68.少々場違いで憂鬱だった
エリツェプルの町、東門。
レッドの一行、脇へ寄って下馬する。
「ファッロさん、如何なったんだ?」
「いや、こんな事は初めてです」
見ると、侍従ふうの服装をした童顔気味の青年が待っていた。
「レッドバート・ド・ブリース様御一行、お待ち申し上げて居りました」
「え?」
◇ ◇
ランベール城。
「侘しい食卓で申し訳ない。女手が足りとらぬでな」
「粗食は慣れています」
「然しランベールの女は図太いというか肝が据わっているというか、親兄弟の仇と所帯を持っちゃあっけらかんと女主人に返り咲く。男共に爪の垢を煎じて飲ませて遣りたいが皆な墓の中だ。ははは」
「南部女なら隠忍自重の末に讐の寝首を掻きますね」
「北部人で良かった。我ら両家、何百年もこんな事を繰り返しやって参ったのだ。兄弟姉妹、何処から飛び出して来るか最早見当も付かぬ」
「ランベールの遺臣をオルグして新天地に連れて行ったら、寝首の心配もしないで済みますわね」
「カラトラヴァ侯と手を切るのが条件・・という事ですな」
「彼是悩まず勝ち馬に乗れ、という事ですわ」
「ときに其方、時に少年の形、時に貴婦人姿。着替えを何処に持って居られる?」
「秘密」
◇ ◇
レッド一行、お迎えの見習い執事に随いて東の高台へと向かう。
「御屋敷町に向かってますね」と、ファッロ。
「執事について行きゃ左様だろな」
ブリンひそひそ話す。
「あの少年執事の乗ってる一頭立て軽馬車・・紋所見えますか?」
「荊冠に戦棍のぶっ違いか? 物騒な紋所だな」
「あれ、市長さんちの紋章です」
「刑吏のマークかと思った。胸撫で下ろしたぜ」
やがて丘の上。
御屋敷立ち並ぶ一番端に公園のような場所がある。
少年執事駒停めて振り返る。
「此方へ何卒」
庭園に四阿が有り、中の円卓に人影。
「なんかデジャブ」とアリシア。
人影は、御髪こそ黒々としては居るが落ち着いた老婦人。微笑んでいる。
◇ ◇
モーザ河畔、冒険者キャンプ。
「親父さん、今日もボウズでしたね」
「壁裏、墓穴、井戸の底・・鐚一文出ねぇ」
「そもそも俺ら貧乏人だもの。あぶく銭が手に入ったらドコに隠すとか考えたこと無いもんなぁ」
「悲しいこと言うんじゃねぇ」
「パンは隠すぜ。盗み食いされちまわねぇように」
「どこに隠す?」
「いつも背負ってる背嚢の底に」
「そうだ! 城ん中をなぜ探さねえ? 明日御家老に言ってみようぜ」
◇ ◇
エリツェの町、御屋敷町の庭園。
「そちらの騎士殿がレッドバート卿ね。甥から聞いているわ」
「あ・・やっぱり」
「今日のお宿をと思ったのだけれど、わたくしの侘び住まいはちょっと手狭で・・それでカイちゃんの屋敷のお部屋を借りることにしたわ。すぐ近くの斜向かいよ。案内するわ」
老婦人立ち上がる。おみ足が少々不如意なのか銀の細い杖を手になさって居るが、優雅な仕草で歩み出す。
「あ、申し遅れたわ。わたくしの事はマッサの小母ちゃんって呼んでね」
「え?」
斜向かいの屋敷というのが銅板葺の立派な屋敷だが、そう、壁面のガーゴイルが些か不気味だ。
所謂あの・・ちょっと出そう、というやつだ。
「少し趣味悪いでしょ? でも中は広いし快適よ」
到着のタイミングを測っていたのか、初老の執事が門を開いて礼をしている。
「それじゃ、夕食の時に、またね」
老婦人、すっと滑るような不思議な動きで庭園の方に帰って行く。見ると木陰に童話にでも出てきそうな小さな建物が見えた」
「こちらでございます」
執事に促されて玄関に入ると、明り取りの窓から分厚い緋色の絨毯に一条の光が差していて、芝居の舞台かという内装。みな呆気に取られて居る。
「主人は留守ですので、マッサの大奥様が女主人と思し召されませ」
「カイちゃん誰?」とアリシアが小さな声。
通された先には大きめの談話室を囲んで個室が十二ほども有る。
「ご就寝にはお好きな部屋をお使い下さいませ。ではごゆるりと」
執事、音も無く姿を消す。
「ここ、もしかしたら嶺南侯カイコバート様の別邸じゃないでしょうか。先ほどのマッサの大奥様は市長閣下のご母堂様です」
ファッロの声が震えている。
そう言やぁクラウス卿、城代家老様の御子息だったっけ。
こりゃレベッカちゃん、彼の側室んなったら凄い玉の輿じゃないのか。アル卿が言ってたとおりだ。
不図見るとブリンが真っすぐ此ッ地を見ている。同じこと考えてるようだ。
「なぁ兄さん、マッサって名前・・どっかで聞いた覚え・・ねぇか?」
「もう亡くなられましたけど嶺南じゃ有名な豪傑ですよ。赤鬼マッサとか撲殺兄弟と言えば伝説級です」
・・もしかして、あの助修士の両足を馬ごと鎖分銅で吹っ飛ばしたって赤鬼か?
