82.前夜は誰も憂鬱だった
ファルコーネ城、夜。
晩餐。
皆が着席した後、ラリサ嬢がアシール卿にエスコートされて登場。
卿が長身なので彼女と釣り合いが良い。
「なにこれ、披露宴の予行?」
アンヌマリー、ぷっと膨れ面。
・・副伯夫人エステルが女主人の席にいる。伯爵別邸での大奥様の位置もだが南部ってこういう事が多いんだろうか。
城代家老は寡黙な武辺者らしく、この城の主らしく振る舞うことのない控えめな人物と見えた。有事の司令官といった印象だ。
そういえば、嶺南は女性の地位が高いと言う話を誰から聞いたのか、もう定かでない。
晩餐のあと、皆が歓談する中。
「ヒンツ、こっそり厩舎に行ってみよう」
◇ ◇
小型の箱馬車。
アグリッパの西門は既に閉門している。
馭者が衛兵に何か見せると、やがて静かに門が開く。
馬車の中では、二人の男が言葉もなく向き合って座っている。
「・・(こいつ結局、息子を見捨てやんしたねぇ。その息子のために長年お大事な神様まで裏切って来たってのに)」
「息子は助かるでしょうか?」
「・・(なぁに言ってやがんだか)」
「神様のお気持ち次第でやんすよ」
・・あなたが裏切ってきた、ね。
「正しいことをして来なすって、お祈りが受入れらんない事なんて有ゃすかね?」
決闘裁判というのは、ただ『結局は力が全てを決するのだ』という野蛮な時代の遺習である而已ならず『神の意思が決闘の結果に顕れる』という古来からの信仰の上にもある。職業的な決闘人が頭頂を剃髪したり裸足の爪先を大地に触れたりする習俗は、司法決闘が神判であるという信仰の名残りである。
「でも、あなたが歌って下さいやした言葉は、ちゃんとあなたを助けやす」
馬車は夜道を行く。
◇ ◇
青年執事の案内で厩舎に赴くレッドとヒンツ。
「来やがると思っていたよ」
「騎士長、老けましたね」
「既う『長』どころか『騎士』でもない。只の『厩舎番の爺さん』だ。だが昔から変わらぬ物が一つある。俺は馬が好きだ」
「昔も、そう仰ってましたね」
「お前は馬が好きか?」
「うーん・・愛馬を親友のように信頼している方に出逢って、凄く格好いいなぁと憧れましたけど、そんな親友には出会えてませんね」
「まあ今後の出会いもあるさ」
「ええ。実はあれからブラーク男爵様のご助言を頂き、都市の自由人として冒険者暮らしをしてました。出会いが無くって独り者です」
「レッドバート。お前、北海に帰って男爵家を継いだんじゃ無かったのか!」
ヒンツ恥ずかしそうに・・
「俺もそう思ってたから僻み根性拗れまくって畢いにゃヨーゼフと決闘。それから転落、転落ですよ。俺にも馬への愛が有りゃ馬泥棒に堕ちざらましを」
「そうか・・ブラーク男爵が助言くれたか・・」
「もしかして騎士長には?」
「騎士長じゃない。『おっさん』でいい」
「まさかブラーク男爵、再就職の相談に乗ってくれなかったんですか?」
「いや・・俺の方が意地張って『実家があるから』って断っちまった」
「あんな面倒見のいい方の・・手を振り払っちゃったんですか」
「愚かだったと思ってるよ。俺たちヴェンド系諸族は大公殿下の股肱で在地系より身分が上だぁ・・みたいに思い上がってたからな、昔は」
「おっさん・・って流石に言いづらいな」と、ヒンツ。
「じゃ、ヨーリックと呼び捨てにしろ」
「んじゃ、ヨーリックの父つぁん、俺みたいに決闘で負けた?」
「大当たりだ。実家も左前でな、稼げと言われた。そんなとき、他家に嫁いだ姪の子が相続争いで当主の座を賭けての決闘になってな。俺が代闘者を押し付けられたのさ」
「それで負けたと・・」
「誰も負けるなんて思わなかった。相手の代闘者は従騎士にも成りたてのヒョロい小僧だったんだ。黒髪兄弟の坊ちゃんBくらいの年恰好だった」
・・黒髪兄弟の坊ちゃんって? さっきエステル夫人にすりすりしてた少年?
