第11話 私は初物トウモロコシが食べたい(2)
「放課後はよろしくなー」
「うん、菜花ちゃんと一緒に行ってくるよ」
「なんだ、デートかー?」
「そう! 菜花ちゃんが髪もセットしてくれるの」
「そりゃよかったなー。菜花にもよろしくなー」
学校の近くまで送ってくれた采萌さんはニッと笑い、運転席の窓から出した手を二、三回振るとそのまま発進していく。
私は、曲がり角でハイエースワゴン車の姿が見えなくなってから気持ち早足で校門へと向かう。
時刻は八時になるところ。
普段より遅い登校時間となったが、朝のホームルーム開始にはまだ二十分ばかりの余裕がある。
だと言うのに、早足になっているのは思い馳せてしまったことが理由かもしれない。
(あぁ……)
早く日曜日ならないかなぁ。
最初の一本は茹でてそのまま食べるでしょう?
かき揚げは外せない。確定としても残りはどうしようっかな。
13本もあるから悩んじゃうよ~……んもうっ、届くまでが待ち遠しい。
「ふっふ~ん」
贅沢な悩みに、幸せホルモンの一つセロトニンが分泌されている。
きっとこれが何とかニウムの正体かもしれない。
そう閃いた途端、右肩をトンと叩かれた。
「あーちゃん、おはよう!」
リュックサックにぶら下がる、バドミントンラケットのキーホルダー。
そして黄金に輝く鮮度抜群の笑顔。
私は内頬に力を籠めながら、夏玉蜀黍ちゃんへ挨拶を返す。
「蜀黍ちゃん、おはよっ!」
「あーちゃん、昨日あたしの代わりに授業が変わったの伝えてくれたでしょ? 任せちゃってごめんね。でも、ありがと! たすかったよ~!」
「ううん、私こそ。蜀黍ちゃんの気持ちも考えずに距離が近くなっちゃったから。ごめんね、嫌だったよね」
「あ、うん……嫌とかではなかったけど、あーちゃんって美人さんでしょ? あたし、ずっとバドミントンばっかりでね、大人っぽい人というか年上さんが好きだし、でもその、そういう耐性とかなくて緊張? というか恥ずかしかったというか、なんか嬉しい気持ちもあったというか、ん~~…………あたし朝から何言ってんだろ――」
蜀黍ちゃんは目や頭をぐるぐる、ぐるぐるとさせた。
感情が体へ素直に表現される様子はとても萌える。
それら愛いしい様子や、私を美人とお世辞まで言ってくれた蜀黍ちゃんを無性に抱きしめたくなったけど、自粛して話題の変更を試みる。
「私と蜀黍ちゃんが朝こうして校門でバッタリ会うの初めてだね」
「んえっ!? あ、ん、そうだね? あーちゃんはいつも何時くらいにきてるの?」
「入学してからは、ちょっと早いけど七時過ぎには教室いるよ」
ちなみに、蜀黍ちゃんが教室に来る時間は入学式のあった日から変わらない。
黒板に掲示されていた座席表で蜀黍ちゃんの名前を見た時から「どんな子なんだろう」と気になり、会話のきっかけを掴むのに観察していたことで知っている。
「あはは、あたしが起きる時間と同じくらいだ」
「朝が苦手なんだ?」
「そうなの、昔から朝ってどうも弱くて。ママが蜀黍に早起きはできないーって! だから横浜から鎌倉にお引越ししたんだけど……それでも電車通学になったから中学より朝も早くて、最近寝不足気味で集中力も続かないし疲れもやすくて、ふわぁっ……――」
大きな欠伸の他にも、元気にぴょんとはねる毛先が蜀黍ちゃんの苦手を証明している。
「――ふわ……あ。んあ、これ? 直したんだけど走る内にまたはねてきちゃったのかー」
私の視線に気付いた蜀黍ちゃんが、気恥ずかしそうにはねた毛先を撫でるけど、またぴょんとはねてしまう。
「ふふ、私がもっと早く教室に来たら蜀黍ちゃんも今より早く起きるのかな?」
「やめてー、朝起こしてくれるのはママだけで足りてるよ~」
「蜀黍ちゃんをこれ以上寝不足にするわけにいかないから我慢しておこうかな」
「うんうん……えと、あの、あーちゃん?」
「やっぱりはねちゃうね」
「~!? そのうち勝手に直るから、えと、あーちゃんが気にして、その……直そうと撫でなくていいんだよ?」
「ふふ、ぴょん」
「もお、あーちゃん! それイジワルイやつ~!!」
蜀黍ちゃんは撫でる私の手を払い除け、寝癖箇所を押さえつけた。
菜花ちゃんの場合は「もっと撫でて」と言って私の手を押さえつけてくるから、蜀黍ちゃんの反応はちょっと新鮮で、菜花ちゃんとはまた違った可愛さを感じた。
「ごめんね。お詫びじゃないけど、教室に行く前にお手洗いにいこっか」
「お手洗いってトイレ? どうして?」
「ヘアアイロンあるから直してあげたいなーって」
蜀黍ちゃんは「これが女子力かぁ」としみじみ頷き、どこか羨望の眼差しを向けてくれたけど、ヘアアイロンを持っていたのはたまたまだ。
今日の放課後に、菜花ちゃんが私の髪をセットしてくれるから持参していただけ。
「でもあれ? あーちゃんは今日はどうしてこの時間? 寝坊とか?」
到着した下駄箱で上履きに履き替えると、蜀黍ちゃんはキョトンと首を傾げた。
「今朝は四時に起きてね、いろいろな野菜が売っている市場に行ってから学校に来たんだ」
