67.夜逃げ男も憂鬱だった
嶺南州、ラマティ村。
「アンヌマリーに頼み?」
「ちょっと会って貰いたい人がいるんです。秘密厳守で」
ファッロ氏に頼まれてしまった。
「あなたは信用できる人だと思って・・」
そんなこと言われると弱いレッドであった。
「誰に・・会うんです?」
「プフスの町で、ちょっと問題起こしちゃった人です」
「もしかして、雲隠れしちゃった婚約者?」
「そう。そのルジェーロ・カプレッティ男爵です」
「この村に匿ってたんだ・・」
「村長してる義兄に頼み込みまして」
「成る程、ひとに知られちゃ不味い訳か」
「街の自宅に投石とか絶えませんでね、夜逃げして来てるんです」
「身から出た錆っぽいけどなぁ」
「ま・・そうなんですけどね。捨てても置けなくって」
「その人が、アンヌマリーに何の用事なんです?」
「彼女が昨夜、彼の妹さんと話してたと聞いて、ひとこと様子が聞きたいって」
「ファッロさんが話すんじゃ駄目なのか?」
「いつも俺の口からばっかりですから」
「ミランダさん通しちゃ駄目なのか?」
「女の敵だっていって嫌われてます」
「妹さん本人は?」
「女の敵だっていって嫌ってます」
「でも、匿うのは妹さんの頼みなんだよな?」
「『あのカス隔離してっ!』って」
「たはは」
結局、彼女にやんわり事情を話し、ブリンと三人だけで会いに行く。
農家の離れに、農夫の格好をした若い男が俯いている。
「あー、顔だけは良いんだ」
アンヌマリーの開口一番。
「妹・・どうしてました?」
「いろいろストレスが多いみたいよ。飲むと正体無くすもん」
「酒癖悪いんだ・・」
「正直、ずいぶんね。でも、暴れたりはしないタイプかな。陽気になり過ぎて・・踊りまくって・・最後は脱いじゃうかな」
「金持ちとの縁談次々押し付けたら家を出ちゃって・・次は僕が金持ちとの縁談に乗って・・初めて妹の気持ちが解りました。妹も来春は二十三です。全部僕の責任ですよね・・」
「そういう言い方、彼女は嫌うと思うけどね」
「僕の所為で虐められたりとかは・・?」
「無いわね。そんな奴は姐さんが簀巻きにするだろうし、それ以前に身元知られてないでしょ」
「そうですか・・」
それきり何も追わなくなった。
ファッロの顔を見たら黙って頷くので、お暇した。
「お手間取らせました。それじゃ、エリツェまでご一緒します」
「あんな程度で良かったの?」
「十分ですよ」
村長さん一家に見送られる。村長の奥さんは威勢のいい感じ。妹さんと同年輩の若い嫁さんだ。お父上は優しい感じ。明るい家庭のようだ。
「ローラさんもエリツェに行くの?」
「ふたつのまちに、おうちがあるの。いったりきたり」
アリシア、年齢が近いのか既う仲良くなっている。
・・年齢が近いって言えば、レベッカが居ない日って久しぶりだな。
ふと寂しくなるレッドであった。
◇ ◇
ランベール城、図書室。
黒髪娘が『ランベール家家譜』を繙く。
老師と鼻眼鏡の徹夜組は舟を漕いでいる。
「お前も徹夜してやがったな」
アンリ、義妹の寝顔を見て呆れる。
「御家老は結婚なさいませんの?」
「女は嫌いじゃ無いんだがな。子供の時に変態カップルの痴態を見て仕舞って割と衝撃だった。以来嫁とる気にならん」
「あっと・・この条ですわね。ティベル・ランベールがガイ2世をバスチュルダと罵る場面。確かにマリュスさんの仰るように、ティベルが自分はガイ1世の正しい相続人だと主張した様にも読めますが、ガイ2世にはコルネリアの財産の相続権が無いと言っているとも読めます」
「隠された財宝を争っていると言うことか」
「そう読む方が自然でしょう」
「指輪を作ったのがコルネリアだったら、可哀想な母親だな」
「コルネリア・アフリカーナの宝石とは正反対になって終いましたからね。彼女のお墓はどこに在るのでしょう?」
