71.お宝探して憂鬱だった
エリツェの町、医院の治療室。
やたら美人の女医が女冒険者を手当てしている。
「こんにちわぁ。昨夜はどうもぉ」
アリシアの喋り方が少し変だ。
「わっ、ビキニアーマーって実在するんだ・・」
口に出して言っちゃうアンヌマリー。
「うち田舎冒険者だから初めて見たわぁ・・。かっこいい」
ちゃんとフォロー入れる。
「服着てると、なぜか傷口が膿むんだよな」
彼女、探索者ギルドに登録している武装人なので正確には冒険者ではない。
「それは医術者に言わせれば「現場の智慧を侮る不可」ですわ。行軍行軍で汚れた衣類との接触が傷を悪化させます。古代グレキア人が全裸の上に青銅の甲冑を着た故事も良に有以るなり」
「ああ、うちの郷里にもこんな先進の医術者様が居てくれたら什麽に良いか」
ラリサ嬢、述懐する。
「嶺東の侯女さまが南に療養に見えている様な現状だから、先は険しいですわね。医術に限らず『術は一子相伝』のような伝統が不好いのです。東帝国など医術者を育てる集合教育場まで出来ていると仄聞致しますのに」
ただの町場の医院だと思ったのに、凄い人が居る。
◇ ◇
公文書館。
「俺たち、ロンバルディ卿をお訪ねしたいんです」
「今夜もエッちゃん来ると思うけど万一来なくっても面倒見るわよ。クーちゃんのお友達ですものね」
愛称呼びが多くて分かりにくいが、多分、クーちゃんっていうのはクラウス卿の事だな。
「あんな凄い豪傑が二番手だって噂、凄過ぎますよね嶺南って」
「うーん・・クラリスちゃんのお兄さんに実戦で負て以来そういう評判かしらね。うちの婿ちゃんが三番手って世評で固まっちゃってる感じ」
そういう壁新聞とか有るらしい。
・・実戦って、あの人がマジで戦ったのか? 怖いだろ・・
「婿ちゃんの弟くんが四番手だって言われてたけど先日の御前試合で豈天の準決勝敗退。株が大暴落中よ。代わって優勝者のアキレスくんが目下注目の的。その彼に婚約者がいると知れて、嶺南女子は随所で愁嘆場なんだって」
アキレスくんって誰だ?
噂話が大好きそうなワリー様、お高い貴婦人とは違って実に親しみやすい。実に庶民的で優しそうなお婆ちゃんだ。
「武術って、慢心は墜落の母よねぇ」
だが言い方が経験者っぽい。
「お茶、淹れましょ」
館長ぱたばたと奥に行く。
その隙にファッロが囁く。
「あのかた、もと剣名高い女騎士ですよ。つい先日、強盗が入ったらお鍋の鉄製のおたまで撲殺したって・・。因みに亡きご主人が伝説の剣豪ハーケン・トローニェです」
嶺南怖ぇ。
◇ ◇
市内、町場の医院。
際どい衣装の女武装人治療を終え、武勇伝など一頻りして帰る。
「そっちの彼女は擦過傷で出血か」
「もう出血は止まってますでしょう。化膿止めの軟膏でも分けて頂けたらと」
「あと妊娠検査お願いします」
「おばかっ! 手を握られた限でしょ!」
「それだけで出来ちゃった気がする」
「おばかっ!」
こんな口調で喋るほどにラリサとアンヌマリー、親密に成っていた。
「その強烈な個性の男・・もしかしてマリウスのばか者じゃないでしょうね?」
「もしかしなくても二等文官マリウスにゃ」
溜め息つく女医。
「幼馴染み君の愚弟ですわ。わたくし、おさわり被害者の元祖です。いつも叱って呉れてるお兄さんが出張中だからって羽根伸ばしちゃったのでしょうか。大奥様に言いつけちゃいましょう」
アンヌマリーの擦りむいた膝に膏薬を塗る。
「でも、女の子に傷を負わせるほど馬鹿じゃないと思うのだけれど・・。いいとこ見せようとして大馬鹿はやるけれど」
「いやー・・これ、逃げようとしてすっ転んだ自損事故なんですよね」
◇ ◇
ひと気のない路地裏。マリウスが土下座している。
「やめてくれ。あん時おれ等は討伐されても仕方ない無頼漢だった。あんたのした事は確かに正義の執行だったんだ。頭を上げてくれ」
