76.担がれる神輿も憂鬱だった
ランベール城、地下。
とても立っては歩けないほど天井の低い地下牢。
三人、蹲んだままの苦しい姿勢で歩いている。
左手に松明、右手に酒瓶。酒蔵でつい欲張ってしまったのが敗因だ。
勿論、最も苦しいのはミシェル。なにせ踝まである長いタイト目のスカートだ。暗い地下室なので、つい膝まで捲り上げてしまった。
・・それを先を歩いていたクラリスさん、振り返って凝視している。まぁ流石に暗いから奥までは見えないが。
と、思ったら、松明で照らし始めた。
「そこ・・」
「ここ?」
「いや、足元のその鎖・・」
壁は石だが床は恰も土牢の様である。半分土に埋もれているが、確かに鎖らしき物がある。
「アンリ、これを見て!」
「・・それは・・」
アンリも凝視する。
「・・うちの弟専用だ」
「見るだけなら良いでしょう。減る物じゃなし」
「ど、どこ見てるんですぅ」
「もちろん冗談だ。引っ張ってみるか」
「引っ張らないで下さい」
「鎖のことだが? どーれ・・」
アンリ、穿り出して引く。鎖の先は取っ手の如き物があった。
「立てないのが姿勢的に苦しいな」
小さな四角い石蓋が出てくる。開いて見る。
「駄目だ。水が溜まっている」
「冒険者チームに調査を頼みましょう。ほろ酔い三人組の手に余りますわ」
三人、地上階に戻る。
「まぁ・・過度の期待は止めて置こう。あれは脱出用の抜け穴ではないかと思う。誰か閉じ込めた形跡もないし・・『落城したとき、要人が敵の手で最悪の地下牢に閉じ込められる事態を想定して、まんまと脱出して舌を出す』とかじゃないか?」
「そこまで深読みして抜け穴を作る人がいたら、変態だと思いますわ」
「俺たちの仲間だな」
◇ ◇
エリツェの町、例の御屋敷。
「アンヌマリーさん、あなたが戸籍の面で問題を抱えてらっしゃるなら、力になりますわよ」
大奥様、優しく微笑む。
困っているのは事実である。この際だから力を借りてしまうのも手だとは思うが変態さんの嫁にされそうで不安・・という所だろう。
「え・ええ。まぁ性悪女の単なる嫌味という可能性もありますが・・本当に困った事になったら、どうかお縋りさせて下さいまし」
「なぁ、アリ坊。お前の目で見て、どうよ。アンヌマリーの市民権にも関わって来かねない問題じゃないのか?」
「実の母親が子供の人権ぶっ壊しちゃうかって言うと、人間そこまでやんないだろって気もするし、ちょっと見の印象だけれど『なーんも考えてない人』って虞れも有るし、判断難しいとこかな」
「でも現実にばっちり『奥様』していて、あれって重婚を戸籍ロンダリングしてる可能性は濃厚って思いますよ。油断は禁物です。悪意じゃなくて、のんしゃらんと生きてる人な気がします。親子そっくりで」
ちょっと辛口なラリサ嬢。
「こっちも戸籍ロンダリングお願いしちまうと、ふと武家娘になってて、あそこで縛られてる彼のお嫁さんコース一直線なんじゃねぇかい?」
ブリン怖いことを言う。
「でも彼、結構優良物件だと思いません? ちょっと変は変だけど」
ラリサ嬢が意外なことに変態氏の肩を持つのだった。
「わたし実際に対峙して並々ならぬ実力を目の当たりにしました。ああいう人って支えてあげられる女の人がいると変わるんじゃないでしょうか」
「ラリサの裏切り者っ」
「考えてご覧なさい。毛並み良し、金も力も人並み以上。そして顔も悪くないって他でもない貴女が言ってたではないの」
「こいつぅ、正論でひとを追い込みやがってぇ」
・・ラリサ、しれっと大奥様の味方に付いたろ。
◇ ◇
べラリアンスの丘近く、冒険者キャンプ。
「三日月湖が干上がったってえのは本当だった。驚いたぜ」
「出ますかね?」
「湖底だったんだから泥ぉ掻き出すのも大仕事だろう。城内のほうに行くチームも編成しなきゃならん」
「一気に来ましたからね」
