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72.世間が狭くて憂鬱だった

 三日月湖畔・・だった場所。


「分厚く堆積した湖底の泥の中から何が出るか・・黄金の山を期待するなとまでは言いませんが、労の多きは確定事項・・実りは不確定でしょうね」


「貴女は現実主義者だな。有るかも知れない金塊よりも、いま掌の中にある指輪を選ぶ」

 アンリ・ジョンデテ、地面の胡座かいて座り両膝に手。


「カラトラヴァ侯爵への返済をカルラッヘ商会振出の手形でお払いなさいな。交渉全部わたくしに任せること」

「踏み倒す気か?」

「それなりの交渉カードは仕込んで来てあるわ」

 クラリーチェ、アンリの横に胡座をかいて座る。

 銀色の小瓶を渡す。

 アンリ、黙って栓を抜いて飲む。

「美味いな」

 小瓶を受け取ったクラリーチェ、残りを一気に飲む。


「城に帰って、ミシェルにまた秘蔵のやつを探させましょ」


                ◇ ◇

 丁重に礼をして医院を出る。

 アリシア、周囲を見回す。

「ここって、どの辺?」

「金持ち市民の住む高級住宅街のある高台の端っこ辺りにゃん。大手の商会や一流工房が集まってるとこから無我夢中で逃げて来たら、住宅街に入って来ちゃったのにゃん」

「はー、そう言えば立派な家が多いわね」


 立派な家の中でも、ひと際大きな屋敷から軽馬車が出てきて、若い衆数人走って随行する。

 一頭立て一人乗りの軽馬車を操る中年女性の横顔がちらと見える。

「あの紋所、フロラン商会だにゃ。あそこが御屋敷か」

 市内は西の丘の中腹辺りに豪商の本店が並び、丘の上の方に店主の自宅が在るというパターンそのままだ。

「フロラン商会?」

「運送業の大元締めにゃん。使用人には筋骨隆々の雲助が多くって喧嘩っ早いから要注意にゃ」

「痴漢の高等文官よりマシでしょ。二等文官って偉いの? それとも二流?」

「役所の長官が一等で、二等は副官クラスだにゃ」

「つまり、痴漢やったって知られたら人生の土俵際ね」

 ラリサ嬢の笑顔が・・黒い。


「アンヌマリーも左右そう思うでしょ?」


 ・・返事が無い。

「何如したの? あんたらしくも無い」


「・・さっきの女・・」

「女?」

「うちの好色糞毒女だわ」


                ◇ ◇

「すっごい良い場所じゃねえかよ」

 ブリン、きょろきょろする。


 山の手の御屋敷町と上品な繁華街のあいだ辺りにファッロの家が在る。

「急な事情で売り急いだ人が居て、すごい出物だったんです。でも狭いです。単身者用住宅だから」

 市民権が金で買える訳ではないが、市内に自宅所有というのはこの町では市民権とる必須条件である。

「情報屋って儲かるんだなぁ」

「自由業ですからね。大仕事でどかっと入る事もありゃ、白湯みたいな麦粥の日々もあります」

冒険者あぼんちゅりえと同じじゃねえか」

 警備員なんかの長期契約がある都市部を除けば、大概の冒険者は雑用の日雇いである。どっかで財宝見つけてる奴もいるが。


「わっ! 本当に狭い」

「だから単身者用住宅です。お隣りは、お偉いさんの侍女さん」

 この人数だと全員膝を抱えて座って立錐の余地も無い。

 フィン少年が赤くなっている。奥さんと如何やって寝てるのかを想像しているに違いない。

 こういうところにイェジとの年齢差が出る。つまり厨房とそれ未満。


 ちなみに冒険者が十二から十五歳を俗語で『厨房』と呼ぶのは、見習いれりんくの雑用にホールの給仕係が多いからである。どこか異世界の学制とは無関係である。けれど青少年の社会的身分が基本十二歳から三年刻みというのは万国共通だろう。

 十二歳未満は犯罪を犯すと保護者が処罰される。

 イェジの主人はアリシアだが、彼女も未成年だから法律行為は後見人むんとが必要だ。ということは、イェジが痴漢したらレッドがお縄・・?

