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75.変態は大変で憂鬱だった

 ランベール城。


「この城の地下室群うぶりえならば、一応ちゃんと調べたぞ。アリシアが逃げた時に派手な追いかけっこ大会をやったからな。若し俺が前線指揮官だったら、あんな間抜けな真似はしなかったんだが」

「アンリは何処にいた?」

「総司令部だ。・・しかしあんた、男装したうえ男言葉で喋られると、変な気分になるな。一流店の女郎みたいだったり良家の処女おぼこ嬢様みたいだったり、毎日変わり過ぎだ」

「変装が商売のネタですもの」

「商売って?」

「暗殺」

「・・・」


「うち、父が正面から征く力攻めタイプだったから兄が奇襲部隊で切り込み隊長の役割を担って、わたくしも幼い頃から潜入や調略に関与たずさわってをりました。ディードリックは父の片腕で・・」

「有名な傭兵団だったとは伺った」

「やっぱり・・雇われ稼業は駄目。雇い主って裏切るから。血族ジッペじゃないと」


「あんた、今は南岳教団が雇い主じゃ無いのか?」

「ふふ・・実は大司教さま、ガルデッリの血筋なの。内緒よ。喋ったら、わたくし殺しに来ますから」

「勝手に喋って勝手なやつだな」

「貴方のことは好きよ。殺しに来させないでね。でも誤解しないで。貴方と男女の関係になる気は無いですわ。わたくし女が好きなんですもの」

「俺のどこが好きなんだ?」

「変態なとこ」


「ぷはははっ」

 遂にミシェルが噴き出す。

「変態の連帯って笑える」


「あんただって仲間よ。輪姦されてるとき一番よかった男に本気で惚れる?」

 今度はクラリス、娼婦ふうの口調。

「他の男どもを掻き分けて『これは俺の女だ』って言われたら、惚れますよ」

「変態の気持ちは理解わからん」


義兄にいさんだって変態でしょ」

「ああ、否定などせん。あんな凛として気高い女騎士の夜な夜なくっころプレイに興じる狂態を見た子供の、誰が正常まともに育つものか」

「哀しい初恋ね」

「あれで妹が生まれたと思うと、ひとしおだ」


 変態たちの饗宴が続く。


                ◇ ◇

 エリツェの町、さる御屋敷。

 二等文官マリウス・フォン・トルンケンブルクが縛られている。


「法廷でその格好じゃないだけ良かったと思いなさいなっ」

「目撃者が身内だけだったから良かったものの、訴えられてたら伯爵府も馘よっ」


 この世界、痴漢に厳しい。ノゾキはセーフだがタッチはアウトである。

 相手がもし人妻だったら『不倫強要行為』として更に罪が重い。

 娼婦に鑑札着用が義務付けられているのは、むしろ男が間違って素人にタッチして犯罪者堕ちしないよう保護する為の施策である。


「あなた子供の頃に、クリスやわたくしのお尻を撫でてはフェンにお仕置きされた折檻を忘れたのっ! 大人がやったら・・」

「いや、お尻じゃない。手を握っただけだ」

「十分『痴漢』で『変態』ですわ!」


 あのときアンヌマリーが叫ばなかった事は彼に幸いした。『叫ぶ』という行為は『叫喚告知げるふて』と言って起訴と同じである。そして『叫喚告知』が有ったら駆付けて証人となるのが善良なる自由人の責務なのだ。

 法廷へ直行である。


「あなた、ヒルダの息子だから『訴えられても何とかなる』とか甘えたこと考えてないでしょうね」

「そうよ。『決闘裁判に持ち込んで勝てばいい』とかいう甘い了見なら大間違い。このあいだの御前試合、準決勝で負けてる癖に」

「あ・・あれは伏兵に負けたというか・・審判が兄貴だから俺に厳しい判定だったというか・・」

ダマらっしゃい! ゼノくんが来賓、クーちゃんが主催者側、フェンが審判だから自分よりも強い人が出場しないと計算して、それでいて準決勝敗退。腕でも頭でも負けてるでしょ」

「あのトラヴィスって冒険者が短剣ダガ使いだったから、あっちの土俵で戦って・・」

「見苦しいわっ!」


 アンヌマリー平伏する。

「なにとぞ『責任を取って結婚する』というお裁きだけはご勘弁を」


                ◇ ◇

 ランベール城、饗宴する変態たち。


「ねぇアンリ、貴方って結婚しないのでしょう? つまり先々は弟さんに家老職を譲るのね?」

「それはまぁ俺の寿命次第だ。ミシェルこいつの産む息子に、かも知れん。まぁ其の方が此処ここいらの民の受けは良いだろう」

 ・・まぁ、弟は戦争でランベールの連中を結構討ち取っちゃってるからな。先代入婿男爵の連れ子ミシェルが産んだ息子に次世代を託すって選択は悪くない。問題は、彼奴あいつそれを頭で考えてない所だ。


