで見る倦怠期のカップルのような「ツン」な態度を取ることがほとんどだ。


 けれど、この日は少し違った。

『お姉ちゃん、大道寺さんが住むマンションはやっぱりタワーマンションだった?』


 都会へ憧れる気持ちがあるのか、笑住の食い付きがよかったのだ。

 駅の改札を出て通路つたいでマンションまで行ける「駅直結徒歩一分」から始まり、何故かソファセットが置かれたエントランスの華やかさ、エレベーターで最上階へ向かう時に耳が詰まった話や、凄くモフモフして履き心地抜群のスリッパや部屋の設備に家具、マンションまでは一分なのに部屋までは五分くらい掛かった、等々。


 普段、私がする野菜の話に対しては、


『さっきも聞いた』『しつこい』『すごいねー』『せわしないねー』『そっかー』


 ツンな【さしすせそ】で相槌するのにこの日に限っては、


『さすがだね!』『知らなかった!』『素敵だなぁ』『センスいいね!』『そうなんだ!?』


 と、声を弾ませ人を容易に誑かす見事な相槌で返してくれて、タケノコをもらった話や部活という私の悩みを聞いてくれただけでなく、解決のアドバイスもしてくれた。


 最後には『お姉ちゃん、おやすみ。また明日ね……あまり大道寺さんとくっつかないでね?』と、笑住がくれたご褒美で私は朝まで失神したかのように熟睡できた。



 午前に行われた身体測定が終わった昼休み。


「ツーン」

「それでね、菜花ちゃん。私ね、部活を作ろうと思うの!」

「ツーン、ツーーン」

「笑住がね、入りたい部活がないなら作ったらって言ってくれてね、私はそれだ! ってビビッときたの」

「ツーーーーーーーーン!」


 妙案を打ち明けた私に対して、菜花ちゃんはほろ苦い態度を取り続けている。

 きっと、何か私に対して不満があって訴えているんだと思う。

 でもね、菜花ちゃん?

 私、『菜の花の辛子和え』も大好きなの。

 頬を膨らませながら右へ、左へ顔を逸らす菜花ちゃんは美味し可愛いだけだよ?


「菜花ちゃんって、本当に美味しそうだよね。食べちゃいたい」

「っっ!?!」

「きっとうまいんだろうなぁ」

「い……いっちゃん? わ、私ね……今夜だったら、空いているよ?」


 菜花ちゃんは緊張を孕む上ずった声色で私をお泊りに誘う。

 慌ただしい日々が続き、久しくお泊りもしていないから魅惑的なお誘いだけど、明日は登校前に青果市場へ仕入れに行くのに「付いてこい」と、叔母の采萌ともえさんから厳命を受けている。


「ごめんね、菜花ちゃん。今日はお手伝いもあるし明日の朝も早いんだ」

「そ、そっか……」


 菜花ちゃんは元気のない菜の花のようにシュンと頭を下げる。


「でも、采萌さんの頼みで明日は藤沢駅に用事があるんだけど、すぐに終わるからさ。菜花ちゃんがよければ放課後は一緒に買物行かない?」

「デートッ!? 行く! 絶対行くっ!! サイズが合わなくて、新しい下着も欲しかったの!」

「じゃ、決まりだね。お泊りはまた近いうちにってことで、今日は一緒に帰ろうね。確か部活は来週からでしょ?」

「うん――うんっ!」


 例年だと五月上旬だからそろそろかな。

 喜多方市の三ノ倉高原にある菜の花畑の見頃。

【月は東に昇り、日は西に沈む】

 その時間帯の菜の花は一層と綺麗・・・・・・・・・で特に好きだ。

 鮮やかな黄色の絨毯を見たら自然と元気を貰える、ぱぁっと咲く笑顔。

 やっぱり菜花ちゃんは笑顔がとっても似合う。



「菜花ちゃんの機嫌が直ってよかった」


 私の一言で、綺麗な菜の花畑に夕陽が差し込み始めた。


「だって……せっかく誓約書について聞いてきたのに、いっちゃんが私そっちのけで朝から他の子の話ばかりする上に部活を作るとか言うから」

「? そんなにしたかな?」

「したもんっ!」


 タケノコをくれた公菜お婆さんに静ちゃんや笑住との会話だけだと思うけど……?

 三人の話題で共通しているのはタケノコだけど、あ、もしかして菜花ちゃんもタケノコ食べたいのかな? 仲間外れがイヤってこと?


「はい、菜花ちゃん。あーん?」


 細切りにしたタケノコを具に詰めたミニ春巻きを箸で掴み、差し出す。

 朝食に一口食べたけど、控えめに言っても中々の出来栄えだと思う。


「え……」

「遠慮しなくていいよ? 自信作だから!」


 菜花ちゃんは右へ、左へ教室内を見渡す。恥ずかしいのだろうか。


「いっちゃん、あのね? 私ダイエットしようかなって思うんだ」

「ダイエット?」

「思ったより体重がちょっと……ね?」


 多分だけど、またお胸が成長したんじゃないかな?

 だって体重が増えたようには全く見えないし、さっき新しい下着が欲しいとか言っていたもんね?

 私には成長期の「せ」の字もなかったし別に大きくなりたいとかもないけど、菜花ちゃんが困るならちょっとくらい分けてもらいたい。


「ん~……いっちゃん! えと、じゃあ、一口だけいい?」

「無理しなくていいんだよ?」

「ぜんぜん! いっちゃんのお顔見ていたら私ね、無性に食べたくなったの!」

「それなら、はい! あーん?」


 春巻きをパクッと咥えると目を瞑り、味わうように咀嚼する。

 と、思いきや目を見開いた。

 もうこの反応だけで私は嬉しさから頬を緩ませてしまう。


「どう? 美味しいでしょう?」

「凄い! 餡が絡んでタケノコの風味がこれでもかってくらい口に広がるね!」

「菜花ちゃんたら食リポみたい」

「ふふ――。いっちゃん、もう一口だけ食べてもいい?」


 うんうん、菜花ちゃんの笑顔が見られるなら、むしろ全部あげたいくらい。


「ところで、いっちゃん? 部活はもう何となく察せるけど、部員はどうするの?」


 そうなんだよね、それが問題。

 部活動に意欲的な日坂高校では、目的があって入学している人も多いと聞いた。

 それ以外の人たちも、活動の少ない部活への入部を決めていたりする。


「とりあえずは須木先生に相談かな」


 創部について詳しく聞いておきたい。

 話を聞いて駄目そうな場合は、調理部あたりで入部を検討かな。


 だからね、菜花ちゃん?

 どこからともなく取り出したその演劇部(春乃菜花専属マネージャー)入部届。

 加えて言うなら、

 一日最低一ハグとか?

 ベッドは一つを共同で使用とか?

 ケンカしたらキスして仲直りとか?

 毎日髪をセットさせてもらうとかね?

 他にも難しいことが細かく書かれていてよく分からない――


 その誓約書はしまおうね?


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