第26話 私はキノコ料理を考えたい(7)
作業開始してから約二時間。
「ふふふん、ふん、ふ~ふふん、ふん、ふふふん♪」
「エリン~ギ、マイタケ、ブナジメジ♪」
「ふふふん、ふん、ふ~ふふん、ふん、ふふふん♪」
「おいし~きのこは、ほくと♪」
私たちは、きのこ組のテーマソング『きのこの唄』を口遊みながら完成させた。
片付けを済ませ、家庭科室の鍵を須木先生に返却して「気を付けて帰れよー」と見送られ、私たち四人は職員室を後にした。
照明が等間隔で消えているせいで普段よりも薄暗い廊下を横一列に並び、ゆっくりと進む。
私が『ああ、なんて楽しい時間だったのだろうか』と、ご機嫌に鼻歌を鳴らすと。
「ちょっと苺。もう止めて、それ」
「えー? 白菜ちゃんもさっきまで楽しそうに歌っていたじゃん?」
「そうだけど、さっきからシロナの頭の中で、エンドレスで流れているのよ。だから歌うなら別のにして」
「私の中には、いっちゃんが楽しそうに体を揺らす姿がずっと生きているよ」
「ふふ、妙に残る音でしたからね。今まさに、皆さんの頭の中に寄生されてしまったというわけですね」
「それ、木之香が言うとブラックジョークにしかならないって。まあ? 木之香が克服できたのは嬉しいけど」
「いつもありがとう、シロちゃん」
トラウマに関して冗談が言えるほど前向きになれたのは私も嬉しい。
いい感じに纏まり、二人が見つめ合うのも微笑ましい。
でもね、誰も否定しないけど私は別に菜花ちゃんの頭に寄生していないからね?
「秋山さん」と呼び掛けた菜花ちゃんは、直後にシャッター音を鳴らせた。
「春乃! 勝手に木之香を撮らないでよ!」
「二人が画になるなーって撮ったけど消した方がいい?」
「…………シロナ、変に映ったりしてない?」
「よく撮れてるから後で送っておくね」
「ふふ、シロちゃんはいつだって可愛いんですから、いらぬ心配ですよ」
「~~っ!?!」
白菜ちゃんが春の人参色に染まる。
淡いオレンジ色の春人参は柔らかくて美味しいんだよなぁ……
(……オレンジ色、か)
冬になると、オレンジ白菜という品種が出回る。
しっかりした甘味のある白菜だから、汁ものや鍋はもちろん、浅漬けやサラダにしても大変美味しい。
「いっちゃん? どうして野菜を見るような目で冬葉を見ているの?」
「照れる白菜ちゃんも、おいかわだなぁって」
菜花ちゃんは、私に向けていた怪訝な目をより深くした。
「てか、別にシロナは照れたりしていないんだけど?」
「苺さん、おいかわとは何ですか?」
「ふふふ――。いい質問ですねぇ、木之香ちゃん! おいかわとは」
「だから無視しないでよ! もっとシロナをかまえっ!」
叫ぶ白菜ちゃんを三人で頭を撫でたり、
可愛いと連呼したり、
それはもう滅茶苦茶に構ってから美味しそうで可愛い美少女の略が「おいかわだよっ!」と説明する。
「ふふ、でしたらシロちゃんはおいかわで間違いありませんね」
私たち三人の温かな視線が、白菜ちゃんへ注がれる。
「苺! きのこの唄があるなら、他にも何か野菜の歌とかないわけ!?」
たくさん構われて白菜ちゃんはお腹一杯なんだよね。
「そのニヤケ顔でシロナを見るな!!」
ふふふ、とっても可愛いからイジワルしないで急な話題変更に乗ってあげるね。
「音楽は余り詳しくないけど、米津玄師さんはちょっと聴くかな」
「それ野菜じゃなくな、い……分かった、読めた! 苺のことだから、どうせパプリカとか言うんでしょ!?」
「ふふーん、いい曲だよね。パプリカ」
「いい曲だけど、なんで苺がドヤっとするのよ」
「私なりのパプリカイシャクがあるからね!」
「「「…………」」」
滑った。
菜花ちゃんまで無反応なのは予想外だ。かなり恥ずかしい。
「ちなみに、みんなはパプリカの花言葉って知ってる?」
「苺、あんた……メンタル強すぎない?」
