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7.当然だが追われる側は憂鬱だった

 ホーエンブリックの町を出た川船の上。

 甲板に置かれた樽から頭を出すアリシア嬢。

 それはもう奇妙な絵面ゆえ、乗船客が注目している。

マズいな」


「彼女、初日に木箱から出てきたとこも見られてますし・・。逃亡者ってバレバレですよねぇ」

 旅客諸氏、アグリッパの町からずっと一緒の人々が大半である。皆さんもう結構『お察し』状態だろう。


「うっふっふ。美少年ふたり侍らせた変態おっさん大注目集めてますね」

「お前、少しは緊張感を持てよ」

「ぶぅぅ! 一族枕並べておっ死んで、母上も姉妹もぐっちょんぐっちょん陵辱の限りを尽くされてる中、単身で包囲を掻い潜り落ち延びてきた超絶ヒロイニック・ヒロインですよ。頼りになる同行者が出来て、緊張の糸がぷっつん切れるのは是れ自然も自然じゃ無いですかぁ」


「いや、お前さん絶対に前からういう性格だ」

「やだなあ、これ逃亡者ハイですよ。ホントは楚々とした令嬢です」

「変な造語つくんなよ」


 ・・いや此奴こいつって頭ぶっ飛んでるように見せつつも『頼りになる同行者』だとか持ち上げて来る辺り、結構したたかに計算してるよな。


 アリシア嬢、樽の中で立ち上がって縁に腰掛ける。

「だぁから緊張感持てよ。お前は樽詰め少女だったから知らん事だが、俺ら敵側の討手組とニアミスして寿命縮んでんだからな。俺とか百人ほど束になっても敵わんレベルのが来てんだぞ」

「ん? じゃあ埠頭で俺がチビりそうになった殺気って、ソレか!」と、ブリンが何か合点する。


「探索者ギルドと提携してる傭兵の組合さんぢかってのは、元は戦死した戦友の遺族に金を届ける福祉団体だったんだ。それが傷痍軍人の再就職斡旋事業を始めて、今じゃあ組織に馴染めない猛獣どもの面倒も見てる。あいつは多分、フリーランスになった一流どころだな」

 元々が、自由な槍騎兵フリーランサーというのは組織に属さずに個人として戦場で槍働きをする武人の事。ガチの戦闘屋を雇いたければ冒険者ギルドではなく探索者ギルドを客は選ぶだろう。


「探索者ギルドって、冒険者ギルドと仲悪いの?」

「悪かぁ無いが良くも無いさ。お客同士で仲が悪いとき、それぞれ雇った者が実ぁ仲良しこよしで裏でニギニギしてたら、そりゃ気分悪いだろ?」

「んー・・喧嘩になったら彼方あっちが強いのは解った」

 ・・半端に理解しているようだ」



「そういうレベルの御話じゃないんだよ。抑々そもそもが発端から考えてみろ。お貴族さま両家が存亡を賭けて喧嘩したんだ。で、嬢ちゃんは負けた」

「負けちゃったね」

「でも多分、勝った方にも余裕が無い。有象無象まで動員して生残りの嬢ちゃんを追った。だがコケた。それで、アグリッパの町で一流どころを雇ったが、恐らく御予算の関係で雇った人数が少ない。しかしたら、追っ手はあの二人だけかも知れないぞ。・・ってか、そう望みたい」

「ということは?」

「いや楽観も不可いかんが、兎に角あいつらをけば喉元過ぎる・・ってことよ」


「あー、地元民としてひとこと言って良い?」と、荷物持ちブリン。

「アグリッパから船で南に旅すると、日のあるうちにシュトラウゼンまで行けるかが微妙だから、みんなホーエンブリックみたいな超々つまんない郊外バーブ宿場で一泊する。でも、ホーエンブリックで一泊した人ってば、急いでるんならシュトラウゼンには泊まらないと思わん?」

「それってアレか? 此方こっちが普通にずうっと定期便の船に乗ってりゃ彼方あっちが勝手に深読みして行き過ぎてくれるかも〜って話か?」


「ほら、強敵と戦ってきた人って、チョロい仕事だと敵を過剰評価してチャンスをのがしてたりとか、そういう失敗ポカせんかね?」

「樽詰め、やだし」

「済まんな。お前さん男装して逃げてるのはバレてるし、今更フリフリドレスのお嬢さん扮装しても駄目だ。樽しか思いつかん」

「ぶつくさ」

「いやぁ、良いねえ、良いねえ! 冒険っぽく成って来たよ」と、中年男ブリンが独りで嬉々としている。

なんせ、冒険者あばんちゅりえとは名ばかりの、バイトのおっさん暮らしだったからなぁ。俺ゃあ嬉しいぜ」


 憤懣やるかたなき本人の意向を他所よそに、シュトラウゼンで一泊して追っ手をり過ごす計画が進む。因みに彼女は樽詰め決定である。


                ◇ ◇

 ホーエンブリックの港を出立する追っ手二人。


「馬車屋にも当ったが、陸路で近道を行った形跡は無し。アグリッパの大司教座を素通りして先を急いだという事は、矢張り朝一番にって、昨夜はシュトラウゼン泊りだったのだろうか」

