77.陰謀あって憂鬱だった
夜更けのランベール城。
アンリ・ジョンデテが如何にも『胡散臭い』と言いたげな顔をしている。
「お前・・秘密だ秘密だと言いながら勝手に喋って『口外したら殺す』って言うんだろう」
「うん」
「こっちが聞いてもいない事を勝手に喋っといて、不条理じゃないか」
「秘密に囲まれて暮らしてると、時々無性に喋りたくなるんだよ」
今は男の子口調で話すクラリーチェ嬢、千変万化である。
「河原に壺でも埋めて、そん中に叫べ」
「じゃ、アンリが壺ね」
「勝手な奴だ」
「南のグウェルディナ国というのは終始政変が起こって国家が長続きしない国で国名もころころ変わる。だから旧帝国の州の名前でグウェルディナと呼んでるけどグウェルディナという国じゃないんだ」
「ややこしいな」
「或るときその或る政府が倒れて、残党が窃り密入国してきたのさ。再起のための軍資金として莫大な財宝を持ってね。もちろん彼方の国民の血税だけどね。それを嶺南州の山中に隠した。その後、彼らの行方は誰も知らない」
「それ、怪談だろう?」
「でも、宝は見つかった」
「宝・・見つかったのか!」
「うん、嶺南侯さまが持ってる」
「南から、なんか言って来ないのか?」
「是れは彼方の国の人から直に聞いた話だけれど、彼方の国じゃ寝付かない子供に『寝ないとガルデッリ谷から人喰い鬼が来る』って言って脅かすんだって」
「なんとなく解ったよ。お前ら、喧嘩を売らせようと待ち構えてんだろ」
「わたくしたち、そんな悪者ではありませんわ」
「でも世間で『餓狼より残忍で悪魔魚より貪婪』って言われてないか?」
「法的に言えば、鋤の歯の届く深さの地中に在る物は耕地使用権者の物。それより深くに埋まって居る物は領主の物です。正当にいただきですわ。何か言ってきたら『正統な所有者である証拠はお有りか?』と聞くべし。これが伯爵府の公式見解」
「んだから、怒らせて喧嘩を売らせようと為てる訳だ。買う前提でさ。それくらい解る」
「お解りですか」
「ああ。詰まり銭勘定の得意な人喰い鬼ってわけだ」
「ひどぉいわ。それじゃ、もうひとつ種明かしをします」
「だから壺に叫べよ」
「数年で政権交代する国グウェルディナ。そこに政権の正統性を象徴するレガリア『伝国の玉璽』が在りました」
「在りました・・って、今は無いのか」
「はい」
「詰まり、持ってんのか・・」
「はい。伯爵がお持ちです」
「成る程。詰まり、やる気まんまんで手薬煉挽いてるって訳だ」
◇ ◇
エリツェプル。ご存知、と或る御屋敷。
「しっかし・・婚姻届が破棄されちまった程度で市民権が危くなりますかね」
ヒンツ怪訝な顔。
「殿方の場合には、剣なり甲冑なりに出身を示す紋所が入って、日頃より人目に触れまする。ご婦人方にも指輪やら肌身離さぬ装身具にさような物が有れば、いざ訴訟というとき心強うござりまする」
「訴訟になんなきゃ良いわけか」
「世の中、訴訟狂時代ですからねえ」
カルヴァリ師、諦めたような笑い顔。
「公文書を作成できる僧侶が役所の実務に妄りに関与するから、其処に妙な利権が生ずるので御座る。利権が生じまするから誘惑が生じ、堕落した僧が跋扈するので御座る」
ギルベール師憤慨。
「だいぶ昔でござりまするが、酷い事件がござりました。なさぬ仲の母子が激越なまま子いじめを引き起こし、なんと母親が『我が子で無い』という怪文書を八方に撒いたのでござりまする」
「そりゃ酷ぇな」
「非道な母親にも同情の余地はござりました。実姉が彼女の夫と不倫して、産んだ子供を実子として育てるよう妹に押し付けたのでござりまする。身分の高い姉には逆らえず、妹の怒りの矛先は罪なき子供に向けられました」
「淫乱傲慢ねーちゃんが元凶じゃないか!」
