80.尾羽うち枯らしてて憂鬱だった
嶺南州西部。
これまでの単調な田園風景と違い、低丘陵や森が目につく。
それでも小高い場所からは、延々と続く耕地が見渡せる。
「いやぁ、南部って広いですねぇ。狭い所領の地境い幾町歩とか争って喧嘩してる郷里の連中がばかに思えますよ」
・・アリシアんとこの郎党を移民に受け入れて呉れるって話、ほんと現実味あるじゃないか。
今は既う半信半疑でないレッド。
「そうですね・・。この辺での流血沙汰と言ったら、モノの取り合いじゃないの。ヒトの確執ですのよ」
・・そう言うエステル夫人、其処は斯となく物憂い風情。
確執か。一人と仲良くなったら一族郎党こんなに良くして下さる様なお土地柄。逆の場合もさぞ凄かろう。
「ご覧ください。金毛靡く羊皮宛如の沃野でも、人々の手入れが絶えると瞬く間に元の荒れ地に森に戻ります」
「戻った?」
「昔は嶺南も数多の土豪が割拠する地でしたが二強が全て呑併し、その二伯爵家も先日ひとつに成りました。わたくしの実家もまた其の最後まで残った独立系氏族の一つでしたが、急速にガルデリ伯爵家の血筋へと同化しつつ有ります」
・・やっぱり『魔王の復活』というのは、もと異教徒だったガルデリ家の擡頭を喩えて言った丈なんだろうなあ。ガルデリ家はエルテスの大司教様に従ってるから大丈夫だってのがアグリッパ大司教座のスタンスな訳だ。
これは決まりだな。
「この西部地方は、かつて第三の大勢力の牙城だった地域で、半世紀前に徹底的な虐殺を受けて滅びました。だから以降の入植者でも数が間に合わないで、せっかく土質も水利も良いのに荒れ地や森が多く残っているのです」
・・魔王、大丈夫か?
◇ ◇
アグリッパの大聖堂。
冒険者ふうの男、すれ違った助祭に丁寧に一礼する。
助祭、嬉しそうだ。冒険者で信心深い者は少ないからである。
逆に、教会を追われた破戒僧など結構な数が冒険者に成っているくらいだ。
なんで『冒険者ふう』なのかと言うと、衛兵とかは鎖帷子の上に陣羽織を着るが鎖帷子の下にはキルティングにクッション材を詰めたジャックを着ける。鎖帷子が突刺や打撃に弱いからである。これは着て暖かいので一般人にも大いに普及した。
冒険者には、それを単独で武装っぽく着る者が多い。平服っぽいが、何処となく武装っぽくもある。冒険者が皆そんな服ではないが、そんな着方は冒険者しかしない。これが『冒険者ふう』だ。
そんな『冒険者ふう』の男、懺悔室に入る。
「懺悔しやす。私は人殺しでやんす。それは本題じゃないっすけど」
「そうやって笑わせてくれると嬉しいくらい気が滅入っていますよ」
「本題っすが、穏便に行こうと思った矢先、大事になりゃした。アタナシオ司祭の隠し子が予想を超えた馬鹿息子で、馬鹿息子連中の悪友とつるんで若い女性を拉致監禁・・やっちゃいやした」
「重犯罪か! 醜聞が流れるくらいで済むと思ったら、甘かったですね」
「親ばか司祭が知って揉み消しに動く前に、切らないとね」
「分不相応な大金を与えるから堕落するのです」
「いや、本人の所為っすよ。大金持ちの息子に生まれたあなたさま、堕落してないでやんしょ?」
「いや、堕落しておりますよ。あの男が教会の名誉をこれ以上穢す前に闇に葬って終おうなんて考えたのですから」
「思うだけなら堕落前。人は努力してるからこそ迷うんでやんす」
「いつまで迷っても居られません。揉み消しに動かれる前に潰します。膿を出して仕舞いましょう」
「そうそう。此処ぁ正攻法が一番だ。 ・・って裏稼業の者が言う台詞じゃないねハハ暢気だね」
聖職者、殺し屋に懺悔を聞いて貰うの図。
◇ ◇
嶺南州西部をエステル夫人の先導で行く。
大きな城が見えて来る。教会のある丘の南を抜けて城門へと向かう。
