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88.新発見して憂鬱だった

 嶺南西部、ロンバルディ領の北。

 異世界への穴があった。

 まぁ、文学的形容のつもりだが・・少なくとも、この時点では。


 それは樹海のただ中に空いた巨大な円形の竪穴で、円周に沿って岩盤が露出して切り立った崖となっており、その底にまぁるい森が収まっているのだった。大地が丸く陥没したようにも見える。


 三人の修道士、図らずも声が揃う。

「『星降り』の大穴・・」


「降りる道はござりまするか?」

 もう断然行く気の三人である。

 見ると、アリ坊も目を輝かせてる。


「馬じゃ、まず無理ですね」とレッド、消極的な事を言う。

「わたくしの軽馬車はもちろん無理ですわね」


「俺がひとっ走り行って、ロンバルディさんとこで馬、預かって下さいって頼んでみます」

 ・・カーニス行く気満々だな。

「だってお宝の話聞いたばかりにゃ」

「わたしたちも冒険者ですわよ」


「お前たち、そんな長いスカートで山道や森の中、本気で歩く気なのか?」

「下、穿いてますし」

「あ、あたし穿いてないや。いいけど」

 聞く気のない情報まで入って来る。

「あのなぁ・・エステル様に随いて、大人しく城で待ってろよ」

「え? わたくし行かないんですか?」

 ・・やめて下さい副伯夫人ヴィスコンテッサ


                ◇ ◇

 アグリッパの町、城外。

 外郭の北東、人気ひとけのない薄気味悪い場所。刑場である。


 犯罪者を処刑することを別称『棄市』とうが、広場の端に晒しものにした遥か古代のさまが古風な言い回しに残っているのだ。今は公衆衛生上、特に精神衛生上宜しくないので処刑場は市外に移った。


 いま、見た事ある顔が七人ぶら下がっている。


 ペーター・ライヤー、本名ヨアヒム・ローシー。彼とて見ていて愉快ではないが関わった事件だ。最後までを見届ける義務が有るような思いに捉われて、此処まで来て仕舞った。


 誰の使用人か知らないが、年配者が数人座り込み、泣き叫んでいる。

「今頃に泣くくらいなら、休廷のときにボヤっとてないで別の決闘人探してりゃ良かったのに」

「そりゃ無理だよ。あいつら金持ってないもの」と決闘人ヨセフ。

「そうだな。持ってたって、急な代役なんて引受け手が居るまいし・・な」


「なぁ・・金に飽かせて横暴やり放題だった富豪七家が大急ぎ、青天井の言い値で町いちばんの決闘人を雇った。いや俺のことだけど」

 ・・自慢じゃなくて、この男はナンバーワンだ。

「だけど、料理屋母子にはもう、この俺がびびるレベルの元傭兵が付いてた。これ変だよな」


「娘が攫われたんで慌ててギルドに駆け込んだ・・みたいな話だったぞ」

「そこで偶然、あんな男が居たってか? 金もらって無いって宣誓してたぞ」


「・・確かに、お膳立てが出来すぎてる気がするな」


                ◇ ◇

 嶺南西部、大穴。

 断崖を下れる場所を探す一同。

 結局、副伯夫人ヴィスコンテッサエステル様まで来てしまった。「冒険者パーティって医術者いると便利でしょ?」の一言である。まぁ確かに探検系の仕事とかには衛生兵メデク経験者など引く手数多あまたではあるが。


 軍関係者といえば、黒猫さんが斥候隊員だったらしい。

「あそこ・・通れそうにゃん」

 ありがたいことにプロが居た。


 ラリサ嬢、とうとうスカートを脱いで仕舞う。

 言ってたとおり、下に旧帝国兵みたいな半長タイツを穿いていた。それで最初は男子用の鞍に平気で乗ってた訳だ。

 どこから取り出したか細長い布をゲートルみたいに脛に巻付けて足拵えをする。膝行も出来るように生地を厚くして手慣れたものだ。

 ・・あれ、どうしてアンヌマリーも平気で馬に跨ってたんだ?