「しっ! いっちゃんは結構繊細なんだから、触れないでそっとしてあげて」
ありがとう、菜花ちゃん。
庇ってくれた気持ちは嬉しかったよ。
「毎日のように流れていた時期がありますから、気になって調べた事があります。――確か、俯くように咲く様子から『同情』や『憐れみ』といった意味でしたよね」
「あと『君を忘れない』だよね、いっちゃん」
「そう、木之香ちゃんと菜花ちゃんが答えてくれた花言葉や曲の歌詞から考えるにあれはね、今を大切にって思い出を歌う曲だと思うんだよ」
到着した昇降口。靴を履き替えながら私は語る。
「きっとさ――。沢山の苦い経験を経て子供は大人になっていくんだと思うのね。大人になると今度は、子供みたいに純粋に物事を楽しいと思える瞬間も減って、ネガティブな感情の方が増えるかもしれない。でも、さっきの時間みたいに、子供の頃の楽しかった経験が甘い思い出として残り、ふとした時に思い出すの――」
三人が静かに、そして真剣に耳を傾けてくれる。
慣れない空気がどこかむず痒くて、私は誤魔化すように「珍しく真面目な感じになっちゃったけど」と言って続ける。
「つまりね、子供の頃の甘い思い出が将来の自分を応援する。そんな曲かなって。まあ、パプリカの花言葉と曲は関係ないって何かで見たから、これは野菜オタクの私ならではの考えかもしれないけど――」
私の考えを咀嚼し立ち止まる三人に背を向け、私は誰よりも早く昇降口を出る。
恥ずかしくなったのだ。
「もう少しだけ、パプリカに歩み寄ってみようかなと思えました」
駆け寄り左隣へ並んだ木之香ちゃんが、私へ笑顔を傾ける。
「ふーん。いいんじゃない? 苺なりの、その……パプリカイシャクってやつ」
木之香ちゃんの隣へ並んだ白菜ちゃんが顔を覗かせる。
「……うん。本物の、楽しい思い出をもっと一杯作っていこうね。いっちゃん」
最後に追い付いてきた菜花ちゃんが私の右袖を掴んだ。
「確かこんな感じよね。ん、んー……――」
と、前に出た白菜ちゃんは何度か喉を鳴らせて『パプリカ』を歌う。
「~~♪」
きのこの唄の時も「上手だな」と思っていたけど、今聴いて確信した。白菜ちゃんの歌唱力はとても高い。透き通る声がまた耳心地もよくさせる。
素敵な歌声を披露してくれた白菜ちゃんに全員で拍手を送ると、白菜ちゃんは「苺に訊きたいんだけど」とモジモジする。
大袈裟じゃないけど、まるで告白でもされる前みたいな緊迫感だ。
「なんでも訊いて?」
「は……」
「うん?」
「ハ、ハクサイの唄はないわけ?」
余りにも突飛で予想外な可愛い質問。
顔を真っ赤にさせてまで訊く白菜ちゃん、尊過ぎない?
白菜ちゃんは木之香ちゃんに『ハクサイの唄』を歌って欲しかったんだよね、きっと。
「ごめんね。ハクサイの歌はないけど、白菜ちゃんの可愛い所なら言えるよ。先ずはピュアでいじらしいところ!」
「ふぁっ!?」
「シロちゃんは歌も上手ですが、詩の才能もありますよ。日記に書くポエムなんかも独創的でして――」
「わあわあわああぁぁぁぁ~~~~~~!! 知らない知らないそんなの知らない!!」
「うーん、冬葉は意外と人のことをよく見ているよね?」
「それって褒めてんの!?? てか、シロナだって木之香や苺、あと春乃の良いところ知っているんだからね!? 覚悟しなさいっ!!」
文句でも言うように叫び褒める白菜ちゃんに、私たちは顔を見て笑い合った。
その笑い声が途切れたところで、今度は私のお腹が音を響かせ空腹を訴えた。
「ふふ、なんか楽しいね。私ね、今はすごく野菜が食べたい気分!」
「いつもだよね?」
「いつもですよね?」
「いつもでしょ?」
「えへへ、そうでした――」
何でもない話でも笑い合えることは隠し味のように甘い時間だ。
みんなのおかげで、私はどんなキノコ料理を作りたいかが分かった気がした。