 法律的には、そうだ。

 男爵家の生まれだが相続出来てない平民コモナ階級冒険者レッドバート・ド・ブリース

色々抱え込み過ぎである。

 騎士団から放逐された時点で主君は居ない。実家も押領され相続出来ていない。しかし騎士身分を剥奪された訳でもない。つまり彼はノラ騎士。・・マージナルな男であった。


 思えば冒険者ギルドというのは、男爵位を息子に譲ってせいせいしている御隠居貴族から、逃亡中の農奴(時効成立待ち中)まで、実にカオスな集団である。


 例えばの話だが、出身を語らないイェジ、もし彼の所有権を主張する自称主人が現れたら、出るとこ出れば善意取得者のアリシアが間違いなく勝訴する。所有物を管理できていない所有者の立場は弱い。裏を返せば、ぶん取った者の勝ちである。レッドの実家も、力でぶん取られた。


「先輩、今ぼくのこと『厨房のくせに』って思いませんでした?」

「う・・」

「ぼくはもう『若衆げぜる』ですからね」

 彼は色々優秀だから最低年限で昇格した。同期はみんな未だまだ見習いれりんく小僧だ。

 ・・そう言や、こいつ大人の階段も登ってやがったな。あの姐さんは色っぽかった。

「アンヌマリーがこの町の遊郭に妙に興味持ってたっけ。お前、行ってみたい?」

「余計なお世話ですっ」


「彼女、なんぞ思う所がお有りの様子でござりましたぞ?」

 そう聞いて気を回すブリン。

 ・・彼女、生みのおっ母さんが男と南へ逃げたって言ってたよな。身の上落魄の心配でもしてんだろうか。もちっと気を遣ってやりゃ良かったぜ。


                ◇ ◇

 女の子組、馬車を追いかける。

 まぁ、フロラン組の若いが二本の足で走って伴走する軽馬車だから速くない。参道下の『坂下亭』に停まっている。

「繁盛店だけど敷居の高い店じゃないにゃん」

「遅めのランチかな。早めのお三時かな」

「そう言えばわたしたち、お昼していませんね」

 間食はたっぷり摂っていたようだが。


「六名さま・・。テラス席でよろしいですか?」

「よろしいです。丁度よろしいです」

 ラリサ嬢、すっかりスパイごっこに乗り乗りである。

「うちの二人、聞き耳立てるプロですわ」

「にゃっ」

 アンヌマリーは隅っこの席にこそっと座る。


「奥様? 羽振りのいいお妾さん?」

「どっちにしても店の人なら『奥様』って呼びますよ」と、カーニスが実況体勢。

「あんな派手な服着ちゃって、年齢トシ考えろってのよ。何年経っても昨夜の御婦人方みたいに品格ある着こなしが出来ないのかしら」

『そっくり』と口から出かけた言葉を飲み込むアリシア。

 ・・三十代後半ってハリー姐さんが言ってたなー。

 美人には違いない。


 店内を覗く女の子四人、聞き耳立てる男二人。

 ただしローラ、事態が飲み込めず目を白黒。


                ◇ ◇

  ファッロの家。

「いたたた・・膝が痛いでござりまする」

 庭に這い出す修道士三人。

 狭い単身者用住宅だが、ちゃんと庭があり、丸テーブルに椅子が二つ。あぶれたギルベール師、庭石に座る。

 連棟式で鰻の寝床な集合住宅である。庭に出ると壁の上半分は鉄柵なので隣から丸見えだ。


「お坊さまが・・たくさん! まさかバスキアさんにご不幸っ?」

「いや、トロイデさん。ただのお客様です」

「びっくりしたわ」

「今日はお休みでしたか。うるさくして済みません」

「昨日が夜勤だったもので、はしたなくも昼まで寝てましたわ」

 お隣さんと仲良しらしい。


「ファッロさん、姓はバスキアって仰るんですね」

「あ、すいません。フルネームを名乗ってませんでしたね。ファッロ・バスキア。婿なんで姓はダ・ラマティじゃありません」

 ・・あ、そうだ。村長さんは義兄って言ってたっけ。


「それで、今夜はお医者さまに仔細を伺って、明日はロンバルディ領に向かうのでござりまするな?」

 ・・おいおいお隣さんが居るだろ。プフスのギルドでも左様そうだったけど是の人達内緒って概念ないんだろうか・・。

「あら、ロンバルディさまの所に御出掛おでましになるの?」

 ・・ほら、聞かれた。


「ロンバルディ卿を御存知でいらせられまするか?」

「つい、ほんの先日お目に掛かりましたわ。ほら、わたくしマッサ男爵さまのとこの侍女でしょ? 随行して披露宴で美味しいもの滿腔いっぱい頂いちゃって、役得役得」

「世間がやたら狭ぇなぁ」

 ブリンが呟くと・・

「狭くてすいません」


 ファッロ誤解。




続きは明晩UPします。

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