「よっじ!? うへえ~、てか四時ってまだ夜じゃん。あたしには無理だー……」
「確かに窓から星も見える暗さだったよ」
ただ、あとひと月もすれば四時では月も星も視界に捉えることは難しくなるだろう。
「星かあ、バドの夏合宿で行った時の夜に見た星は綺麗だったな。ああいうのって、満天の星空? とか言うの? 星とか興味なかったけど、あれにはあたしも感動したなあ」
前に菜花ちゃんも似た事を興奮気味に語っていた。
私は野菜と触れあう時間を何よりも優先していたけど、同級生や部員と合宿とかで作れる思い出とかには、多少の興味や憧れがあったかもしれない。
「――なんか、いいね。合宿とかそういうの。蜀黍ちゃん、その時の写真とかないの?」
「まあ、夜はクタクタで起きてられないことがほとんどなんだけどねー。写真はごめん。あたしってば観るので夢中で撮ってないんだ」
申し訳なさそうに顎を掻く蜀黍ちゃんに私は「気にしないで」と首を振る。
「にしても、早起きして野菜の市場に行くくらいあーちゃんは野菜が好きなんだね。あ、もしかして作りたい部活もそれ関係だったり?」
今朝青果市場に行った主な理由は采萌さんに誘われたからだけど、野菜愛も本当だから訂正するほどじゃないかな。
「部活名は考え中だけど、野菜部を作りたいなって」
「ほへぇ~、あーちゃんは行動力あるんだね。野菜部って何するの? やっぱり野菜食べるの?」
昨日の放課後、担任の須木喜来乃先生へ説明した同じ内容を伝えると、蜀黍ちゃんはポカンと口を開けた。
「ほへぇ~、野菜を食べる以外にもいろいろ考えているんだね。食べる以外にもあるなら、バド部が休みの日は、あーちゃんに会いに遊びに行ってみようかなあ?」
「蜀黍ちゃんなら、いつでも大歓迎!」
「でも、入部する気もない上に野菜が苦手なあたしがその、遊びに行ったりするのって冷やかしにならない? やっぱり迷惑だったり……」
「そんなことない! ぜんぜんっ、いつでも来てくれていいよ!」
蜀黍ちゃんは窺うような目を向け「ほんとに?」と、小さく言った。
「昨日確認したんだけど日坂高は兼部も大丈夫みたいでね、だからあわよくば蜀黍ちゃんが入ってくれたら嬉しいなぁって下心もあるから気にしないで!」
「あはは、それ言われたら行きにくいか、も……ごめん、あーちゃん! 行く! 遊びに行くから、だからそんな悲しそうにしないで!!」
「上げて落として上げて、蜀黍ちゃんにイジワルイことされたぁ」
「え~ん、それさっきあたしがあーちゃんに言ったやつ~!! もしかして、あたしもお詫びしないとダメなやつ!? でも、あたし自慢じゃないけどバドミントンしか得意じゃないよ~……」
頭を揺らす動きに合わせて寝癖がぴょんぴょんはねていて、段々と可愛く見えてくるから困ってしまう。
さらには、蜀黍ちゃんの反応もいちいち可愛くて心擽ってくる。
「お詫びとか気にしなくていいけど、蜀黍ちゃんと一緒にバドはしてみたいかも」
「そうなの?」
「うん、蜀黍ちゃんの好きを私も知りたいから」
「っ!? すぐそういうこと言う~!!」
「そういうことって?」
「……なんでもない!」
蜀黍ちゃんは尖らせた唇を私へ向けた。
「あ、てかさ? バドするならバド部の見学にこない? 今日の放課後とか!」
「んー……」
何度も演劇部の見学に誘ってくれている菜花ちゃんを断っている手前、バド部の見学に行くのは躊躇われてしまう。
そもそも、今日の放課後は菜花ちゃんとデートだし、明日、明後日はお店のお手伝いに入ると采萌さんと約束しているから、いずれにせよ難しそうだ。
「毎週日曜なら一日空いているんだけど、蜀黍ちゃんの都合はどうかな? あ、でもそうすると学校の体育館は使えないのか」
「あーちゃんの家ってこの辺? 先輩に教えてもらったんだけど、大船に一般にも開放されてる体育館あるみたいで、家が近いならそこに行かない? あたし今度の日曜なら大丈夫だし」
私も菜花ちゃんも、家は鎌倉市と横浜市の境にある大船駅に近いところにある。
「大船なら歩いて行けるし、蜀黍ちゃんが平気なら日曜でお願いします!」
「じゃあ、それで決まりだねっ!」
「うん! 今は時間ないから、ホームルームが終わったあとにでも連絡先交換しようね」
「えへへ~、何だかあたしの方が楽しみになってきたな~」
ニッと笑い小指を差し出してきた蜀黍ちゃんと指切りを交わしてから、さらに目や頬を柔らかくさせた蜀黍ちゃんとお手洗いへ入り、ぴょんとはねる寝癖と向き合う。
そう……蜀黍ちゃんの動きに合わせて揺れる寝癖と向き合う。
けど――――
「? あーちゃん? 固まったりしてどったの? ポンポン痛い?」
「……なんでもないよ。お腹も平気。アイロンが温まるのを待っているだけ」
「それならいいけど。でもアイロンって温めてから使うんだね。知らなかったな~」
妙な愛着を感じてしまったためなのか「直しちゃうの?」と、寝癖が私に訴えているような錯覚に陥っていた。




