81.陰謀続きで憂鬱だった
ファルコーネ城、城館入り口。
馬を厩舎に回しに来た馬丁の爺さん。顔を見たら・・
「騎士長!」
レッドとヒンツの声がユニゾンする。
「み・・見るな」と顔を背ける老人は紛う事なき昔日のあの人。
「ま・・人生いろいろ有りますよね。それじゃ俺たちは、これで・・」
「これで・・」とヒンツも合わせる。
「なあにヨーリック。レッドバート卿を存じ上げて?」
「へい、ヴェルチェリの奥方様。以前も馬のお世話をさせて頂きまして」
深々とお辞儀する元騎士長。
「どうぞ此方へ」
ルッキーノ執事に促され、一同奥へ進む。
◇ ◇
アグリッパ大聖堂が窓から遠くに見える或る小部屋。
「ホラティウス司祭、私はこれから一体どうしたら・・」
「神に祈りなさい。僧籍を喪っても出来る事でしょう」
「もはや、祈るだけですか・・」
温情で破門に迄為らなかった事を僥倖と思う可きなのに、未だ我欲が捨てられぬ業の深い男が居た。
「出家した時点で妻子の有った者は大勢います。しかし出家は家族の同意が必須。出家者が世俗的には物故者と同じである事は御家族も納得して頂いている筈です。『アタナシオさん』も扶養義務に相当する遺産分与は当然ながらお済ましになって居るでしょう?」
「・・はい」
「人には人の情がございます。『出家したのだから二度と家族に会うな』と戒める宗派も有りますが、それが人として自然とは思いません。家族が困窮したなら手を差し伸べたいと思うのも人情です。しかしながら、遣い切れない程の金品を与えて息子さんを堕落させたのは貴方の罪ですよ」
「・・息子は死罪でしょうか」
「息子さんの共謀者は富裕層子弟ばかり。家族が何か手を打つかも知れません」
男、露骨に安堵の表情。
「・・(まぁ胸くそ悪い顔しやんすねぇ)」と暗がりに座っている小男。
「息子さんが、明日の法廷で貴方の名前を出して仕舞う程には無分別でないことを祈りなさい。二度と人前に出られなくなりますよ」
「そのように説諭するひとを遣わしては頂けぬでしょうか」
「・・(ほぉら、また足掻き始めやがった)」
「貴方が浄財を横領したのを知る者が増えても可いのですか」
「家族への使いを頼んだ事のある助修士が居ります」
「・・(手下は未だ居やがんのけぇ)」
「そうですね・・確かに念を押した方が良いかも知れませんね。貴方が与えて来た金額は、貴方が手を付けた公金よりだいぶ多いのですから」
「うっ・・」
「そのお金を用立てたかた、貴方が唯だ失脚しただけなら、その口まで塞ごうとは思わぬかも知れませんものね」
「・・(渡した工作資金食っちゃってたって知ったら、そりゃ怒りゃすよ)」
「『アタナシオさん』のお返事次第で、身柄を保護してくれる先を見繕います」
「うううっ・・」
◇ ◇
嶺南州西部、ファルコーネ城の広い廊下。
アリシアくらいの少年少女が立ち話をしている。
「あ! エステル姉さまだっ」
服装はお小姓だが妙に親しげな二人組が纏わり付いて来る。
「南部のかたって距離近いんですね」アンヌマリーしみじみ言う。
「このくらいの歳の子たちって可愛いでしょ? マリオくらいの年齢でやられると蹴りたいですが」
「じゃ、僕もいいの?」
・・アリ坊、変な対抗意識だすんじゃない!