「ミシェルが起きたら聞いてみよう」
「優しいのね」
「ふん。寝坊の理由を考えたなら叩き起こしても良いんだがな」
◇ ◇
ラマティ街道を西へ。
「日暮れ前にはエリツェに着きます」
「姐さん、どの辺まで足延ばします?」
「嶺南にできた新しい冒険者ギルドを見てみたいの。勉強になるかと思って」
「それなら、おれが案内するにゃん。知り合いもいっぱい居るのにゃ」
「婚約者がいるかも〜って?」
「婚約者じゃないです。多分ご本人未だご存知ないですし」
「でも、お父上さん既うヨメ扱いしてたよね」
ラリサ嬢、アンヌマリーとアリ坊に挟撃されている。
「おれ、もしかして二、三度見かけたこと有るのにゃ。ガサツでオレがオレがぁな冒険者どもと一味違ってたから、なんとなく記憶あるにゃん。残念ながら連れてた従者が威勢のいい小生意気小僧で、そいつの印象ばっかり残ってるのにゃ」
「ジミメ?」
「ってより控え目紳士。背はすらっと高かったかにゃー」
「顔は? 顔は?」
「おれ猫だから、ニンゲンの美醜は解らないのにゃ」
「情報がウッスいわね」
「アンヌマリーさんは、エリツェの遊郭に興味あるみたいですね」
「まぁね。知り合いの馬鹿女が男に捨てられて、そういう処に流れ着いてるかなーとか、ちょっと思っただけ」
「就職すんじゃないんだ」
「ユリアナさん気苦労しながらも自立してるし、ローラちゃん旦那さんと熱々だしラリサちゃん経営者道爆進中だし、レベッカちゃん達観して信仰の道だし。一寸と旅して来ただけでも女の色んな生き方見られたわ。田舎町でずうっと燻ってないで良かった」
・・大丈夫だよな? あの子、クラウス卿の側室の座を虎視眈々と狙ったりとか為ないよな? レッド、祈る。
◇ ◇
「あ、起きた」
「うひゃ!」
ランベール城。
気が付いたらクラリーチェ嬢の黒い瞳に至近距離で見られていて、悲鳴をあげる侍女。
「ランベール家のお墓・・どこ?」
「お嬢さん怖いですぅ」
「今の・・悪い夢みるぞ」と、アンリ。
「ほんと心臓が口から出そうでしたぁ」
「ほら、こんな図太い女でも震えてる。お前さんは世界で三番目に怖い」
「順当な順位と思いますが、なぜ三番?」
「勘だ」
「それで、ランベール家のお墓・・どこ?」
「こないだ弟を埋けたのは、べラリアンスの丘の麓ですぅ」
「それじゃなくて昔のやつ」
「古いのはあっちこっちですぅ」
「初代のお母上、コルネリアのお墓は?」
「古すぎて分かりません・・。『コルネラの鐘』なら三日月湖の畔りに今も建ってます」
「三日月湖の畔り・・とな」
「今日は既う日も暮れます。明日行ってみましょう」
「そうだな」
二人、席を立つ。
ドア前で振り返ってアンリ・・
「ミシェル、また朝まで為てんじゃないぞ」
◇ ◇
ラマティ街道で森を抜けるとエリツェの東見附側を通る。
「ほら、見えたにゃ」
葛折りの坂の上に町の外壁。
「日没の閉門まで余裕だったでしょ?」と、ファッロ。
「入市手続きが面倒って聞いたんだけど」
「俺ら夫婦が市民なんで、紹介状とか不要です。一緒に行けば門を通れます」
エリツェの東門。
跳ね橋前に入市審査待ちの列が出来ている。
行列を横目に最前列近くまで進むと、門衛「ヨッ」と声こそ出さないが、そんな感じでファッロと会釈を交わす。
「これでいいのかよ」とブリンが目を丸くする。
「市民だって知ってますもの。あんなに並んでるんだから門衛局の人だって省略で済ませるものは済ませますよ」
「持ち込み商品に課税とか無いの?」
「武器の持ち込みはチェックありますけど、騎士さんやお坊さんの一行は身体検査無しです」
「楽すぎない?」
・・と、思ったら文官みたいな人が何か書類をめくっている。
「あ、ちょっと此方へ!」
脇の方に誘導される。
「そんなお気楽な訳ゃ無ぇと思ったよ」
ブリンが呟く。
続きは明晩UPします。




