91.酔客も憂鬱だった
嶺南西部、ロンバルディ館。
「見事な雉鳩で料理のし甲斐がございますわ」
厨房を預かるは旧マレリ家の女中頭だった小母さんだが、村長をしていた亭主がロンバルディ家の加増で急に大惣屋へと成り上がったのに相変わらず素朴な初老の世話女房である。
「あそこの大穴って、行って戻らいたの皆さんが初めてなんですよ」
「いやそれ先に言えよ」
「昔の大虐殺で、残ってた遺体を捨てた穴って話なんで、元々誰も近づかなかった場所ですし・・」
「だから、それ先に言えよ」
・・そう言やぁ此処らの人々って、後から入植した移住者だったな。
「今は『大冒険者』な旦那様が『ちょっとパス』って仰った場所だけあって、誰も好んで近づきません」
「ったく、それ先に言えよ」
「それより明日のプランを立てましょう。早朝出発で宜しいですね?」
なぜか副伯夫人が仕切る。いや確かに一番身分が上だけど。
「么麽なさりまする?」
「アレは御領主様の手元。そして御領主様はお留守。つまり逃げませんよ」
「うむ。脚さえ生えねば」
「では『星降り』の大穴探検が優先でござりまするな」
修道士三人ひそひそ話。
「ねぇレッド、先遣隊のルテナン アルノーってなに者?」
「いや、見当も付かないな」
「フィンくんが同郷みたいなこと言ってたじゃん」
「いや、僕ら北海州じゃ、もともと苗字って無かったんですよ。だから先輩の姓の『ド・ブリース』はお父上様が男爵だった頃の領地の地名だし、僕の『ポーザ』も祖父の生まれたポッス村のことです」
「そうだ。昔流の名乗りでは本人の名前と父親の名前を並べて言うんだ。あそこに書かれていた『アルノー・サグヌススヌ』は『サグの息子アルノー』という意味の名前だ。祖父さん世代はまだそんな書き方をしてたな」
黙々と食事をしていた館主徐ろに口を開く。
「北海の人ですか。その人が先遣隊という事は・・」
「あら、お隣りのゼードルフ様も北海のかたで、ファルコ冒険者ギルドのギルマス以下中核メンバーも北海のかた。気候の穏やかな南部は憧れの地だったって皆さんおっしゃいますわ」
「あ・・そうだね。結構いらっしゃるね」
奥方に言われて言葉を引っ込める館主、なんか初々しいが・・ちょっと気になるレッド。
「ロンバルディ卿はゲルダーナ人の動向をお気になされているのですね?」
「実は仰るとおりです。グウェルディナの勢力が北海から来たベテランの探検家を登用するとかも有るかも、とか思いまして。かく言う私も嶺東州の産でして」
「嶺東州のご出身で被在いましたか」
「ええ、ミーゼル侯爵領アルパの生まれで、プフスブルの冒険者ギルドに入ったんですが、すぐギルドが経営難で潰れちゃいましてね」
結構波瀾万丈だった。
◇ ◇
アグリッパ、下町の飲み屋。
混雑の中、市民ペーター・ライヤーの隣席が空く。
立ち飲みの客が移動して来る。
「クラウディオさん、お酒はもう控えましょう」
「こんな日こそ飲まなくて如何します。お飲みなさい」
「はぁ・・」
「心の憂さを吐き出して、さらり捨て去って明日を生きましょう」
「涙と溜め息交じりに、でございます」
「あれ? どっかで見た顔だな」
ペーター、ちょっと顔を背けて隠す。
隣の二人、声を潜めて話す。
「私が『お父上の名前を出すな』などと伝えたから、出しちゃったんです」
「言われたのと逆のことをする人だから破滅するんです。あなたの責任なんかじゃ有りません」
「でも、お母上が不憫で・・」
「それも息子の罪です。分与された財産を不良仲間と蕩尽した挙句に成人後もあの為体。果てが死刑で当然の破廉恥犯罪ですぞ。どこに救いの余地ありや?」
「左様で・・すね」
「お父上も巡礼の旅の末に赦されて何処ぞの寺男にでも落ち着けば、妻と慎ましく暮らす事も出来たかも知れぬのに、あの息子に法廷で名前を叫ばれて終った。最早人前に出ることも叶いますまい。息子の浅慮ゆえです」
