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73.伝説の人らも憂鬱だった

 エリツェの町、ファッロ・バスキアの自宅。


「ロンバルディ卿の披露宴ですか」


「ええ、冒険者ギルドの進発式に御前試合、ロンバルディ卿とゼードルフ前男爵の合同披露宴。それはもう、豪華で壮麗な一大イベントでしたわ。御前試合の優勝者アキレス卿は一躍大人気だしロンバルディ卿も噂の人。だけどゼードルフ前男爵の渋さがたまらんって隠れファン急増中ですのよ」

「え! "英雄"コンラッドが結婚! ・・(いくつだよ、おい!)」

「"英雄"コンラッド?」

「ええ、北海州じゃ伝説の冒険者です」

「きゃー! みんなに教えなきゃ!」


「"英雄"コンラッドって、うちの父が若い頃に憧れてたヒーローですけど・・」

 フィン少年、目が座っている。

「まさか若い奥さんじゃ・・?」

「それは若くてお綺麗でしたよ。サバータのミランダお嬢様と御同輩だそうです」

「つまり微妙かい・・」

「いいえ、ミランダ様、お若いですよ。二十代です・・一応」

 ブリンの言葉を否定しようとして、つい一語ひとこと多かったファッロ。


「ロンバルディ卿が『噂の人』とは?」

「ええ、なんでも元は凄腕の冒険者さんでグウェルディナの財宝を発見して殿様に献上したんで、領地と莫大な褒賞を頂いて勲爵士です。苦難を乗り越え美人さんの恋人と結ばれて・・こちらも伝説級でしょ?」

「はぁ・・ほんとに金銀財宝めっけて領地持ちの騎士になるとか・・そんな冒険者いるんだな。驚れぇたぜ」


「なぁ、おれも冒険者になれる?」

「ああ、なれるさ。十二歳になったらな。けど、なっても数年は見習い小僧だし、その先だって雑用仕事ばっかりだ・・と思って俺ぁ就職しなかった。その挙げ句が御用御用と相成った。お前は真面目に働いとけ。そうすりゃ夢も見られるさ」


「夢ったって、本当ホントに叶えちまう奴も居るんだから、なぁ! みんなで一緒に夢ぇ見ちまおうぜ」

 ・・最悪の逆境どん底だったアリ坊だって諦めてた御家再興が出来ちゃいそうな風向きになって来てるし、ブリンさんが言うと、なんか良い空気に成るなぁ。

 皆を眺めて、ちょっとあったかい気分に浸るレッド。


「トロイデさんって、市長さんとこの侍女なさってるんですか」

「ええ、男爵の叔父上の奥さまの一族なもんで、コネ就職なんですけどね」

「それでお一人暮らしを?」

「馬車で半日くらいのトルンカ村ってとこの出身なんで、単身赴任して来て都会生活満喫中です」

 ・・村娘みたいなこと言ってるけど男爵の侍女ならば最低でも騎士階級の家か。それにしちゃ気さくな人だけれど、考えてみりゃ先代男爵夫人も相当気さくなお方だよな。


 ・・しかしこの町、石を投げたら伯爵の親戚に当たるんじゃないのか?

 誰かが『南部人ひとり敵に回したら百人で攻めてくる』みたいな事言ってたけどソレ怖すぎる。しかも、一人で百人ぶっ殺しそうなクラウス卿レベルが百人も来たらチョーサー伯爵家とか殲滅されるわけだよ。


「ロンバルディ卿って、どんなかたです?」

 ドリーム・カム・トゥルーな伝説の人の話を聞いてみる。

「あー、実は為人ひととなりは良く知らないんですけど真面目そうな人かな。でも奥様とは充分いっぱいお喋りしましたわ」

 ・・残念。

「お父上が長患いで出仕できずに、いけすかない野郎の妾同然にされて辛い日々を送ってらしたんですって。意外にも正妻さんが立派な人で庇って下さって、それが御家騒動の逆転劇。しかも、身分違いの障碍を乗り切って恋人さんと御成婚。今は寡婦となった正妻さんを助けて差し上げるという美談まで加わって、これってうドラマですわよねっ!」