 実はラリサ嬢が乗っていた馬には馬上で戦闘する騎士が使う様な、腰を前後から固定する方式の垂直鞍が付いていたのでマッサの大奥様に頼んで婦人用の横乗り式サドルに交換して貰ったのであった。アンヌマリーは輜重隊の馬を借りたから鞍は座布団式で、お尻に直接でも大丈夫だったのである。

 レッド、不覚にもアリシア以外の女性らのお尻はあまり観察しておらず、把握が足りていなかった。


                ◇ ◇

 アグリッパ城外の刑場。

 ぶら下がった遺体を見ながらペーター・ライヤーが呟く。

「絞首刑って、手を縛って吊るすのかと思ったら、この町じゃ死刑の前に両手首を切り落とすんだな」

「他所じゃあ違うのかい? 俺は生まれも育ちもこの町で、ほかは知らんのだ」とヨセフ。

 決闘人は収入が可成り良いが、職業選択の自由も移動の自由も無い。


「普通なら、死刑じゃ重すぎる犯罪は手首切断だ。絞首刑は斬首より重い罰だからダブル処罰なのかな。土地によって結構違うんだな」

 手首切断刑に使う処刑台をじっと見るペーター。

「あれの出番、多いんだな」

 要するに、受刑者が手を置き易く処刑人が斧を振り下ろし易い高さの俎板だ。


 人の命は豚一匹・・というのは嘘だが、本当だ。

 人が過失で、何の悪意もなく人の命を奪った場合、つまり事故の責任を全面的に負う場合、賠償金は莫大だ。人を轢殺ひきころしてしまった荷馬車の馭者は略々ほぼ一生働いて償うことになる。

 だが、豚一匹盗んだら死刑だ。正確には時価で多少変わるが、概ね豚一匹よりも安い窃盗なら、盗みを働いた利き腕の手首を切り落とされて、命は助かる。

 だから人の命が豚一匹というのは嘘だが、本当だ。

 手首は当然もっと安く、俎板の出番は多い。


「処刑人と交流って、あるのか?」

「あんまり無いな。あちらは成るく痛くなくってやるよう技術を磨いてるから苦しませて殺せ! みたいな判決を聞くと心が痛むって言ってたよ。俺たちの方が慈悲に欠けるかな。あんたも言ってたが、素人を俺らとらせるのは『悪党だから人前ヒトマエで嬲り殺せ』って判決みたいなもんだから」

 実際、身代金マンゲルド払って死刑を免れた者等の再犯には、そういうニュアンスで判決が下ることが多いようだ。

「いや、素人同士の司法決闘を見たが、あれが一番悲惨だった。両方とも軽傷だけ際限なく増え続けて、最後は足腰立たない同士の血まみれ泥試合。それでも何方どっちか負けた方が死刑だから必死でな」

「ふぅん」


 刑場を見る。

「婆さんがまだ泣いてらぁ。あれ、乳母や・・とかか?」

「親族が誰も来ないな」

「そのうち来るさ。ぶら下がる側で」


「馬鹿息子ども、これまで親が金積んで黙らせられる相手ばかり手を出してたのに如何どういう風の吹き回しだろうな。いや、娘が金切り声あげても通行人は知らんぷりだったそうだ。乗り込んでって七人ちのめす様な奴が初めて出たって事かな」


冒険者アボンチュリエギルド、網張って手薬煉挽いてた臭くないか?」

「いや、傭兵だから探索者ズーカギルドだ」

「まえの被害者が雇った『復讐屋』じゃないか? そういうのが居るって噂とかも聞いたぞ」


「女の敵の睾丸を握り潰して殺す『復讐屋の女』の噂なら聞いたこと有るが」

「なんだそれ怖ぇな」


                ◇ ◇

 アグリッパ、下町。

 料理屋『川端』亭の前。


「ん? 臨時休業中?」

 大柄な男が六人。

「休みじゃ仕方ない。他を探そう」


「ちょっと失礼。皆さん何処へお泊まりですか?」

「あ、自分ら日帰りです。午前中で仕事終わりなので」

 ・・おっと、赤マントって警官か・・隠さなくてもよかったかな。でも、私服で行けって言われてるから隠密行動だよな? どうしよう。

「皆さん、兵隊さん?」

 ・・なるべく嘘はよそう。

「ええ、南部辺防連隊の隊員です」

「あ、大司教座直轄の方々ですか。僧兵さんじゃないんですね」

「無期限自動継続契約の傭兵みたいな感じです」

「なんか警備強化週間とかですか?」

「それがね、実は・・」


                ◇ ◇

 嶺南西部、大穴。


「にゃっ! ここ、ザイルの付いたペグがっ!」

「新しいものですの?」

「ザイルがぜんぜん腐って無いのにゃ」


 謎の先行者の足取りを追うレッド一行であった。



続きは明晩UPします。

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