84.代言人も憂鬱だった
アグリッパ。
法廷。
「右陪席、警邏隊の報告から時系列を明確にして下さい」
「尊き裁判長閣下、警邏隊による報告では『犯行現場は密室。被害者の叫喚告知を耳にして現場に踏み込んだ自由人が二名のみ。他は躊躇して良俗義務を果たさず』であります。叫喚の声を聞いた時点で付近通行中の自由人は躊躇って動きません。
則ちマルティナ・レーカ他一名は叫び声を耳にした後に室内へ踏み込んでいます。これは複数の通行人からの事情聴取記録と整合しており、矛盾がありません」
参審人が挙手。
「マルティナ・レーカ他一名が現場に踏み込む以前に室内から叫喚が有った事実が確定しているので『被告人セスト・ヒュッカー他が一方的な襲撃を受けた』という反対事実は成立する余地がない、という理解で宜しいか?」
「余地ありません。警邏隊が記録した多数の証言と矛盾します」と右陪席。
別の参審人が挙手。
「警邏隊が記録したマルティナ・レーカ他一名の供述と違う、いかなる反対事実が合理的に想像できるか、代言人ペーのお考えをお聞かせ願いたい。もちろん立証は不要です」
『想定』でなく『想像』と言っている辺り、結構チクチクの悪意がある。
「若い男が裸踊りしてたんでリュクリーちゃん驚いて叫んじゃったんだよなー」と、野次。
場内哄笑の渦。
「傍聴人静粛に。次回から不規則発言は罰金取りますよ」と裁判長まで、少し声が笑っている。
市民ペーター・ライアー俯く。
・・いいさ。司法決闘に持ち込むまでが俺の仕事だもの。
野放しの放蕩息子どもを無罪になんて、そんな無理筋が通るわけもない。毒親が大金で雇った決闘人にバトンタッチしたら早々とお役御免で退場だ。
傍聴席の端辺り、静かに座っている頭巾の男が決闘人ヨセフ・エンテラである。目を伏せて、静かに出番を待っている。だが、自分の出番が無いのが一番いいとも思っている。金満家七家から相当な金額を提示されているが、それでもだ。
また別の参審人が挙手。
「昨夜、告知人の自宅が無法者の襲撃を受けたと仄聞します。事実関係は如何?」
「代言人ペー、発言を認めます」
「裁判の妨害であるなら重大な犯罪であり、厳正に処断さるべきものと存じます。しかし本件の審理とは別件であると存じます」
「右陪席」
「代言人ペーの言うとおりです。告知人等が殺害もしくは拉致されておれば本日の開廷はございません。このとおり審理が開始しているので、本件とは別事件です。しかし質問がありましたので概要は情報開示致したい」
「許可します」
「昨夜、十二名でひと組の暴漢がふた組、都合二十四名、告知人自宅を襲撃した。すべて被害発生前に捕縛収監済み。うち第一の組は、金で雇われた旨を自供済み。依頼者の姓が本件被告七名のうち三名と一致しているが、拘束中である彼ら本人が依頼者である可能性はない」
・・馬鹿親なにやってんだ。自滅すんのは勝手だが、俺は弁護しないからな。
あの右陪席の目付き、言ってやがる。「どうせ死刑だ関係ないよ」って。
それとも「お前、今日の礼金を払って貰えるか心配しとけよ」かな。
ああ、心配になって来たよ。
だいたい十二名でひと組を二つで二十四名、というのが気味悪い。五人ひと組を伍長一名が指揮して部隊は六の倍数というのが、よくある軍隊組織だ。そうとう金を出してセミプロ雇って全員御用になってるんなら、そうとうウンザリだ。馬鹿親あっての馬鹿息子という事なのか。
ヨセフが仕事をキャンセルして帰っちまわないか心配だ。
あいつも俺と同じ。急な依頼だから前金無し、話だけの巨額報酬で渋りながらも受けた口だろう。訴人を襲撃なんて話、聞いた瞬間に席を蹴って、微塵も可訝しくないからな。
「代言人ペー、発言ですか?」
「合理的な反対事実は提示出来ずとも、不合理は事実であり得ないのでしょうか?