「絶望ゆえの乱心でございましょう」
「絶望する前からご乱心でしょう。若い娘を拉致監禁ですぞ」
「そのうえ全裸で剣舞だよな」と、ぼそり隣りでペーター呟く。ヨセフ吹き出す。
「育ち過ぎた悪童共の親が法廷侮辱や平和破壊の愚挙に走らなければ、司法決闘に勝っていたかも知れないし・・」
「そりゃ無いな。あいつに勝てる気がしない」とヨセフ。
「その愚挙が成功していたら、そもそも今日は開廷していない」
「でも愚挙だもんな愚挙」ペーター苦笑い。
「結局、愚行と失策の果てに死が来たのです」
「来るべくして・・な」ペーターとヨセフ。
◇ ◇
「なぁ・・覆面の野郎どもが雌鶏ちゃんを泥棒したのが夜中のこと。雌鶏ちゃんが鳴いた時に街はもう結構な数の人通りがあった。この時間差って、もしかして?」
「もしかして、ふた皿目おかわりの宅配だった・・とか?」
「それで坊ちゃんたち全裸で喜びの剣舞を踊っていたら、鶏鳴を聞いて乗り込んで来た向こう傷男に殴られて気絶した・・と」
「坊ちゃんたちの家族に急を知らせたのが、皿の回収に来た出前料理屋だとすると向こう傷男が強いの知ってる訳だな」
「毒親どもは馬鹿息子を助けようと、慌てて代言人決闘人を雇うが、出前料理屋は向こう傷男がいかに強いか説得して、雌鶏母子の料理を請け負う。たぶん大安売り料金後払いで売り込む」
「けれど安かろう悪かろうの仕事っぷりで、失敗して元も子も無し。これだ!」
「なぁ、これってもしかして・・『仕出し弁当屋』が諸悪の根源と違うか?」
◇ ◇
嶺南西部、ロンバルディ館。
「それで、ゼードルフ前男爵がご子息に位を譲られて、再び冒険者の世界に帰って来られたのですよ」
ジョバンニ・ロンバルディ勲爵士、晩餐後に一杯召食して昔の衣笠気分。
「その時のパーティは'ジーグフリート'・レオン殿と、此の程ファルコのギルマスに就任なされたラミウス殿、トゥック修道士に・・」
止まらなくなって奥方が諌める。
「明日は行っちゃ駄目ですよ」
「はい、行きません」
・・しかし一行、腕の良い斥候と医術者がいて、学者さんがいて祓魔師がいてと結構探検向きのメンバー揃ってるじゃないか。・・一番強いのが修道士なのは変だけど。
ちなみにギルベール師、目立たぬよう修道騎士団の団服でなくて普通の修道服を着ているので、剣は隠し持っている。
とりあえず現有メンバーで、アルノーさんら先遣隊の軌跡を追うことは決まったのだった。
なんとなく副伯夫人が隊長っぽく成っているが・・
◇ ◇
アグリッパの飲み屋。
隣の二人が立つ様子。市民ペーター、ヨセフに目配せ。
・・二人のうち叫んじゃった息子セティモ・エスタブロに辛口だったのが法廷でアナウンスしていたクラウディオなる在家信徒。もう吊る下がっちゃったんだから責めなくても良いように思うんだが、彼の信仰上許し難いんだろう。
気になったのは今一人の方だが、ヨセフも同じ意見らしい。
クラウディオと別れ、夜道を一人行く千鳥足の男の後を、そっと尾行る。
「なんか有る気がするんだよ。勘だがな」
尾行る二人、こういう事は慣れていないが第三者からどう見ても酔っ払いなので特に怪しくない。
千鳥足の一人のだいぶ遠くに千鳥足の二人が肩組んで歩いているだけである。
「もっと怪しく無いように、歌うか」
"レーゲンの川風裳裾に入れて ♪ "
"流れに棹さす流れ者 アコリャ ♪ "
・・とか歩いていたらば、物陰から出た二、三の人影。千鳥足なる一人目を一発棒で叩いて運河に捨てた。
「わっ、こりゃ不味い! 想定外だっ」
「あ、こっち来るぞ! ヨセフあんた強いんだろ」
「やめてくれ、今は丸腰の酔っ払いだ」
人影、近づいて来る。
続きは明晩UPします。