「ここぁひとつ、メッツァナ組と情報共有したらどうかと思うんだが」
「でも、城内立入りの話つけたのも此っ地だし・・」
「後発組に水をあけられたら悔しいと思う気持ちゃ良くわかる。けんども労働量が大きい時ゃ皆で分け合った方が物事上手く運ぶ。変に抜け駆け狙ったって得る物は少ねぇ。今夜のうちにでも彼っ地のキャンプに使いを遣って、明日朝一番に一緒に三日月湖に行こうてぇ話をしたらどうだ。城内に入るのも、お互い二チームくらい出そうって持ち掛ける。それでどうだ」
年の功で話が纏まる。
◇ ◇
エリツェの町、お馴染みの御屋敷。
「レッド殿、レッド殿」
「なんです御坊?」
「あの話、あの話」
「え?」
「ロンバルディ領へ行く話でござりまする」
「あ、はい。忘れてませんよ。ちょっと身内の話で右往左往しちゃって。ちゃんと聞きます」
実は忘れていたレッド。エステル女医の許に行く。大広間は広いが人数も多い。縛られている人まで居るので結構騒然としている。
あれ、後ろ手に縛られた痴漢氏の処にローラちゃんが行って、なんか食べさせて上げている。優しい子だなぁ・・って、奥さんだっけ。いや子供に見えるが。
「レッドバートさん、何かわたくしに聞きたい事でも?」
顔色に出ていただろうか。
「いや、実は最近一躍有名人というロンバルディ卿、冒険者だったんですってね」
「ああ。膝の故障で一線を退いた途端だったらしい。纏まった時間が出来たことが大発見に繋がったと聞きましたよ」
「やっぱり日々の糧求めて齷齪してばかりだと幸運の後ろ姿しか見えなく成るのでしょうかね」
「彼のように日頃悠然とした心根でいる人物だと、幸運の方から尋ねて来るのかも知れませんね」
「よくご存知の方なのですか?」
「いやご存知というか、わたくし医術者ですからみなさんの健康管理に東奔西走。師匠がご高齢で出不精になって来られたもので扱使われてをります」
「患者さんでしたか」
「レッドバートさんも同じ冒険者。彼の話を直接聞いてみたく御座いませんか? お差し支えなければご紹介致しますよ」
「それは是非是非」
何か頼む前に話が向こうから転がり込んでくるレッドもまた、性分が悠然として居るようだ。
◇ ◇
ランベール城。
ミシェルが欣々と亭主のところに行ったので、アンリとクラリーチェが二人してうだうだしく蟠を巻いている。
「それじゃあ、わたくしは探し物から一寸引いて、借金踏み倒しの秘策に掛かろうかな。あ、でもその前に妹さんの所に送る人々のオルグを進めないと」
「血の気の多い連中を優先で頼む。その方が南部の気風に馴染むだろう」
「あら、わたくし生粋の南部人ですけれど、とっても温和な性格ですのよ」
「温和な殺し屋か・・」
「嫌ですわ。殺さない殺し屋として名が売れてをりますのよ。うちの若い者も漸く秘訣が理解って来ましたし重畳重畳」
「あのお二人さんか。あんたの方がずっと若かろうに」
「アグリッパの探索者ギルドに仮に預けた奈の二人がひと仕事して帰って来るまでわたくしは南部の新村開拓請負業者カルラッヘ商会として動きます。御領内で求人活動する認可状を下さいましな。開拓が成功したらお姫様が南で爵位を貰えるかも
・・とか噂を立てれば、過激派予備軍の『忠臣』さん達が入れ食いの予感」
「それ、あり得る話なのか?」
「ありありですわ。ここだけの話、南にあるグェルディナ国を盗っちゃおうという話が有りまして、今はただの開拓農民じゃなくて屯田兵をスカウトしたいんです。それには御家再興の旗印さんがいると好都合」
「どこが温和な殺し屋だ。血の気が有り余ってるじゃないか」
「ボーフォルス男爵家に敗れて鬱憤溜め込んでるランベール党を頂いちゃおうって寸法。右も左も『うぃんうぃん』じゃ有りませんか」
「実はもうひとつ仕込みが有りましてね。秘密なんですけど」
と言いつつも話す気満々なクラリーチェ嬢。
続きは明晩UPします。




