第15話 私は初物トウモロコシが食べたい(6)
日坂高校に入学してから初めて迎える日曜日。
この日は、楽しみが二つあった。
一つ、長崎出張に行っている美木さんが送ってくれるトウモロコシが、帰宅する頃には届いているということ。
二つ、蜀黍ちゃんと約束したバドミントンをするということ。
朝九時体育館前に集合。
二時間数百円で、バドミントンコートを一面だけ借りた。
参加者は私と蜀黍ちゃん。加えて、菜花ちゃんと白菜ちゃんの四人だ。
木之香ちゃんも参加予定だったが、昨晩から体調を崩しているらしく不参加となった。
心配だけど、白菜ちゃんが「月ものだから気にしないで」「心配していたことは伝えておいてあげる」と平静な様子にしていたから、気にしないことにした。
それで、ラケットやシャトルは蜀黍ちゃんが用意してくれていたので、私たちは動きやすい服装に着替え、持参した体育館シューズを着用。
中学の体育の授業でも経験あったし「えい」「やぁ」「ぽーん」など、キャッキャした楽しい雰囲気を私は想像していた。
いや、初めの体慣らしの打ち合いや私と菜花ちゃん二人がするラリーは想像通りだったしキャッキャ楽しい。
けれど、その後。
蜀黍ちゃんと白菜ちゃん二人がするラリーは想像を絶していた。
二人からすると、私と菜花ちゃんのラリーは稚戯にも等しく見えたことだろう。
「にっしっし~。――ふーちゃんたら、いつの間に上手になったんだ~?」
「今日こそシロナが勝つ! 絶対に譲らないんだから!!」
体育館の使用は二時間限り。そのためデュースあり11点先取制の特別ルール。
今のポイントは10対9で、蜀黍ちゃんのマッチポイントだ。
「(譲りたくないよね。がんばれ、冬葉――)」
ポツリと呟いた菜花ちゃんが真剣な眼差しを送る。
その眼差しの先では静かに、かつ熱く対面する二人の視線が絡み合う。
蜀黍ちゃんがラケットを構え、サーブを放つ。
パアンという小気味よい音と共に、シャトルが高々と白菜ちゃんが待ち構えるコートへ飛んでいく。
白菜ちゃんはシャトルを目で捉えつつキュッキュと音を鳴らしバックステップで追う。落下点に入るや否や、今日何度も見たスマッシュの体勢を取り打ち返した。
だが、そのシャトルはネット手前で減速した。
(失敗!?)
そう思ったけど、そのスマッシュはしっかりネットを越えた。
蜀黍ちゃんにとっても意表を突かれたらしく、白菜ちゃんの得点となり10対10のデュースとなった。
「ここでカットスマッシュかぁ~、ふーちゃんに仕手やられちゃったな」
「……本当はマッチポイントで使う予定だったのよ!」
「にししし、ふーちゃんが取って置きを披露したなら、あたしも本気出そうかな」
「……シ、シロナだってまだまだこれから本気出せるわよ!」
白菜ちゃんはたじろぎながらも、弱気を払拭させるようにツインテールを揺らす。
けれども、本気を出した蜀黍ちゃんがあっさり勝利を収めてしまう。
まるで因縁のライバル。二人の物語は始まったばかり。
さながらそんな雰囲気を感じさせる、素晴らしい試合だと私は思えた。
「お疲れさま、二人ともすごかったよ!!」
「はい、二人とも。タオル使って――」
「なはは、なんか照れるな~。タオルありがとね、はーちゃん」
満更でもなさそうに頬を掻きつつ、菜花ちゃんからタオルを受け取る蜀黍ちゃん。
その隣で、同じく受け取ったタオルで額や首に流れる汗を拭きつつ、恨めしそうな目付きをする白菜ちゃん。
「蜀黍、こいつ……汗、まったく掻いてない――」
二人を見比べても差は歴然。蜀黍ちゃんは全然本気を出していなかったということだ。
「冬葉も素人には見えなかったし、すごい本格的な試合だったよ!」
「うん! 私なんか手に汗握っちゃったもんっ!!」
「慰めなんて! ……ううん、ありがとね。シロナ、もっと頑張るから!」
「私応援するよ、冬葉!」
「一緒に頑張ろう、春乃!」
菜花ちゃんと白菜ちゃんは手を握り、さらには抱擁し合う。意気投合したのか、この間からやけに仲がよさそうだ。
私にベッタリな菜花ちゃんにしてはこの距離感は珍しい。
私としても、美女と美女の仲睦まじい様子は目の保養になるのだけれど……
「……いいなぁ」
ん? 今私何にいいなって思ったんだろう?