 ・・なんだか南部人って話好きの人が多い気がする。ファッロさんの情報屋業が楽そうだ。


                ◇ ◇

 市内寺町近く、『坂下亭』テラス。

 女子組ちらちら店内を覗き、わんにゃんコンビ聞き耳を立てる。

「『奥様』は店主と古くからの馴染みらしいにゃん・・」

「ほんとフロラン組正真正銘の奥様らしいですね」


「フロラン組って大きいの?」

「運送業界は嶺南最大手にゃん。それも旧帝国軍団輸卒兵長から続く老舗で主人は市政参事。超大物にゃ」

「うー! 富豪の正妻に納って都会の人気店で優雅なランチですかっ! 田舎町に放っぽった娘が飲み屋のねーちゃん暮らしてる間に」

 田舎の冒険者ギルドでは、ギルマスが飲み屋のオヤジで女房が女将、ギルメンが酔客みたいな感じである。


「うー! 男に酷く捨てられて、場末の酌婦にでも落ちぶれてやがれぇと思ってたのにぃぃぃぃ」

「んでも・・店主さんと寺町遊郭の花魁時代からの長い付き合いとかなんとか・・言ってますよ」

「落ちぶれてないじゃんっ! 色街行ってもスターじゃんアノ女っ!」

「聞いたこと有るにゃん! 寺町の名妓が落籍ひかされて大金持ちの正妻におさまった伝説!」


 ここにも伝説のひとがいた。


                ◇ ◇

 再びファッロの家、庭先。

 鉄柵越しに隣家の女性と話し込むレッド。

「だけど、折角すごい財宝を見つけたのに領主さまに献上しちゃうって、やっぱり結婚のために騎士の身分が欲しかったのかな」


「いや聞いて下さい。それにはまた深い事情が有るんですよ」

 話好きの彼女、もう止まらない。

「ロンバルディ卿が見付けたのは他でもない『グウェルディナの財宝』なんです。南の川向こうに有る国なんですけどね、三年に一度は政権が変わるっていうくらい反乱また反乱で、安定しない国なんです。それで、打倒された前政権だか前々政権だかの残党が亡命しようと、こっそり国境越えてこっち来て山の中に隠した再起のための軍資金らしいんですよ」


「つまり厄介なお宝って訳かい」

 ブリンが参加してくる。

「ご名答。新政権が『我が国のもんだから返せ』って難癖アヤ付けてくるかも知れない。だから、そんなの門前払いに出来るくらい軍事力のある嶺南侯さまに献上しちゃおってわけ。殿様はリスクを引受けた上で勲功を讃えて騎士に叙任、山ほどの金貨と領地を下さったってわけ」

「成る程、上手い取引だぜ」

「その策を考えたのがサバータの若様よ。さっすがウチの村長のドラ息子とは一味違うわ。あ、いや長男さんは最高なんだけどね、次男坊が女癖悪いのよ。いや・・次男坊も女に弱いだけで優秀は優秀なんだけどね、サバータの若の献策と次男坊の献策と御前会議で比べられて此ッ地こっちが落選したわけ」


「次男坊って・・マッサ男爵の従弟ってぇ事は、豪傑"青鬼"さんの下の息子かい」

「あら良くご存知だわね。長男さんは青鬼男爵の息子って言われても信じられない程スマートで理知的な美男子なんですけどねぇ」

「弟さんは親父さん似かい」

「いやまぁ猪突猛進なとこは似てるかなー」


「あれ、さっき村長って言ってなかったですか?」

「イヤそれもイロイロアッテナ」

 男爵家の侍女殿、なんか喋りが村娘っぽくなっている。

「ほら、嶺南ここ御家騒動で色々モメたでしょ? そのとき、侍大将だった親友が御役御免になって、それに抗議して爵位突っ返しちゃったの。まぁ喧嘩っ早いと言うか直情径行っていうか」

「よく知ってる人っぽいねぇ」

「わたくしの伯母上の御夫君ですわ」

 口調が侍女に戻った。


                ◇ ◇

 再び寺町『坂下亭』。

「・・なんか息子が結婚するらしいにゃ・・」

「あのアマ、長女捨てといて他所で子供ポコポコ産んでんのかっ。許すまじ」

「遊郭の若い娘と結婚・・だって。『そこ、お父さん似だわぁ』って笑ってる」

「あンの腐れアマぁぁ〜〜!」

 アンヌマリー遂にキレて、店の中にずかずか踏み込む。

「あ・・キレちゃった・・」


 さりげない場所に護衛で控えているフロラン組の若いら、驚く。

「ななな・・奥様が二人っ!」

「いや、良く見ろ! 新しい方がぴちぴちしてるぞ!」


「お前らっ!」

 母子同時に異口同音。




続きは明晩UPします。


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