人はときに馬鹿げた事をしでかします。男たちが裸で剣舞を踊り狂っていたのだと主張したら、どうして嘘だと否定出来るでしょうか。そしてそれを自由市民七人が証言出来るとしたら」
「右陪席、第三者の証言が得られない状況下にあって事実関係が争そわれた過去の判告には、如何なる例が存在しますか?」
「尊き裁判長閣下、被告の両手を縛り首に重しを吊るして水中に投じ、溺死したら無罪と・・」
「死んでるだろ! それ、死んでるだろ!」
「代言人ペー、発言は挙手をしてから」
改めて挙手する。
「それ・・当市の例ですか?」
「右陪席」
「近郊の農村で三百年ほど前の記録です。またウォルムの宮廷では四百年ほど前に灼熱した鉄棒を・・」
「大昔だろ! それ、大昔だろ!」
「代言人ペー、発言は挙手をしてから」
心を落ち着け、改めて挙手する。
「当市では、司法決闘にて神意を問う方法が一般的と存じます」
「右陪席」
「仰るとおりです。本件は告知者リュクレス・レーカが未成年女性、後見人のロウ親方が高齢ですので、慣例に基づいて代闘者を立てることが許されます。被告人は健常で若い成年男性ですので七人のうちから代表者を・・」
「嬲り殺しだろ! それ、嬲り殺しだろ!」
「代言人ペー、発言は挙手をしてから」
息がきれる市民ペーター・ライアー。
・・ヨセフ、笑ってんだろ。肩が動いてるぞ。
女に暴力振るうのが精々なぼんぼん共だよ。プロの決闘人と闘らすなんて処刑と同じだ。
「代言人ルベルト、発言ですか?」
「告知者リュクレス・レーカは、代闘者に当市探索者ギルド員ヨハンネス・ドーを選任します」
「ヨハンネス・ドー、選任を承諾しますか?」
顔に横一文字の傷ある大男、進み出て右手を挙げる。
「自分、元傭兵にして探索者ギルド員ヨハンネス・ドーは、レーカ母子と如何なる金銭等の授受も無い事を宣誓し、代闘者選任を受諾します」
「・・(わっ! 決闘人どころか傭兵出して来やがった!)」ペーター蒼白。
「探索者ヨハンネス・ドー。貴殿の所属を証明することができますか?」
「唯。自分は解散した傭兵団から契約により探索者ギルドへと移籍した者にて、現所属については同ギルドより直ちに役員を出廷させる事が、過去の所属については元上司の遺族である貴族女性より書面にて後日提出する事が可能です」
「本法廷は、それらを省略して選任申請を受理することとします」
ペーター・ライアー慌てて挙手する。
「尊き裁判長閣下、あまりにも被告人と能力的に差があります。公平性を図る為に何卒被告人側にも代闘者選任の許可を!」
「それでは斟酌します」と、裁判長。
参審人全員、賛意の挙手。
決闘人ヨセフ・エンテラ、静かに立って退席する。
・・あ、帰りゃがった。
まぁそりゃ、そうだろう。三家で襲撃チーム十二人なら二十四人雇ったのは単純計算で六家だ。報酬満額支払が怪しい雲行きなのに元傭兵なんかと戦わされるのは御免だろう。
指名されて訴訟当事者になる前の、絶妙なタイミングであった。
「これより司法決闘の円陣を設営するので暫しの休廷とします。設営完了後直ちに再開しますので、被告人等はそれまでに決闘する代表者もしくは代闘者を決定して対戦して下さい」
「裁判長閣下、間に合わない場合は・・?」
「被告が居るでしょう」
・・終わった。いや、俺の仕事が、だ。
腰高くらいの衝立がいくつも運び込まれ、円陣が組み上がる。
・・ま、親兄弟ひとりも傍聴に来てないし、裏で原告襲撃なんてやらかしてちゃ予め用意しといた代闘者に見限られるのも道理だ。手入れが入ってて大童なのかも知らんが、様子も見に来てないんだから、代わりの手配なんて誰もしてないだろ。俺の仕事でもないし。
放蕩息子らの実家の使用人ぽいのは数人いるが、土気色の顔して下向いてる丈で当事者能力がちらとも見えない。
そんなペーター・ライアーの目に、被告人の一人セティモ・エスタブロの様子が異常と映る。
「妙なこと、ヤラかさない・・だろうな?」
しかし、ヤラかすのだった。
続きは明日UPします。