「あーちゃんも動き悪くないし背も高いから、すぐに上手になるよ」
蜀黍ちゃんはニッと笑い私の手を握ってくれた。
「そういうことか。私は、白菜ちゃんに嫉妬したんだ」
「!? い……いいい、いっちゃん!? 今、嫉妬って言った!??」
眼前に現れた菜花ちゃんへ私はコクッと頷いてから、蜀黍ちゃんへ向く。
「やるからには本気で向き合わないとだよね。私でも蜀黍ちゃんと打ち合えるかな?」
「あーちゃん、それは本気のあたしとって意味で? それとも――」
「本気の蜀黍ちゃんとって意味だよ」
蜀黍ちゃんの溌剌とした明るい笑顔が鳴りを潜める。
「あーちゃんの才能は認める。でも、あたし。これでもバドミントンには十年近く片思いしているからね」
「たとえば1対3……なら、どうかな?」
「それでもだよ。あたしの勝ちは揺るがない。でも――」
冷たい顔をしていた蜀黍ちゃんは不敵に笑った。
「――あーちゃんの上達次第では、面白い試合になるかもしれない」
蜀黍ちゃんを真似て、私も頬をニッとつり上げる。
「あーちゃん、やる? あたし厳しいけど?」
「もちろんだよっ! 蜀黍ちゃん!」
「じゃ、練習……特訓する時間は三十分くらいしかないから、それに合わせて」
「あのさ? 盛り上がっているところ悪いけど、シロナはあと流すだけのつもりだから本気の打ち合いとかしないからね?」
「どうして!? 白菜ちゃんが私に火を点けたんだよっ!??」
強敵との対決に向けて切磋琢磨し合うような関係。私は、めげない強さを持つ白菜ちゃん、そして応援する菜花ちゃんに眩しさや羨ましさを覚えたんだ。
「はぁ? 苺が勝手に点火したんじゃん。てか、シロナはこのあと木之香に会いに行くから、あまり汗掻きたくないのよ」
「白菜ちゃんは負けたままでいいの? 一矢報いたくないの!?」
「それは、まあ……悔しいけどさ?」
「なら挑もうよ! それに汗は気にしなくて大丈夫だと思うよ? だって私は菜花ちゃんの汗の匂い好きだもん!!」
「ふぇっ!?? いっちゃん!?!?」
私は、白菜ちゃんの隣にいる菜花ちゃんを抱き寄せ、首元に鼻を近付ける――
「――ほら、すっごくいい匂い!!」
「~~~~っっ!!!!」声にならない声を上げる菜花ちゃんへ蜀黍ちゃんが近付く。
「あ、本当だ。はーちゃんから甘くて美味しそうな匂いする~」
「っっ!! 前にね、いっちゃんが好きだって言ってくれたからで……でもね、今はもう嗅がない、あっ、いっちゃんダメっ――」
「言ったっけか? でも、お花の香りがしていい匂いだよね。白菜ちゃんもおいで」
「……苺あんた正気? 春乃が可哀想だと思わないの?」
とかなんとか言っても本能に抗うことは難しい。
白菜ちゃんは蜜に誘われるミツバチみたいに、菜花ちゃんの首元へ吸い寄せられていく。
そして「……なるほど、ね」と何か納得し、そっと離れた。
私と蜀黍ちゃんが視線を向けるなか、白菜ちゃんはツインテールを結び直す。
「さ、休憩は終わりよ。とっととやりましょう」
壁に立て掛けてあったラケットを手に持ち、それから菜花ちゃんへ向いた。
「……春乃? 終わったら何使っているかだけ教えてちょうだいね?」
そう、ツインテールの毛先を指でくるくると巻きながら言った。