いや、『坊ちゃんB』って何だ? 謎の多い城だな。
「一杯やります?」と小瓶を持って来るルキーノ青年。気の付く奴だ。
◇ ◇
アグリッパ、下町。
料理屋『川端』亭が臨時休業中。
「こんばんわ」
「やすみです」
「ギルドから来ました。ヨハンネス・ドーさんは?」
「わたしです」
「配置係のブルーノです。さっき裏路地に捨てた廃棄物のことで・・」
「お入り下さい」
使いの者、店内に入る。
「お一人ですか?」
「ご婦人たちは休みました。慌ただしい一日でしたから」
「ですよね。それで廃棄物なんですけれど、犯人のうち三人の親が共謀して雇った厄雑者でしたので警邏局に突出しました。じき、現場検証のお役人が見えると思います」
「ん?」
「見えました?」
「いや、敵な感じです」
ヨハンネス、平然としている。
外が騒がしくなる。怒号と鋭い呼笛。
「襲撃者第二陣が役人と鉢合わせした模様です」
「ばかですねー」とブルーノ、吐息のように呟く。
「明日朝に開廷の可能性があります。ギルドから警備陣が来たらヨハンネスさんもお休み下さい」
「ご配慮、感謝致す」
ちょっと侍言葉に戻る鳥籠卿。
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城、厩舎。
ルッキーノ青年の持ってきた小瓶は結構強いグラッパだった。
「んだけど父つぁん、決闘の代理が負けても命ゃ取られねんだろ?」
「馬ぁ鹿野郎ぉ・・ お前は相手がヨーゼフだったから手加減して貰えたんだよ。身分もそっくり引剥がさんなかったろ? 司法決闘は判事の前でやって棒役も付く安全仕様よ。負けても死ぬのは原告か被告だ。けど本当の騎士の決闘は命懸けだ。城門前で大観衆に見られつつ一対一で闘んのよ」
「それで十六、七のお坊ちゃんにコロっと負けた・・と」
「無条件降伏したら勝った者の自由だ。健闘讃えて我が家臣にと誘う勝者も居れば身代金毟り取る奴も、人権剥奪して追放する奴もいる」
「天国と地獄くらい幅ありますね」
「父つぁんは?」
「アウト」
「その坊ちゃんが無慈悲だったんだ・・」
「いや、ほったらかしてスタスタ帰りやがった。お蔭で姪の子を毛虫より嫌ってる魔女みたいな後妻が勝者の権利を行使しやがった。それで追放されて流民になって此処の先代様に拾われた」
「それで馬丁の父つぁんか」
「波瀾万丈で笑えるだろ。ヒンツ、お前はどうよ」
「ヨーゼフに負けて、騎士身分剥奪の憂さ晴らし娼館で豪遊して無一文。そのまま居残って下足番。底辺暮らしのその果てに、宿屋酒場の下男に化けて『お客さま。お馬を厩舎にお牽きします』と騙して堂々馬泥棒。それが最後に御用になって哀れ縄目の辱め。死刑判決さっと出て身柄はレッド様お預かり。執行猶予中の身の上でござる」
「俺が『しょけー』って言わなきゃ良いだけです」
「波瀾万丈で笑えるぜ。ほれ『しょけー』『しょけー』」
・・俺がいちばん詰まんないか。
◇ ◇
アグリッパの町、夜道。
赤いマントは市警の目印。斧鉾を持っているのが警邏隊で、杖を突いているのが捜査官である。
「刑事告発した者を襲うなんて馬鹿じゃないのか? マークされてるに決まってるだろ。法廷で負けたくて一生懸命なのか?」
「捜査官殿、お言葉ですが、人手不足でそんなにマーク出来てません」
「よしんば襲撃が成功したって、そんな動機丸見えの犯罪があるか。長くこの町に住んでる市民が、それで自分が捕縛されないと如何して思えるか。被告を護る為に犯罪まで犯す人間って、そんな何人もいると思うか?」
「市民の英雄が告発されたら、皆やるんじゃないですか?」
「それは暴動って言うんだ」
「被告の家族を恨んでる者は?」
「直接そっちを襲えよ」
「襲撃犯は自白したんですか?」
「さきの十二人はもう心が折れてて、あっさり吐いた」
「ときに捜査官、被告に面会人が来てたみたいですよ」
「そりゃ会っちゃイカンって法も無い」
「話した事は記録されるからな」
続きは明晩UPします。