「きみ、綺麗な子だね。仲良くしようよ」「しようよ」
・・この黒髪の二人、どっかで見た誰かに似てる気がするんだが・・
フィン少年にもスキンシップ取り始める。お前ら男女どっちでも可いのか! あ・・アリ坊も男の子の格好だな。
少し年下に見える少女ひとり、レヴェランスして宮廷作法に叶った歓迎の言葉を述べる。
あと二人、従騎士目指して修行中・・っぽい服装の少年らは無言で騎士風の礼。折り目正しい感じ。
その年長の方が、ラリサ嬢を不躾でない程度に凝と見つめて、徐に口をひらく。
「華美がお嫌いだと常に慎ましいお召し物・・働き者そうな背の高い女性・・深いサファイア色の瞳・・もしや・・」
少年、跪く。
「初めてご挨拶申し上げます。アシール卿の従者エセルレッドと申します」
「ベーニンゲンのラリサです。よろしくね」
「主人は撃剣の稽古中で・・少々お待ちください」
「婚約者さんと初対面キター!」
この子爵夫人、素で町娘っぽい。
◇ ◇
アグリッパ、下町。
普段なら賑わっている料理店がひっそりと扉を閉じている。
「どうする? 踏み込むか?」
「・・だが、騒ぎが起こっていない」
様子を窺っている傭兵、正確には元傭兵たち、状況判断がつかず困っている。
傭兵の共済組合が退役兵士らの生活支援のため、町の探索者ギルドと提携した。元来は傷痍軍人の再就職斡旋プログラムだったが、今はこの男達の如き頑健な者も探索者ギルドで、兵隊のようで兵隊でない仕事を請け負っている。
「さっき、あの黒服の連中が中を窺っていたとき介入すべきだったんだ」
「様子を見ろと言ったの、お前じゃないか」
「いや・・だから自省を込めて言ってるんだよ。そう。あっちが十二人でこっちも十二人、まともに始まっちまったら市街戦並みの騒動だ。だから被害者の一般人が叫ぶのを待って合法的に行こう、と」
明確な正当性が示せないと水掛け論になって、当局からは両成敗の御沙汰が下り兼ねない。
所謂『叫喚告知』は刑事犯罪の告発だから錦の御旗である。
「だが・・静かだ」
「音もなく制圧されちまってたら・・拙いぞ」
「行こう!」
と・・言った瞬間に料理屋の扉が開く。
大柄な男が、両脇に黒い大きな包みのような荷物を抱えて出て来るのが見える。出てきて、路地裏にぽいと捨てる。
「なんだ?」
男、中に戻って、また荷物をふたつ、路地裏に捨てる。
「あの包み、もしかして人間じゃないか?」
「そ・・それっぽいな」
男、黙々と六往復して屋内に消える。
「あれ。死体じゃないだろうな・・」
「しょうがない。俺らが回収しよう」
◇ ◇
嶺南ファルコーネ城。
「あの従者くん、感じイイ子じゃないの。ラリサのこと『背が高くて働き者そう』だってさ。はっきり『体格よすぎ』って言わない気の使い方、なかなか出来るやつ居ないわよ」
「あなたこそ、毛並みピカいち領地持ちで高級官僚のハンサムを痴漢扱いって態度なかなか出来る女いないわよ」
・・こいつ、全力でマリオさんと結合てやろうかしら。
「本気で自分の戸籍なんとかしなきゃ駄目なんだからね」
「そおだわ・・。あの仁義なき暴走色情女、自分の重婚を誤魔化すために実の娘を未婚の子に偽造する気まんまんだわ。対策練らないと。ラリサ助けて!」
「なら雌ゴリラいうなや」
「そこまで言うたらん」
◇ ◇
アグリッパ、探索者ギルド。
「襲撃者十二人、いちおう生きてます」
「そいつらも抜剣してて素手で殴り倒されたのかね」
渋い初老の紳士、執務机で頬杖を突いている。
「全員とも鞘が空でした。目の辺りを一発づつ殴られてます」
「一発殴られて、延々おねんねか」
「そのまま死にはしないと思いますが」
「叩き起こして締め上げろ。こちとら警察じゃあないから非合法な拷問で構わん。軍隊時代にやった飛び切りキツいので饗応してやれ」
「面白いネタが仕込めるぞ」
金庫長北叟笑む。
◇ ◇
ファルコーネ城。
やたら部屋数が多い。
各人みなが個室に通されるが固辞して、適当な組合せで相部屋にさせて貰った。最近ラリサとアンヌマリーが仲良い・・のかな?
「さっきの馬丁の爺さん、なんとあれが騎士団時代の上司さんだったのかい。人生わかんねぇもんだなぁ」
ブリン肘掛け椅子に太鼓腹抱いて反っくり返る。
「レッドさん、こっそり会いに行くだろ?」と、ヒンツ。
「ざまぁ見ろって、言う?」
「言わないよ・・って、アリ坊なんで野郎部屋に居る!」
続きは明晩UPします。




