78.ミッション達成計画するも憂鬱だった
エリツェの町、例の御屋敷の小部屋。
なにか陰謀が囁かれていた気もするが、少なくとも今は他愛のない恋バナ。
「まぁ・・じゃ、アキレスくんとは未だ会ったことが無いの!」
「幸運にも、従兄に当たられますバッテンベルク伯爵様と御父上グロッス男爵様のお眼鏡に叶いまして、男爵様のお屋敷に住まわせて頂いております」
「あらあら、それじゃ婚約者さんではなくて、もう若奥様ね」
多くの場合、婚約とは氏族と氏族との取決め事項であるから、遠征から帰ったら既に嫁が居たなんて事態は珍しいものでも無い。気の早い親の所為で起こった重婚事件の調停訴訟とか、ときに町の井戸端を賑わす。
「もしや嶺南に来たのは?」
「新しい冒険者ギルドが発足したと伺いまして・・」
「やっぱり! ファルコーネ城に来たのね」
「待ちきれなくなっちゃったんだ!」
「えへへ」
エステル医師はラリサ嬢の二つ三つ上。あとの二人、おばあちゃんである。然し斯ういう話題になると、皆な娘さん時代に戻るのだろうか。
話題のアキレスくんことアシール卿、そちらのお城に逗留中らしい。
「明日にもレッドバート卿をロンバルディ領にご案内するから、ファルコーネ城に寄って行きましょう」
・・先ほどは曖昧な笑顔で誤魔化したが、新設の冒険者ギルドがファルコーネ城外郭にあることは、後でファッロさんから聞いた。もと兵舎だった建物を改装したらしい。だから宿舎はふんだんにある筈だ。
アシール卿は城の本館に居るらしく、特別扱いなのだろう。御前試合の優勝特典かも知れないが。
ラリサ・ブロッホ、態々こっそり隣の別室へ内緒話に誘われた割には本題の話が少なかったなぁと思いつつ、大広間に帰る。
「痴漢お兄さんの名誉回復ミッションがスタート・・といった所かな」
独りごちる。
◇ ◇
ランベール城、と或る小部屋。
間違いなく、先程なにかの陰謀が漏出していた。
「しかし・・あんたも抜け目のない奴だと思ったら、随分と簡単にぺらぺら秘密を漏らすんだな」
「アンリが口外しなきゃ大丈夫」
「また『喋ったら殺す』って言うんだろ? でもそれって、殺すのは喋った後の事なんだから、秘密も既う漏れた後だ。大丈夫じゃない。論理的におかしいぞ」
「ふふふ。実はこれ『二人で秘密を共有してる』っていう親密の情の盛り上げ演出なんだよ」
「・・あんた、酔ってるだろ。その酒、見せてみろ。 ・・わっ、強い」
先刻地下の酒蔵で発掘して来た年代物の蜂蜜酒の瓶、半分空いている。
「俺にも寄越せ」
二人して交互に喇叭で飲む。
◇ ◇
エリツェは某御屋敷の大広間。
ぐるぐる巻きになっているマリウス・フォン・トルンケンブルク、ライ麦パンを咥えて難儀している。後ろ手で縛られている為に手の自由が利かないのだ。
「助けてあげる」
ラリサ、パンの端を摘む。
マリウス、首を捻ってパンを噛み切る。
嚥下してから徐に謝辞を述べる。
「助かった」
「いや、夕食寸前に捕縛されたもんで空腹で辛かった。さっき食べ物を呉れた子も優しい娘だったな」
「あれは人妻です」
「そうか。旦那さんは幸せ者だな」
「因みに、わたしには婚約者がいます」
「そうか。婚約者さんは果報者だな」
見境い無い男では無さそうだ。
「お優しい而已ならず貴女は護身術の域を超えた戦闘力をお持ちだ。武人の奥方に相応しかろう」
「覚えて御在でしたか」
「アシール卿が優勝の副賞を指輪に仕立てて許婚者殿に送ると仰っていたが、瞳の色と合わせたのだな」
「如何して其れを?」
「嶺東北部のアクセントが同じで被行たので、多分貴女の事かなと思った」
「彼をご存知ですの?」
「いや、御前試合の優勝者スピーチで聞いた」
「副賞をご覧に?」
「いや、主催者の口からサファイアと聞いた」
・・如何しましょう。彼、わたしの瞳の色までご存知なのだわ。