「きみの憤慨、わかります。ひとの悪意や身勝手さが、巡りに巡って不幸の連鎖を生むんですよ。そうやって『呪い』が発動し、人々の間を彷徨き回るんです」
「その娘さん、どうなったの?」
「怪文書が撒き散らされ多くの人目に触れて了ったので、物証なくば彼女の出身を特定出来ない状況になりました。母親に親子関係を否認されたので、身元不明者でござりまする。婚姻証書の発行は暗礁に乗り上げ、うら若い女性を生涯日蔭の身とさせて仕舞ったのでござりまする」
「ひっでえ」
「実の母親は見て見ぬ振り?」
「もともと我が子を厄介払いしてる親だもんなぁ」
「カルヴァリ師は『呪い』を悪意ある起動者の手を離れた意思無き構築物のようにお考えだが、拙僧は人の心に湧いた暗い情念が『呪い』の本体と考えまする」
「ですが師、サラがイシュメルに・・」
坊さんの話が難しくなって来たので周囲ちらほら離脱する。
「ラリサはどう思うの?」
「深刻な火種よ。今は誰もまだ深く考えてないけれど、将来アンヌマリーにも身元確定訴訟が必要になったら修羅場になるわ」
「今日けっこう修羅場だったじゃん」
「あんなもんじゃ済まないわよ。もう弟が生まれてるのだから、新しい方の婚姻が無効になったら大騒ぎよ。親子じゃなくて家の問題だもの」
「彼女、どうすりゃ良い?」
「思うに・・イカサマに対して正面から受けて立ったら駄目なのよ。イカサマにはイカサマで対抗するの」
「それって・・もしかして?」
◇ ◇
ランベール城の良からぬ男女。
「詰まり、此っ地は領内の不満分子ごっそりお持ち帰り頂けて嬉しかろうと?」
「で、此っ地は余ってる土地を開拓してくれて税金払ってくれて、それで有事には『槍働き次第で、君らのお姫様に爵位を上げちゃおうじゃないか』って一言囁くと戦力も期待できる人々に、太っ腹にも入植認可状を差し上げよう、と」
「ふん、まさに銭勘定の得意な人喰い鬼・・か」
「ひっどーい! 宝探しに協力してあげて、見つかんなきゃ借金肩代わりまでして上げようって言ってる天下無双の美女に対してぇ」
「らしくない声を出すな。その『借金肩代わり』って言うのも、債務引受しといて踏み倒す腹だろ」
「あなた達ならばガッツリ取り立てられちゃう借金でも、うちらが債務引受すれば大丈夫。だって、貸した金より命が大事でしょ誰だって」
「小心そうな庶民に金貸したと思ってたら、図体でっかい人喰い鬼が或る日やって来て『取って食もう。金? 返して欲しいか?』って言うわけだ。そりゃ金貸しも魂消るな」
「もう・・人喰い鬼って何度も言い過ぎですわ」
「あんたが先に使った言葉だろ」
◇ ◇
エリツェの町、ご存知の御屋敷の小部屋。
ラリサ・ブロッホが潜と呼び出されている。
「あの子・・亡き夫のたった一人の弟・・の次男坊なんですの」
「うちの娘婿の弟なのよ・・」
「わたくしの父の従兄の奥様が修道院時代に・・」
「あ、それ・・済みません。もう分からないです」
「せっかく参審人に選任されて領地を賜り分家も立ち上げて、前途洋洋な筈なのにお嫁さんの来てくれる未来が皆目見えて来ないの」
ヨヨヨっと泣く。
「大奥様、それ先刻アンヌマリーが演った小芝居ですわね」
「そんな観察力の鋭い貴女に、お願いが有るのよ」
・・キタキタ
「あの子の良いところ・・まぁ、とても少ないでしょうけど、然りげなぁぁぁっくアンヌマリーさんに伝えて上げて欲しいのよ」
「実は既に開始しておりますわ。ひとかたならぬ武芸の腕前とか・・」
「でも準決勝敗退なんですよね・・」
エステル様がいちばん辛口っぽい。
「貴女の婚約者さんとは当たって無いんですけれどね。当たってても負けでしょうけれど」
ワリー様も辛口だった。
「え? わたしの婚約者?」
「ほら、アキレスくん」
「アキ・・レス?」
「だから北部風の綴りだとアシール卿」
話題が変わってしまう。
続きは明晩UPします。