「どうせ蝨潰しに行くような人手も無いんだからね。標的が南部教会に駆け込むと決め打ちして先を急ぐのがいいと思うわ。敢えて拙速に事を運びましょう」

「漏斗の口で勝負するか」

 気心の知れた二人組なので。これで話が通じているようだ。


                ◇ ◇

 アグリッパの町のやや北方、ヘスラー伯の居城。

 こういう時にはボーフォルスの姓を名宣なのるアンリ・ジョンデテ、御詫びの金品を捧げ持って城主の前に平伏している。


此度こたびは当家の手の者が粗相を致し、釈明の余地もござりませぬ」

おもてを上げられよ。血気にはやった者共は、既に報いを十分受けたと存ずる。生存者一名は当城下の治安を乱したる罪を許して釈放するゆへに、連れて帰られよ。死者の納棺は当方が済ませた。礼拝堂に安置してあるので、引き取られよ」

「ご厚情痛み入りまする」

ほ、彼等を討ったは当家の武官に非ず。駅馬車の運営会社フェルゴ商会の者である。だが彼等に意趣返しなどは夢ゆめ考えぬように。万がいつにも左様な事あらば当家も捨て置かぬ」

「肝に銘じまする」

 釘を刺される。

 冒険者ギルドも早々さっさと手を打った模様。


 ったとはいへどもランベール家との死闘で疲弊したボーフォルス男爵家である。ヘスラー伯と事を構える事態などは御免被りたい。アンリ・ジョンデテの脳内では探索者ギルドに提示した宝探しチームへの支度金に加え棺の運搬にチャーターする馬車の経費やバイトの賃金などの数値が激しく回転し、消魂けたたましい金貨の音になって鳴り響いていた。


「胃が痛い」

 そんな彼、ひとつ嫌な予感がするが具体的なイメージを結ばないのだった。


                ◇ ◇

 レーゲン川を遡る定期船の上。


「シュトラウゼンってのは近いのか?」

「ああ。午前中には入港するよ」と地元在住の荷物持ちブリン。

 荷物持ちとは言っても背負子でアリシアの詰まった樽を運んだだけなので、今は荷物を持っていない。あたかも隣り村に荷を届けるが如きの軽装でふらり乗船したので追っ手の二人、ブリンの何に気なさに全然すっかり欺かれて仕舞った。

 練達の追跡者をたばかった此の男、如何どうして仲々の玉である。


「全く、いい度胸してるぜ」

「度胸ってよりか、達観かねぇ。ま、これでも頭から盾被って戦場を逃げ回った元敗残兵だからね。あのときに埠頭でゾクリと冷や汗が出た感じとか、ちょいとばかし懐かしさも有ったくらいさ」

「なるほど、戦中世代は肝が据わってるな」


「兄さんは戦争に取られてないのかい?」

「幸か不幸か未だガキだったからな。輜重隊の手伝い小僧止まりさ。それでも後方撹乱の奇襲喰らって死んじゃった運の悪い同期も居たっけな」

「俺ら籠城してる時にも、城壁の上で弓構えてる兵士んとこまで矢や投弾を配りに行く役目のガキたちいんふぁんと、結構あいつらも敵の矢玉にアタって死んじまってたっけ。実に殺伐とした時代だったなぁ」

「今は悉皆すっかり平和な時代になって誠に結構なことさ。仕事が無くなって路頭に迷った兵隊以外にとってはな」


「俺ゃあ下っ端の兵隊だったから、城が陥ちて落武者やって、捕まって吊るされる訳でもなきゃ召し抱えられる訳でもなく、普通に牢人してバイト暮らしさ」

「落城経験者か」

「だから、嬢ちゃんの境遇には少し思うとこ有ってな。有って樽など担ぎ致す」


「それじゃ、命の危険がない範囲で、ひとつ力貸してくれ」

「おうさ」

 と、笑い合う中年男同士。

 シュトラウゼンの港が見えて来る。



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