第13話 私は初物トウモロコシが食べたい(4)
清掃、ホームルームが終わった放課後。
「いっちゃん、いこっ!」
退室していくクラスメイトに紛れ、席まで来てくれた菜花ちゃんと学校を後にする。
校門を出て南へ一分ほど緩やかな坂を下ると、遠くない所に海が見えてくる。
さらに三分、四分も歩くと江ノ島電鉄線の鎌倉日坂高校前駅に到着する。
定期券をピッとタッチして改札を越えレトロなホームに立てば、海を見下ろす踏切や七里ヶ浜の海岸に富士山、有名な観光地『江の島』が視界に飛び込んでくる。
天気は晴れ。
心癒す綺麗な景色を写真に収めようとカメラを構える人は観光客だ。
強く吹き込む海風で乱れた前髪を何度も直してはカメラを構える。
きっとホテルや旅館へ戻る道中、乗車した電車の中で写真を見返す時とかに、髪がベタベタになっていることに気付くんだろうな。
越して来た当初、私と菜花ちゃんも経験している。
観光客とは別、私と菜花ちゃんも通う日坂高生徒は見慣れた景色よりも携帯や友達との会話に夢中だ。
隣に並ぶ菜花ちゃんも、ホームに立ってからは携帯を眺めている。
日に反射する海よりも目を輝かせ、ニコニコと鼻歌混じりに体を揺らしている。
(無邪気で可愛いなぁ)
でも、ホームから落ちたら危ないから手を繋いでおこうかな。
「ねえ、いっちゃん。ココに行きたい!」
いいよ、の意味を籠めて繋いだばかりの手をギュッとしたが、菜花ちゃんは「ちゃんと見て!」と頬を膨らませた。
「ごめんね。菜花ちゃんが選ぶお店は外れがないから、つい」
「いっちゃんにも楽しんでもらいたいって、頑張って探しているんだよ?」
「いつも探してくれてありがとね。どんなお店か見せて?」
まだ不満な様子ながらも「はい」と画面を見せてくれる。
開かれていたページは、藤沢駅南口にあるカフェだ。
懐かしさと温かみを感じさせる落ち着いた雰囲気で、運よく窓際の席へ案内してもらえば、珈琲や紅茶にケーキ、キッシュをいただきながら走る江ノ電を望めるらしい。
口コミには、ニューヨークチーズタルトが美味しいと数多く投稿されている。
菜花ちゃんはチーズに目がないから、湘南の海で波を楽しむサーファーのように、チーズケーキについて検索する内に、情報の波に乗り辿り着いたのだろう。
ここが菜花ちゃんの凄いところだけど、このお店には菜花ちゃん自身の好みもおさえつつ、しっかりと私好みのメニューまで揃えられているようだ。
「へぇ、野菜を使ったケーキまであるんだ。良さそうなお店だね!」
「えへへ、でしょ~?」
下から見せる誇らしげな笑顔がなんとも眩い。
是非とも、モカチーズとアボカドのタルトを食べる時にも見せてほしい。
「江ノ電は毎日見れるからなぁって思ったけど、いっちゃんと一緒にケーキを食べながら見た事はないからいいかなって。会津だと、見れても雪だから」
「ふっふ、ふ~、菜花ちゃん? こっちの人からしたら雪を見ながら食べたいって思うかもしれないよ?」
「んー、会津の雪は幻想的とかじゃなくてドカってして迫力があるからなぁ」
菜花ちゃんの言う通り、生活を脅かす量の雪が降るから風情も何もない。
ただ、雪が積もるからこその恩恵もあるし、雪下で育つキャベツや人参などの伝統野菜もあるから一概に悪いとは言えない。
寒さで甘味をギュッと凝縮させた野菜は感動するほどに美味しい。
サラダやスープと……いけない、想像するとまた涎が溢れてしまう。
「ホームシックとかじゃないけど、ちょっと懐かしくも感じるかも」
「いっちゃんは冬や春の人参で作るサラダ好きだったもんね」
私の考えを読み取る事など菜花ちゃんにはお茶の子さいさいなんだろうな。
「窓際だといいね。ああ、けど今日がダメでも、また行けばいいか」
「ふふっ、私いっちゃんのそういうところも大好きだよ?」
ケーキを食べる前から胸が甘い気分で満たされていく。
「今日ケーキ食べるなら、ダイエットは明日から頑張らないとだね」
「いっちゃん、そんなに細いのにダイエットするの?」
「え? 私じゃなくて菜花ちゃんだよ? 昨日宣言していなかったっけか?」
「えー……っと、あ! そうなの、昨日身体測定だったでしょ?」
「だね?」
身長170センチ。体重53キロ。
中学三年時のものと私は変化無しの結果だった。
菜花ちゃんはというと、身長150センチで体重は教えてくれない。
「でもなんかね? 家に帰って体重計に乗ってみたら体重が元に戻っていたの」
言いたくないけど、その体重計もしかして壊れているんじゃないかな?
「ふ~ん?」
「え、へへへ…………。あ、いっちゃん! 電車きたみたいだよ」
ふふ、もう。そんなにケーキが食べたいんだね、菜花ちゃん。
珍しく稚拙な誤魔化し方が可愛かったし、菜花ちゃんにはダイエットも必要ないと思っていたから私はニコッとだけして、ホームに到着した二両一組の緑の車体へ乗り込んだ。
車内は帰宅時なこともあり、満員とまではいかないけど人で溢れている。
昭和レトロを感じさせる木の床に立ち、つり革に捉り「菜花ちゃん」と声を掛ける。
ごくごく自然に、菜花ちゃんが私の胸や腕の中に納まったところで藤沢駅へ向けて発車した――――――。




