74.秘密暴かれて憂鬱だった
エリツェプル、寺町坂下。
『坂下亭』店内。
大手運送業者『フロラン組』の若い衆が目を剥く。
「し・・新品に交換?」
「新品じゃないわよっ! 悪かったわねっ!」とアンヌマリー、床を蹴る。
奥様泰然。
「あの町・・出てきたの?」
「あの町にいる限り、誰かさんの再来を求められちゃうんだもの。なんせ誰かさん伝説の人だから・・悪い意味で」
「じゃあ、この町に来たらダメじゃない」
「それ、自分で言う?」
「修羅場だ」
「修羅場だわ」
テラスから覗いている人々、口々に。
「なんか食べる?」
「要らないわよっ!」
「御腹が空いてると気が立つんだから」
「満腹だって怒るわよっ!」
「あっちが上手だね」とアリシア鶏腿を咥えながら。
「上手だわ」とラリサ、口を拭きながら。
ローラは黙々と食べている。
「マッティは如何したの?」
「エルザとくっ付くよう仕向けて置いてきた」
「弟・・いるけど、会う?」
「やめとくわ。この町も直き発つし」
「なんか聞いときたい事は?」
少し考えて・・
「・・どっち?」
少し考えて・・
「リックの方よ」
「そっちかぁ・・マッティ結構好きだったんだよね」
「そんな気がしてた」とアリシア指を舐りながら。
「知らないけど」とラリサ、口を拭いながら。
◇ ◇
ファッロ自宅。
レッド指を折って勘定している。
「まずマッサ兄弟がいて、お兄さんの方のにサバータ家から嫁がれたのが大奥様。弟さんの奥方の姪御がお隣りさん。大奥様の甥御姪御が・・」
「世間は狭ぇなあ」
「すません」
何故かファッロが謝る。
「ただまー」
「お、帰って来た。お帰りローラ」
「どっと疲れた」とアリ坊。
「どうした?」
「痴漢がでて、修羅場に遭った。もうラッシュ」
「なんだそりゃ?」とレッド当惑。
「間も無く夕刻で御座りまする。御屋敷へ伺い致そう」
「そうですね。エステル様に・・」
「言い付けてもらう」
「え? 何を?」
「レッドさぁん・・」
「顔色悪いぞ。痴漢に遭ったってアンヌマリーか!」
「それもそうですけど・・」
「修羅場もお前か」
「・・ブロイケラーのおっちゃんが父親だった」
「え!」
「・・町で・・母親に逢っちゃった」
「・・お、おう。そ、れは大変だったな」
「大変じゃないけどぉ・・変だったかな。そんな気はしてなくも無かったし。まぁいいけど」
「僕も、仲間な気はしてたよ。けっこう前から」と、アリシア笑っている。
「そういうの、仲間って言うのか?」
「同病? 憐れんでないけど」
「そう。あたしたちは憐れじゃない。胸張って生きるわ」
「ぴちぴち張り過ぎな程度にね」
「ウルリック親父は俺が騎士団を馘首になった時、冒険者のイロハを教えてくれたギルマスだ。ギルドのアレだ、所謂『擬制的ファミリー』なら親と子。だから喜べアンヌマリー、俺的にお前の待遇一段アップだ」
「嬉しいけど遠慮しとくわ。アリシアちゃんの視線が怖いから」
「なんだそりゃ」
「ほーら、鈍感ばか」
◇ ◇
市内西区、問屋街に下って行く坂の途中。Carrhaeと書かれた看板のある小体な商会事務所。
一見して貴族家の執事と分かる初老の男性が立礼。
「城が普請の真っ最中ゆえ、市内の別邸にお戻りになると思い込んで居りましたが扨はて何処まで御出掛しに為ったやら」
「神出鬼没だねぇ明公も・・」
「先を急ぐでもござらぬ。何卒お気になさらず。俺は若の許に帰参出来るのならば其れだけでも望外であります」
「欲が無いなぁディードリック。僕は是非とも明公に御推挙致したいんだ」
「戻りました」
狭い間口から大男が入ってくる。
「どうしたガース。悄然た顔して」
「いや・・まあ男爵様に御報告申し上げる程のことでは・・」
「そう? 問訊しもしないけど、物事は溜め込まない方が良いぞ」
「お金以外は」と女が横から茶々。
