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第03話 好きな野菜は?(1)

 実のところ、大道寺だいどうじ様は我が家の救世主、女神様だった。

 お父さんを嵌めるどころか、肩代わりして救済してくれていたのだ。

 本来なら店を畳む必要があるところ、猶予をくれたのだ。

 我が家に高校に通える余裕などない筈なのに、私は青春の思い出を作る機会を貰えたのだ。

 もう、頭が上がらないですよね。

 せっかくだから沢山の思い出を作ろう。

 鎌倉野菜を食べ歩いちゃうもんね~。


 と、幸福を享受すると決め込み、正式な手続きで買われた日からあっと言う間に数カ月が経ち、無事に日坂ひさか高校の入学式を終えた。


 さらに二日後の水曜日。

 私は考えている。二年、三年生の先輩方が部活動や委員会の紹介をしているさなかで、生涯悩み続けるであろう疑問の答えを考えている。


 一番好きな野菜はなんですか?


 普段私から訊くことはあっても、反対に訊かれることのない質問。

 もしも訊かれたら、私はどう答えるのだろうかと。

 私は日本の四季で育つ春野菜に夏野菜、秋野菜、冬野菜と総べての野菜を愛している。

 十五歳の私では未だ出会ったことのない野菜も多く存在する。

 その中には私の味覚に合わない野菜もあるかもしれない。

 けれど、それは人間と同じで一長一短の野菜が持つ個性だ。

 必ず美味しく輝かせる方法がある筈だから、その野菜を私が嫌う理由になどならない。

 つまり私、日坂高校一年A組、甘王苺あまおういちごがする返答は――


「――選べない、かな」

「? いっちゃん、どこの部活に入るのか決まったの?」


 下級生たちに「あの涼し気な目に見つめられたい」と言われる私の切れ長の目と違った、幼馴染で一番の友達、春乃菜花はるのなのかちゃんの大きくて丸い、可愛いお目めが私へ向く。


「ん? 私はやっぱりどんな野菜も好きだなって考えていてね、どれかを選ぶなんてできないなーって」

「へーそっかー。ちなみに私はなんの野菜が好きでしょうか?」

「イチゴでしょ?」

「せーかいっ! さすが、いっちゃんだね」


 生まれた時から一緒だから分かるよ。

 まあ、イチゴはどちらかと言えば野菜より果実だと思うけどさ。


「菜花ちゃんは本当にイチゴが好きだよね」

「うん、私は苺が大好きっ!」

「可愛いなぁ~、もう」


 春を感じさせる柔らかな笑顔。

 抱き締めやすく頭を撫でやすい背の高さ。

 丸くて大きなお目め。

 肩の高さに揃えられたふわっとした髪がまた、人懐っこく豊かな表情をもつ菜花ちゃんによく似合っている。

 それに「春乃菜花」という名前もいい。

 私は春も菜の花も好きだから、たとえ菜花ちゃんが性悪で面倒な性格だったとしても愛せる自信がある。


 緩く巻かれた毛先を人差し指でくるくるしながら見つめてくる、ちょっとあざとい菜花ちゃんを見ながら確信した。

 だって可愛いからね、私が男ならこの一瞬で惚れ落ちて即座に告白しちゃうって断言できるもん。


「いっちゃんは相変わらず格好いいよね」


 嬉しくない、褒め言葉じゃない、私は菜花ちゃんや笑住えすむみたいな可愛い女の子になりたい。というか、可愛い女の子に囲まれたい。


「菜花ちゃんは相変わらず可愛いよね」

「じゃあ手繋ぐ?」


 どうしてそんな流れになるのか分からないけど、菜花ちゃんが自由で不思議なのは毎度のことだから気にしないのが一番。つまり繋ぐ。


「それで、いっちゃん。部活はどうするの? 副会長の大原先輩の説明では、日坂高は必須入部みたいだけど?」

「どうしよっかなぁ……お店の手伝いもあるから帰宅部が希望なんだけど」

「再来週の月曜が部活の立ち上げでしょう? それまでに決まらないなら、私と一緒に演劇部に入らない?」


 大道寺静香だいどうじしずか様、改めしずちゃんから提示されたものは週に一度の食事。曜日は水曜日と決まり、それさえ守れば自由に過ごしていいと言われている。

 住むところに関しても、静ちゃんが持つマンションの一室を提供されそうになったが、さすがにお断りさせてもらった。

「ずぶずぶに甘やかしたいのに」と、口を尖らせた静ちゃんを見た時は、私は自分の英断を誇った。

 でなければ、根が怠惰な私はきっと静ちゃんなしでは生きられない体に品種改良ならぬ品種改悪されていたと思う。


 それで、お母さんの妹、私からみたら叔母にあたる「栃尾采萌とちおともえ」さんが鎌倉市内で居を構えていたので、采萌さんが経営する青果店の手伝いをする代わりに三年間の下宿先とさせてもらっている。

 采萌さんは「学校優先でいいぞー」と気を利かしてくれているけど、甘えてばかりもいられない。

 と言うか、私が鎌倉の野菜を知りたい、触れたい、売りたい!!


 帰宅部が無理なら、出来る限り活動日数の少ないところが希望となるから、誘ってくれた菜花ちゃんには悪いけど、拘束時間の長い演劇部はちょっと厳しい。


「私にはちょっとなぁ……」

「そっか、そうだよね。よくよく考えたら、いっちゃんは正直者だもんね。演技は難しいか。あ、それならマネージャーとかは?」


 菜花ちゃん、あのね。

 下級生を見事に最後まで騙し切った私は中々の演技派女優だと思うよ?


「私にマネジメントスキルとかあると思う?」

「……週五日、ううん。三日でいいから私専属のマネージャーとかとか? なんなら永久就職してもいいよ! 私がいっちゃんを養うから、ね?」


 みんなして私を甘やかそうとする~。


「どうどう、菜花ちゃん落ち着いて。飛躍しすぎ」

「用意しておくから、今度こそサインしてね?」


 それは入部届? それとも婚姻届?

 深くまで聞き込みたいところだけど、目の合った担任の須木喜来乃すききくの先生が壇上で説明を続ける生徒会副会長の大原先輩を指差している。


「ああ、うん? ほら、それより須木先生こっち見てるからその話はまた後でね」

「そうだよね、いろいろと二人の約束とかも決めないとだもんね。帰りに弁護士さんのとこ行ってくるね」


 ん? 約束? 弁護士さん?

 菜花ちゃんは軽いパニックに陥る私に気付かず「あとそうだ!」と続ける。


「鎌倉や逗子? 他にも海の見える式場が幾つかあるみたいだからパンフレット貰いにいこうかなっ!」


 私の小指をきゅっと握り、菜花ちゃんは「ロマンチックだなぁ」と目をうっとりさせてから正面へ向き直した。

 その横顔は【明るさ】や【快活】といった菜の花の花言葉にピッタリな笑顔でいて、幸せに満ちているようにも見えた。けどね?


 婚姻届は分からないけど、入部届は弁護士さんも持っていないと思うよ?



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