「武辺者に完成しちゃった弟さんを再教育するよりも甥御さんを一から育てる方が楽そうね」

「ふん、歯に衣着せるな。彼奴あいつは押しの一手が唯一無二だ」

「そんなこと無いわ。あのひと押したら引いて、押して引く」

「ワンパターンですわ」

「そんなこと無いわ。あのひとピッチをどんどん上げる」


「ミシェル、お前もピッチ上げ過ぎだぞ。ボトルが空いちまった」

「んー・・じゃ、新しいの取って来る」

「隠し酒蔵って地下室?」

「そうだ! 馬鹿話してるより一杯機嫌で地下室でも探検に行くか」


 変態たち、酔っ払って暴走を始める。


                ◇ ◇

 エリツェの町、ご存知の御屋敷。裁かれる変態。

「裁判長、訴人げんこくアンヌマリー嬢より異議の申し立てが有りました。判決に不服とのことです」

「え! 判決出ちゃったんですか!」と本人驚愕。

「右陪席、不服の内容を申し述べて下さいませ」

「訴人は被告マリオとの婚姻を謝絶するとの事です」


 大奥様とワリー様、芝居っ気たっぷりに遊び始めている。

「どうしましょう。うちのあんまり可愛くない甥っ子には、永遠に嫁が来ないわ」

 ・・判決に不服申し立てって、陪審員全員と決闘しなきゃいけないんだっけ? どうしよう。考えろアンヌマリー、突破口はあるはずよ。


「御恐れながらお代官さま。これには深い事情があるのでございます」

「なんじゃ、申してみよ」

「我が実母は奸佞邪智なる外道女でございまして、或る富豪の後室に収まらんとの野心を抱き悪逆非道な権謀術策を弄したのでございます」

「して、なんとした」

「本人悪びれるでも無くワイン飲みつつへらへら笑って申しますには、己れが望む結婚をするために腐れ僧侶に袖の下掴ませて、さきの婚姻記録を逸失せしめたとのこと。それで綺麗さっぱり独身と名乗り見事後室の座を射止めたとか」


「とんでもない悪僧でござりまする。煉獄で灼かれましょうぞ」とヴィレルミ師。

「どこの糞坊主でござりましょう」とカルヴァリ師。

「天誅下すべし」とギルベール師。

「どこの宗派か存じませんが、毒母はノビボスコに居る脂ぎった肥満坊主と申しておりました」

「アヴィグノでござりまするな」

「ですねー」

「討つべし」


「親が婚姻した証拠が無くなってしまえば、この私めは私生児扱い。とても嫁げるものではありません」

 アンヌマリー、ヨヨヨと泣く。


「ああ、それは困りましたわねぇ」とワリー様。

「でも、わたしこの町の公文書館長だもの。探し物すると、ときどき古い出生届が突然出て来たりするわ。アンヌマリーさん、どこのお家の子供になりたい?」

「え!」と、一同。


                ◇ ◇

 ランベール嬢、地下酒蔵。

「ここの煉瓦をずずっとずらすとくぐり抜けられる入り口が・・」 

 ミシェル、膝行して進む。

「ミシェルのお尻って良い形」

「わたし女は好きじゃないですぅ」

「ぬっ! 古い酒瓶がずらりと並んでいるな」

「あ、この焼き物瓶の蜂蜜酒、可成りの年代物ですわ」

 宝探すんじゃ無かったのか?


 右手に松明、左手に戦利品の古酒一人一本づづ。これで三人とも両手が塞がって仕舞った。

 狭い階段を降りる。

「そこ・・アリシアが脱出した穴だそうだ。モーザ川の畔に出る。俺が一回通ってチェックした」

「その右は?」

「地下牢だ。最悪待遇の囚人用のな」

「最悪?」

「背が立たない。こんな所に閉じ込められたら足が萎えるぞ」

 三人一列でしゃがんで歩く。

「クラリスさん、今ふり返らないで下さいね。スカートの中見えちゃう」

 そんなこと言うからクラリーチェ、振り返って繁々と見る。

「そこ・・」

「触ったら変態ですよ」


「いや、その足元にある鎖・・なんでしょう?」



続きは明晩UPします。

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