第05話 好きな野菜は?(3)
根に近い硬い部分はサクサク、シャキシャキ食感が堪らないタケノコ土佐煮。
中央部は香り楽しむタケノコご飯。
最も柔らかく美味しい穂先を使用したタケノコとワカメのお味噌汁。
静ちゃんに指定されたマンションでタケノコ三昧を堪能した私は、目を瞑り春の余韻に浸る。
(美味しかったなぁ)
天ぷらも捨てがたかったけど、タケノコは残っているから明日の夕飯にでもしよう。
帰宅後はお弁当様に春巻きを作り置きして……ああ、明日のお昼が待ち遠しい。
「それにしても、モノレールでの話を聞いた時にも思ったけれど、タケノコに目を輝かせる女子高生は苺ちゃんくらいだと思うわよ?」
「言い方を変えますね、静ちゃん。欲しくて、欲しくてどうしようもなく焦がれているものを頂けるとなったら、と想像してみてください」
「確かにそうね――」
「そうです! 私は、今日あの時あの瞬間タケノコがそれだったんです」
頭の中には春が訪れた。薄ピンク色に染まった。まるで恋の色。そう、あの時私はタケノコに恋したのだ。
思い出すだけでドキドキニョキニョキ胸がときめいてしまう。
「私も数カ月前、ああ、もう少しで苺ちゃんを、あの麗しの令嬢……紅美先輩そっくりな娘さんを手に入れられるのね――って考えたばかりに私は無意識に苺ちゃんの手を握ってしまっていたわ」
私はどちらかと言うとお父さんと似た目の形をしていると思いますよ。
「静ちゃんとお母さんは元から知り合いだったんですか?」
「紅美先輩は下々では手の届かないお姫様みたいな存在だったから、私からの一方的な、ね?」
「お母さんがお姫様……あまり想像出来ないですね」
「それこそ、竹取物語に出てくるかぐや姫みたいな着物の似合う美女かしら」
私と笑住にとってお母さんはお母さんでしかないから、よく分からない。
「静ちゃん、私は毎年思うんです。もしもタケノコを擬人化させるなら、十二単の似合うお姫様一択だなって」
由来については諸説あるが、幾重にも重なる様子が十二単に例えられたらしい。
「苺ちゃんはやっぱり苺ちゃんだ」
「私は私ですけど……? ちなみに静ちゃんはお酒って飲みます?」
「気にしないで。弱いから余りだけど、いい事があった日の夜は飲むかしら?」
「タケノコの外側の硬くて色の濃い皮、その内側にある薄く柔らかい皮を姫皮と呼ぶんですけど、その姫皮は火を通すと美味しく食べられるので今回はメンマにしてみました。ご飯のお供にしても美味しいですけど、私のお母さんはよくお酒のアテにしたりするので、静ちゃんもよかったら。――冷蔵庫に入れてあります」
「ふふ、それなら今夜は久しぶりに飲もうかしらね」
「飲み過ぎには気を付けてくださいね」
「はーい!」
手まで上げる、いい返事……綺麗なのに可愛い大人だなぁ。食べている時もずっとニコニコで、食事中の静ちゃんを見ているだけでご飯お代わりできるよ。
今日が一回目で不安はあったけど、タケノコ料理に満足してくれてよかった。
「――それじゃあ、片付けちゃいますね」
「はい、ごちそうさまでした。食器は流しに置いておくだけでいいからね」
「いえ、最後までやらせてください! 私、空になった食器を洗うのが好きなんです。作った野菜料理に満足してもらえたんだなーって思えるので」
「ふふ、そっか。それじゃ、お願いしようかな」
二人仲良く食器を運ぶ。
私が食器洗いを始めた横で、静ちゃんは冷蔵庫からメンマを取り出した。
「美味しそう、夜が待ち遠しいな~」
「今食べてみます?」
「んー、仕事も残っているしさすがに生徒の前でお酒はね? それに、楽しみは取っておきたいタイプだから」
「忙しいんですね」
静ちゃんはメンマを冷蔵庫へ戻すと私の横へ並び、予洗いを済ませた食器を食洗器へ入れていく。
「苺ちゃんが飲める歳になったら一緒に飲もうね?」
「楽しみです!」
「ふふ、苺ちゃんはどんなお酒を飲んでみたい?」
逆に何がいいんだろ?
お母さんはビール至上主義で他をあまり飲まないから種類とかよく分からない。
臭いを嗅ぐ限りビールを美味しそうだとも思えないけど。
そういえば昔お父さんが飲んでいたイチゴリキュール(?)のミルク割りをイチゴ牛乳と勘違いして誤飲したな。
うろ覚えだけど、お酒って感じもしなくて美味しかった気がするし――――
「――果実酒、とかですかね?」
甘くて美味しそうだし響きも可愛いもんね。
「苺ちゃんのために、うんっと美味しいの用意しておくわねっ」
「成人後の楽しみにしておきますね!」
流し台の上に撥ねた水滴を拭き取る横で、静ちゃんはどこか寂し気に微笑む。
最後の食器を食洗器に入れ、濡れた手を拭くと私の肩に頭をチョコンと乗せた。
「静ちゃん?」
「楽しい時間はあっという間だなぁ……」
「ですね。でも、また来週もありますし、会おうと思えば学校でも会えますよ」
「やだぁ、帰っちゃやだぁ」
ほんと可愛い大人だ。ついつい長居したくなるけど心を鬼にしないといけない。
駄々を捏ね引っ付く静ちゃんを引き剥がし、エプロンを脱ぎ身支度を整える。
「ぶぅ、苺ちゃんが冷たーい!」
「お仕事残っているんですよね?」
「食べてすぐ帰るだなんて……私と苺ちゃんは契約だけの関係なの?」
見るからに泣き真似だと分かるのに、器用に目をウルウルさせる静ちゃんには騙されてもいいかなって思える可愛さ的魅力がある。
「私、静ちゃんの邪魔をしたくないんです。お仕事頑張ってください。そして、今度メンマの感想を聞かせて下さい」
「……苺ちゃんがギュッてしてくれたら、そうする」
アルコールを摂取していないはずなのに、まるで酔いが回って甘える私のお母さんみたいなことを言う。
「これでいいですか?」
訊きつつギュッと抱き締め、背中をポンポンと叩く。
その手で後頭部を優しく撫でてから、そっと離れる。
「……苺ちゃんの手慣れた甘やかし具合が、私に幸福と不安を植え付けた」
「私ったら、とんだ悪女ですね」
「野菜から苺ちゃんの心を奪えないと分かっているのに、まんまと誑かされましたよーっだ」
「私は静ちゃんのことも同じくらい好きですよ?」
「嬉しいけど」と呟き、眉を下げ困ったように笑った静ちゃんとまた来週に会う約束を交わし、今度こそ部屋を後にする。
「んー……」
中々来ないエレベーターを待ちつつ、そういえばと思い出す。
確か、あの誤飲をきっかけに私はイチゴを食べられなくなったけど……
「……私、果実酒飲んで平気なのかな?」