時めいて仕舞うラリサ・ブロッホ。一瞬ちょっと意識がそっちへ逸れたが、気を引き締めて観察に戻る。
・・まぁ少なくとも、何時までも『痴漢お兄さん』と呼ぶ相手じゃないわね。
「『助けてあげる』なんて言うから縄目を解くのかと思っちゃったわ」
背後からワリー様のお声が掛かる。
「でも伯母上、少しだけ緩めて頂けると有り難いです」
「彼女がきっと『被害者』さんの口から恩赦嘆願を引き出して呉れるから、今少し我慢しなさい」
期待されちゃったので、アンヌマリーに助言しに行く。
「ミッション 1 スタート!」
◇ ◇
あっさり夜の明けたランベール城。例の地下牢。
昨夜遅くに届いた城内探索チーム名簿はアンリが唸りながら審査して、結局全員合格を出した。
五人ひとチームを四組。冒険者側でも厳選したようだ。
ほかの連中は湖跡で泥と格闘を始めているだろう。
「ご覧のとおりだ。この隠し扉の下の通路は、半ば水没している。調査の難易度は相当に高かろう。加えて、財宝の隠し場所というより、単に城外への抜け穴である可能性が高い・・と、我々は思う。挑むか否かは任意とするので全チームへ公平に情報開示した」
家老アンリ・ジョンデテ、相変わらずの渋い面で言う。
「運を試すから俺らは冒険者なのさ」
言って、にやりと笑う奴がいる。
いろんな解釈があるもんだ、と思うクラリーチェ。
◇ ◇
エリツェの例の御屋敷、朝食の場。
「本日は、エステル医師と南へ向かいます。お世話になりました」
「再た何時でも御世話されに来てね。待っていますよ。それからエステルちゃんはセルセス君に宜しくね」
「・・(セルセスさんって誰?)」と、レッド小声で。
「エステルの夫はクセルクセスでござりまする」と、ヴィレルミ師も小声で。
「あら、わたくし初婚ですわよ」
聞こえていた。
「それにレッドさん、セルセスは渾名ではなく、わたくしの夫の諱ですわよ」
「ははは」
・・どうも南部と言う所は、聖典なり古典なりの御存じモノを、モノの例えやら話のマクラなんかに多用する人が多いように感じる。注意して必死に聞いてないと話が見えなくなって危ないな。
『南部人の婉曲表現には要注意』
レッド、ブラーク男爵から教わった注意事項に一条書き加える。
◇ ◇
レッド一行、エステル夫人の軽馬車に先導されてエリツェの南門を出る。
門の前でファッロ夫妻、いつまでも手を振っている。
ミッション1をコンプリートしたラリサ嬢、大奥様にお願いして鞍を片乗り用に交換して貰った。『まぁ、婚約者さんの前で楚々と振る舞いたいのねー』とか散々冷やかされた。
「いやまぁ、それは良いんです」
つい、独り言を言ってしまう。
「頭を切り替えようという意思の現われですよ」
そして、独り言を言ってしまった自分に言い訳する。
・・所在なく馬に揺られているうちに、マリウスさんの印象を整理して置こう。
「黒猫さんから聞いた人物評は、災厄級の色魔。初対面の印象では、尋常ならざる強者。エステル医師の話からの印象は、やんちゃ小僧。大広間で縛られて悄気てるときは・・結構まとも」
まとまらない。
「ローラちゃんや、わたしに対しては・・」
・・別に、好色さ剥き出しになる素振りは無かった。
「あれ? 単にタイプじゃ無かっただけ?」
◇ ◇
レッド、エステル夫人の馬車と並走する。
無蓋の軽馬車なので、声を張り上げないでも会話が出来る。
「この先、当家の領地ですが、城に寄っていると陽のあるうちにファルコーネ城に着けませんので直行致しますわ。本当は我が家にお招きして皆様を御款待し為たい所ですけれど」
「いやもうお世話になりどおしですから」
「うふふ。実は、本音は夫と初婚同士で仲睦まじいところ、ご覧に入れたかったのですよ」
・・あ。経典に出てくる聖女エステルって、クセルクセス王の後妻だったよな。
それ、南部人って気にする所なのか・・
一同、南へ。
続きは明晩UPします。