「否、俺は女の子の前でいい格好したい不純な心で余計な事為たんだ。市警当局が無血鎮圧して放免衆にスカウトしようとしてたなんて露知らず、あんたらの仲間を手に掛けちまった。許してくれとか言えた義理じゃないが、深く反省してることは知ってくれ」
また平伏する。
マリウス・フォン・トルンケンブルク。軽率で失敗も多いが、基本的に気のいい男であった。
◇ ◇
アグリッパの町、運河の辺り。
商人が一人、船便の時間待ちといった様子で所在無さそうに流れを眺めている。
初老の紳士が通り掛かる。
知り合いだったらしく、立ち話を始める。
「ご紹介頂いたお二人・・あれが然る業界の一流というものなのですね。まっこと驚嘆致しました」
「折り紙付きでございます」
「使途不明金の件、妙な政治工作資金にでもしたのかと気を揉んで居りました所がひと安心です。いや仕事が早い」
「それは宜しうございました」
「結局杞憂でござりましたが、この際なのでアヴィグノ方向に顔が向いている人はご退陣いただく方向で、いちおう穏便めに進めて頂きまする。中道の為に」
「お力になれましたのなら欣喜雀躍」
「この言葉・・一度言ってみたかったのですよ」
「どのようなお言葉で?」
「お主も悪よのぉ」
◇ ◇
大男、とぼとぼと袋物の店に戻って来る。
「ガースさん、何如なりました?」
「どうもこうも、土下座されちまった・・」
経緯が頓と理解できない店主。
「ともかく、俺は偶然ふらっと来た客。カルラッヘ商会という他所んちの使用人で是の店とは関係ない。そういうことで、よろしく」
いちおう痴漢は捕まえたけど許してやった・・という意味なんだろうか。
頭こそ下げて見せたけれど後でお礼参りに来そうな相手だったから、万一来たら脅しにカルラッヘ商会の名前を出せって事かな?
裏社会とも繋がりのある商会って噂も聞いたから・・
そうか、揉め事はうちとは関係ないと言い張っとけって意味か。
いろいろ考える店主。
大男、説明せずにふらっと立ち去る。
◇ ◇
三日月湖の畔、礼拝堂の廃墟。
少年姿のクラリーチェが壁の線刻を指差す。
「獅子の両目に、穴があります!」
「二つの指輪を入れてみるか?」
アンリ、身を乗り出して凝視する。
「いや・・抜けなくなったら勿体無いし」
「・・(おい。あんた、そこ躊躇う女だったか)」
クラリーチェまた少し考えて、もっと大きな声。
「獅子の角が指している場所!」
「むっ!」
アンリ、角の先にある方形の切り石を押してみる。
「動くぞ・・この壁の裏側が中空だ。何かの隠し場所か!」
「あれ?」
押し込んだ切り石が下へ落ちてしまった。
「あれれ・・拙いか? 変な音がするぞ・・」
「なんか壁が傾いてる気がするんじゃが・・」
「『気がする』んじゃなくてマヂ傾いてるわよぉ」とミシェルがパニクる。
「これは逃げたが良さそうね」
クラリス素知らぬ顔をして、すたすた歩み去る。
彼女の後ろ姿を見送った後、皆な礑と我れに帰って外に飛び出す。
鐘楼ぐらり傾いて、石の支柱に当たったベルが喧ましく鳴る。
一同唖然として、崩壊してゆく礼拝堂の廃墟を見つめる。
否・・正確には、崩落してゆく丘の一部を見つめる。
怒涛の様な水音。
「何が起こったんじゃ」
「あ・・僕の眼鏡、礼拝堂の中だ・・」
青年マリュス・グナーデンブリュッケ、今朝以来初めて声を発する。
「水だ」
アンリ、譫言のように呟く。
「三日月湖の水がモーザ川に流れ落ちている」
丘は半分ほど消失し、礼拝堂跡も見えなくなった。
クラリーチェ突然走り出し、べラリアンスの丘へと駆け登る。
見下ろすと三日月湖は急速に干上がってゆき、一見して旧河道と分かる石積みの両岸に古代の街が姿を現していた。
「は・・俺の股袋にゃ大き過ぎるわ」
続きは明晩UPします。




