第24話 私はキノコ料理を考えたい(5)
毒キノコに侵された栃尾邸も一晩経てば元通り。
「それは、いっちゃんも悪いよ~」と菜花ちゃんに反省を促された朝の通学路。
江ノ島電鉄線日坂高校前駅を降り、校門に着いたところで着信がかかってきた。
朝から誰だろうか、
取り出した携帯画面には大道寺静香様こと『静ちゃん』の名前が。
「菜花ちゃん、先教室行ってて」
「うん、またあとでね」
明日の食事で何かリクエストでもあるのかな。
そんな予想を立てつつ着信に出る。
『もしもし、静ちゃん?』
『苺ちゃん、おはよう。早くからごめんね。今大丈夫?』
『うん、おはよう。私は大丈夫ですけど、何かありました?』
『苺ちゃんの声が聞きたくて』
何となくドヤっとする静ちゃんの顔を瞼の裏に浮かべつつ『またまたー』と答える。
『ふふ、一割は冗談でね――』
まさか残りの九割は本気とかじゃないよね?
『――そう言えば、作り置きしてくれたメンマの感想を伝えていなかったなぁって電話してみました』
『静ちゃん、お忙しいだろうに……でも、覚えてくれてて嬉しいです』
『私が苺ちゃんとの会話を忘れるもんですか! 本当はすぐにでも伝えようと思ったけど、バタバタしちゃって――』
それから静ちゃんは、メンマが美味し過ぎて一晩で食べ切ってしまったことや、ついついお酒も進み、シャンパンを丸々一本空けてしまったことで翌日に二日酔いで苦しんだらしく『苺ちゃんのせいよ』と笑い、私を責めてきた。
『お口にあったみたいでよかったですけど、次はおつまみ作らないようにしますね』
『あ、や、もうっ! そんなイジワルなこと言わないでっ!』
『ふふ、一割冗談です』
『苺ちゃん?』
『これは私のせいなんですけど、お洒落なお部屋でシャンパングラス片手にメンマを食べる静ちゃんを想像すると、ちょっと面白いですよね』
『い~ち~ご~ちゃ~ん~~?』
静ちゃんはノリもよくて話しやすいから、ついつい言い過ぎてしまう。
あの時はタケノコに夢中で考えもしなかったけど、帰宅後冷静になった時に「メンマってどうなの?」と首を捻ってしまった。
いやメンマに罪はないよ?
だって美味しいからね。けど、あの部屋で静ちゃんがメンマを食べるイメージがまるで湧かなかった。
『静ちゃん、私は反省したんです』
『そうよね、大人をあまりからかったりしたら』
『次にメンマを作るならお洒落なメンマを作るって。場の装飾や雰囲気、シチュエーションも大切にしないとって』
『あーあ、今日も苺ちゃんはやっぱり苺ちゃんでした』
『え?』
『炸裂した苺節に、心が癒されたのが不思議で歯がゆい』
私としては真面目に返したつもりなのに、静ちゃんは『もう苺ちゃんは』と何度も繰り返し、上擦った笑い声を一頻り漏らしてから『学校は楽しい?』と様子を訊ねてくる。
『はい、おかげさまで楽しく過ごせています』
『新しい部活を作ろうとしていると須木さんからの報告で聞いたけど、そっちは順調?』
いつの間に、とは思ったが理事長と教員なのだから当然のやり取りなのかもしれない。
『そっちは全然ですけど……もうちょっと頑張ってみます』
『一人の生徒だけの肩を持つような行為は難しいけど、金曜日までに創部申請が間に合えば、部の予算を予備費から出すくらいはできるから頑張ってみて』
『何から何までありがとうございます』
『ふふ、悩みはない? 顧問やその他なんでも相談事があればいつでも頼ってくれていいからね?』
『いっ――』いいの!? 飛び付きたくなる衝動を私は必死に抑えた。
多忙で激務な静ちゃんに顧問を頼むのはさすがに心が痛む。
おまけして言うと、奇声を上げた風になった私を見る、上級生からの視線が私の精神力を削っている。
『――い、今は、えと、友達もできたし、学校以外でもスーパーや青果店もあちこちにあって良い刺激を受けていて、毎日が楽しいので大丈夫です』
『ぶー、苺ちゃんはつれないんだからぁ……でも――無理に連れて来たから心配していたけど、充実しているみたいでよかったわ』
甘王家の恩人とはいえ、ちょっと強引だな、事前に教えてくれても良かったのに。
当初はそんな不満も内心あったけど、今ではとても感謝している。
静ちゃんはメンマの感想といった理由で電話をくれたけど、本当はこっちが目的だったのかな。でも、話なら明日でも……
『静ちゃん、もしかして明日は都合悪かったりします?』
『……そうなのよ。本当に、ほんとーーにっ! 泣きたいくらいなんだけど……』
静ちゃんは小さく『はぁ』と溜め息をこぼし、続ける。
『今日明日って急な出張でね、今は函館行の飛行機を待っているの』
『そうだったんですね。いろいろとキノコ料理を考えていたから残念です』
『え~ん、苺ちゃんが作るキノコ料理食べたかったぁっ! 去年教えてもらった霜降りひらたけのマリネすっごく美味しかったもん!』
夏バテ気味だと相談を受けた時におすすめしたもので、ズッキーニなどの夏野菜をピクルスにして、マリネにしたヒラタケを一緒に食べる酸味さわやか涼を感じるレシピだ。
もう少し気温が高くなったら差し入れに作ろう。
『帰りはどれくらいなんですか? 多少遅くても私待てますよ?』
待ち時間で調理してお弁当か何かに詰め、帰宅に合わせて持参する。そうしたら一
緒に食べられるかなって考えたが、深夜に近い時間の帰りとなるらしく高校生の私では断念せざるを得なかった。
そして『そろそろ搭乗時刻です』と、電話の向う側から女性の声が届いたことが合図となり、静ちゃんとの通話も終了となった。
「……静ちゃんは凄いなぁ」
週に一度の食事会がなくなり、静ちゃんは文字通り『シクシク』と口にして嘆いた。それでも、熟そうとする静ちゃんは格好良い大人だと思った。
尊敬、に近いかもしれない。
「――うん」いつも真剣だけど、より真剣に取り組む。
私は「よし」と気合いを入れ直した。あ、でもその前にどこかでお弁当を作ってもいいかもしれない。せっかく考えたキノコ料理も食べてもらいたいからね――と。
[静ちゃんへ。お仕事がんばってね。また次に会えるの楽しみにしているね]
私は、応援メッセージを送信してから校舎へと向かった。