「申し訳ございませんが、そろそろ戻りませんと晩餐の支度がございまして」
「あ・・僕ら、お邪魔しちゃ駄目かな?」
◇ ◇
ランベール城の門前。
冒険者の一団が騎士と話し合っている。
「言い分は理解ったが城内はそれなりに金目の物が有る。立入りは身元の確かな者だけで少人数でチームを組んでメンバー登録してくれ。それが条件だ」
「わかった。パーティを幾つか作るから書記官を寄越してくれ」
アンリら、帰って来る。
「あ、兄さん! 城内探索チームも作りたいって言うんで、メンバーを厳選すれば許可するって、いま返事したところです」
「職務中は正と職名で呼べ。この色呆け隊長め。毎日でれでれ寝坊してると正式な職名にするぞ」
「は! 御家老。しかし、それでは部隊名が『色呆け隊』になったみたいで部下が可哀想です」
「たわけ、そう思ったら少し節制しろ。それから、城内に立入る者はちゃんと事前審査するから名前書くだけで即許可じゃないって丁と言っとけ。何事も条件は双方納得するように斉然と詰めるんだ」
「了解しとります。冒険者もピンキリ有りますんでな」
「あんたらも自分らの権利は自分で確り守れ。自分で失といて『城内に立入った余所者が怪しい』とか言い出す馬鹿は必ず出る」
「そうよ。『外に出るとき番兵が我々の所持品を検査しろ』くらいの事は自分から言い出すのです」
「それから冒険者諸君。三日月湖の水を干した。宝探しの場所がぐっと増えたぞ。明日には完全に水が抜け切るだろう」
「なんだって! こうしちゃ居られん」
冒険者たち、走り去る。
◇ ◇
エリツェの御屋敷町、例の邸宅。
「それじゃ、あれ? あの時の樽の中に居たんだ。あー・・一杯食わされた」
「えへへー」
アリシア食前酒で少し上気。
少し前まで追いつ追われつ為ていた同士が、今は晩餐のテーブルを囲んでいる。
「まぁ・・命を助けられたのに、商売敵だったのを黙ってたのは気が咎めました」
「気にすること無いわよ。ほら、戦争してた敵同士だって結婚しちゃうじゃない」
クレアという女性、さばさばした人だ。
「えへへー」
「わたしも弟のライバルと結婚しちゃったわねぇ」
ワリー様が笑っている。
別室でディードリック殿と少し話していた大奥様が戻って来る。
ウスター城下でご一緒した男爵さまと、もう一人。知らない人だ。
「あっ! さっきの大男さん!」とアリシアが叫ぶ。
アンヌマリー弾かれたように立ち上がり、深々とお辞儀。
「先ほどは、危ないところを有り難うございました」
「ほんとに危ない所だったにゃん。お兄さんが割って入って呉れなかったら今ごろ助産婦さん探してたのにゃ」
直立黒猫氏、昨夜は緊張していたのか静かだったが、慣れてきた様だ。
「あら! ガースくんともお知り合いだったの?」
「マリオのやつ、白昼天下の大道で唐突に初対面の彼女に交際を申し込んで、彼女驚いて転んじゃって膝から出血、助産婦じゃなくてわたくしがフィエスコの医院で処置しましたの」
「んまぁ! あの子ったら、たっぷりお灸を据えないと駄目ね。セトっ! あれを首に縄掛けて誘ッ引いて被来い」
「これから皆様お食事です」
「食後でいいわ」
◇ ◇
ランベール城。
「冒険者さんたち、湖跡のほうに飛んで言っちゃったですわね。この城の地下室もそれなりに面白いと思うんだけど」
「『それなり』程度か・・」
家老アンリ・ジョンデテ、徐にクラリーチェ嬢の杯へ古酒を注ぐ。
「天守閣の地下に地下牢とか兵糧庫とか・・外への抜け穴とか作るのは珍しくないけれど、上都みたいな大地下迷宮を作るのは東方の文化ですわ。この国では滅多に無い。ひとつ知っているけれど、探検する気は起こらないわね」
「どうして?」
「其処は見つかって嬉しい財宝じゃなくて、ひとの目に触れたら不可ない禍々しいモノを封印した地下迷宮だから」
「そいつは怖いな」
続きは明晩UPします。