「なんとまぁ、大きな城ですね」と、レッドの口がぽかんと開く。
「王侯貴族並みだな、こりゃ」
「先程も触れましたが、当地は今はなき大勢力の牙城。牙城が、あれです」
「滅ぼされた旧勢力の城を、功臣のどなたかが賜った訳ですか」
「男爵家の家臣数では城のスペースを持て余してるくらいだから、冒険者ギルドの施設も大きいですよ」
昔の練兵場と兵舎、旧司令部の建物。みんな大改造を施してギルドに貸与されているのだそうだ。
「ちょっと立派過ぎません?」
「過ぎるね」
「立派で結構じゃねぇか。冒険者にゃハッタリが大事だせ」
「とりあえず是の城で一泊して、明日朝にロンバルディ領へ入りましょう」
「近いのですか?」
「此処の西、割りと直ぐです。ゾンネンシュテルンの方が近いですが」
正門の方に着く。
「わたくしの診療所は本館に有るんです。一般の人も入り易いギルドの建物の方に移ろうと準備している所なんですが」
奥から若者が息急切って現れる。
「エステル様! 御来臨はてっきり明後日だと・・」
「ごめんルキーノくん、連絡も入れずに大人数で来ちゃったわ」
「いいえ、大丈夫です。直ぐソロティニからヘルプを呼べますから」
「ソロティニ?」と、レッド聞き返す。
「御城代の居城が直ぐ隣りに有るんです。『城代家老の居城』って少し変ですけど未だ正式に御子息に譲ってないので」
・・急な組織改変があって、いろいろ暫定措置が残っているようだ。
「エステルさま、女主人みたいだ」
「あ、こらアリ坊! 失礼だぞ」
「いいえ本当だもの。わたくし、城主のイトコで気安い仲なの。診療所も開いてて四六時中居付いてて我が物顔よ。ね、ルキーノくん? あ。彼、次席執事さん」
「腕利きの医術者様が週の半分近くも居て下さるんです。皆が喜んでますよ」
「エステルさま、ほんとに御夫君と仲良し?」
「あ、こらアリ坊!」
◇ ◇
アグリッパ探索者ギルド、某幹部の執務室。
初老の紳士が報告を待っている。
「流石にそう直ぐは動かないか・・」
・・と、ノック。
地味な服装の男が入室。
「動きました。明朝、参審人の緊急召集です」
「それだけか?」
「目下の情報は、これだけ」
男、退室する。
「現行犯として即断して了わないと、バカ親どもが既う変な工作を始めるのは目に見えている。有司どう動くか・・」
ぶつぶつ呟く。
・・打合せなら今夜呼ぶ。明日の朝という事は・・ぶっつけ臨時開廷か?
机の上に、長い褌を穿いた鉛製の蛮族人形が幾つもある。背丈五寸ほどで、一人ひとり違う姿勢で立っている。
「わしは・・なんでこんなもの買ったんだっけなぁ?」
並べる。
「馬鹿息子が六人・・馬鹿息子が七人・・」
十指で弾いて一気に全部倒す。
「馬鹿は七人、もう牢内。罪状が罪状だから保釈は無い、今頃ばか親が走り回って何か為ておるだろう。彼らに出来る事は?」
人形ひとつ起き上がらす。
「証人の切り崩し・・」
人形ふたつ起き上がらす。
「決闘人さがし・・」
人形みっつ起き上がらす。
「訴人潰し・・」
「おい! ブルーノ!」
「お呼びですか金庫長」と如何にも事務職らしい男。
「今朝一番に引受けた緊急依頼の『拉致被害者奪還』案件、退役傭兵ヨハンネス・ドーが出動して居るな? 彼の現在位置は分かるか?」
「少々お待ちを」
ブルーノ台帳を手に、戻って来る。
「ええっと、依頼者自宅で警護続行中です」
「バックアップに、ひと分隊派遣しろ。依頼者自宅付近で密かに待機してワッチ」
「直ちに!」
◇ ◇
ファルコーネ城、城館前。
次席執事のルッキーノ青年、改めて皆に最敬礼。
「よく御来下さいました。御乗馬は厩舎へ回させますので、其の侭奥へどうぞ」
馬丁やって来て、レッドと眼が合う。
「あ」
ヒンツとも目が合う。
「あ」
「騎士長、なんて姿に!」
続きは明晩UPします。