「もしかして、ここ魔王の城か?」
◇ ◇
ランベール城の一室、燭台の小さな灯り。
家老アンリとクラリーチェ嬢、差し向かいで古酒の杯を傾けている。
「此の俺って実は、そんなおっさんじゃ無いんだぜ。若くして家老職を継いだから其れなりの貫禄が必要でな」
「わたくしの義兄も未だ二十代と言ったら皆が驚きますわ。遍歴の騎士だった頃に舐められたくなくて好んで老け造りした所為とか言ってをります」
「俺の兄は結構年齢が離れてて、もうジジイに近い。出家してから一層老け込んだ。今の修道会に居られなくなったら、もっと老け込むかな・・」
「若返る様な所居にお誘いしても宜しう御座いますよ」
「前も話したが、俺は先代様のお手付きで書類上は末弟として生まれ、家老の家に養子に入った。だから実の父親とは一の乾分というか歳の離れた悪友というか・・悪い関係じゃ無かったが親子らしくも無かった。だから・・二人の半血兄弟が一番家族っぽいんだ」
「新しく出来た妹さんは何如なのです?」
「惜しいな。男だったら当主の器だ」
「一緒にいた男は?」
「実は、妹をモノにしてみないかと唆して置いた」
「あははは」
◇ ◇
エリツェの町の丘の上、嶺南侯別邸で夕食。
なんだか人が多い。
執事さんの言っていたとおり、マッサの大奥様が女主人っぽい。
「ご紹介するわ。ご飯というと直ぐ集りにくる妹のワリーに、療養で当館逗留中のフィニ嬢と侍女のラ・セルヴィ夫人。それに主治医のエステルちゃん」
なんだか貴婦人っぽいのが沢山いる。
「こちらは甥の友人でレッドバート卿とそのご一行よ」
・・友人に昇格してしまったレッド、目一杯恭しく一礼する。
「姉様、彼方のお坊様はレオン兄様の・・?」
「こら、その名前は内緒」
「おっと」
妹様というのは大奥様をちょっとふくよかにした感じで、よく似て被在る。
主治医さんは若くて、一際目立つ美女だ。
「おれ、こんなテーブルに着いていいの?」とイェジ。
「勿論よ。冒険者さんって皆な兄弟なのでしょ?」
大奥様、若干誤解があるようだ。
「我らも皆兄弟でござりまする」
前に聞いた気がする台詞。
迎えに来てくれた青年執事もサーブに加わって、豪華な夕食が始まる。
「フィニ嬢の医療食なので一風変わっているかもしれないけれど味は良いのよ」
「わっ、これ美味しい!」
アンヌマリー相変わらず遠慮と無縁だが、却って歓迎されて居る様だ。
確かにこの、一度叩いた肉のステーキは胃に優しくて味も良い。アリシアも随分気に入った様子だ。
食後酒も滋養豊かな薬酒だそうだが、美味いと言うと、エルテスで漬けていると三師が得意顔なさった。
◇ ◇
食後、談話室に集まって明日の算段をする。
男性陣は公文書館で調べ物、女三人はわんにゃんコンビをボディガードにしてお気楽に街歩き。ファッロ夫妻は自宅に戻るとのこと。山の手寄りの結構いい場所に在るらしい。
なんだか殿様気分の一夜であった。
これでいいのか?
続きは明晩UPします。




