66.別れの朝も憂鬱だった
朝。
役所街のギルド前。
アリシアとレベッカが抱擁している。
「じゃあ・・」
接吻して別れる。
小さく手を振るレッド。
馬に乗ろうとするブリンにレベッカが駆け寄って背中に抱きつく。
「わたしの騎士さん、さようなら」
「よせやい。永遠の別れじゃ有るまいに」
ブリン、頭をひと撫ですると人差し指で頬をちょんと突く。
「元気でな」
皆の後ろ姿にレベッカ、もう一度大きく手を振って叫ぶ。
「お元気で、さようなら!」
◇ ◇
「よかったのかい? 恋人だったんだろ彼の少年・・」
微妙に違うがレベッカ敢えてコメントしない。
「わたし・・聖ジェロームにご厄介になるんです」
「あそこの尼さん結構用事で街に出て来るぞ。先刻のおっさんも「永遠の別れじゃない」って言ってたろ」
「そうですわね」
「俺はグイ・ド・クレスペル。半分ここの職員みたいな冒険者だからな、顔合わす機会もあるだろ。レベッカさんだったな?」
「こちらは貴族さんが多いのですね」
「ってか貴族崩れ・・な。代官所との遣り取りも多いから、舐めらんねぇ為ならば時にゃ捨てた血筋も笠に着るのさ。前のギルマスも元男爵様だし、大姐御も相当なもんだ。ユリアナちゃんも・・ありゃ些少違うか・・」
「私がどう違うって!」
「そりゃお前、家名出したら舐められっだろ?」
「ぐっ・・」
「おい、オシリスキー! 仕事だ、仕事!」
「へいへい」
ギルド、受付業務が始まって忙しくなる。
◇ ◇
大河を見下ろす崖の上、ランベールの城。
「ここだ」とボーフォルスの家老アンリが指差す。
風に黒髪靡かせて委遅と蛇行するモーザ川を眺めるクラリーチェ嬢。
アンリ、その視線に気づく。
「あの三日月湖周辺を中心に探させてる」
「理由は?」
「地形がそれっぽい」
アンリ・ジョンデテ、鋭い直感で素早く動くが、あまり論理的でなかった。
「研究班を紹介しよう」
二人、城へと向かう。
◇ ◇
ラズース峠。
「あそこが関所でござりまする」
と、聞くと何故かアリシア駒を進め、番兵の前で下馬する。
番兵、その後ろにヴィレルミ師の姿を認め言葉を掛けようとする前に・・
「ロレンツォさんって、居る?」
「ん・・俺だが?」
返事を聞くやアリシア、彼に背を向け腰に手を当てて、お尻を振るような仕草をする。
そして腰を捻って番兵の顔を見る。ロレンツォという番兵大きく頷く。
「一同、通ってよし!」
「あー・・。じゃ、また今度な」とヴィレルミ師が彼に会釈。続くブリンも黙って会釈。レッドも帽子をちょっと傾けて会釈。以下略・・
一同早々に通関する。
番兵の顔が見えなくなった辺りでブリン。
「なんだありゃ・・。顔パスならぬ尻パスか?」
「昨夜レベッカと寝てたらミランダさんが来て、いろいろ教えてくれたんだ」
「なんだそりゃ・・。穏やかじゃねぇな」
「探索者ギルドじゃあ身分証とか無くって、代わりに、レヴェランスに似た仕草で独特のステップ踏むんだって。そのステップに夫々仲間しか知らない流儀があって秘密の符牒なんだってさ」
「あの尻振りが符牒なのかよ」
「ミランダさんが言った。あのひとお喋り長いからって」
「うーん。確かに・・するっと通れたなぁ」
騎士ロレンツォ・ダ・クレスペレには通じた。
◇ ◇
ランベール城、図書室。
僧侶と鼻眼鏡の若い男、それに侍女姿の若い女。三人でチーズを酒肴に葡萄酒を飲んでいる。
「老師、朝っぱらから良いご機嫌ですな」
「先生がた徹夜でご研究だから、お眠みになるようお持ちしたのですわ」
「お前は徹夜じゃないだろ。亭主は働いてるぞ」
「堅いこと言いっこ無しですよ義兄さま」
「ッたく皆んな兄弟姉妹ん成っちまいやがって」
「御家老、お早いですな」
「俺にも一杯くれ」
「朝から宜しいんで?」と鼻眼鏡。
「飲まずに居られるか」
「はい。隠し酒蔵で見つけた年代物ですわ」
「そんな場所あったのか! 隠し金蔵は知らんか?」
「わたくしにも一杯くださる?」
「あ、すぐグラス持って参りますわ」
女、ぱたぱたと走り去る。
「紹介しよう。世界で三番目におっとろしい女だ」
「ん・・順当」と黒髪を掻き上げる。
「手掛かりをお持ちしましたわ」
二つの指輪を取り出し、卓に置く。
「獅子の角! この本じゃ」
グァルディアーノ老師『ランベール家家譜』の表紙を示す。
「わたくしは、この"CORNU LEONIS"に"CORNELIUS"という人名のアナグラムが隠されているの考えます」
「若しや・・初代ランベールの母、コルネリアの男性形か・・?」
「"NO CORNELIUS"を『コルネリウスは居ない。コルネリアが居た』と読むなら此の二つの宝石は・・」
黒髪娘。老師を上目遣いに見る。
「賢婦コルネリア・アフリカーナの二人の息子に凝えた・・と見る可きですか・・のう・・」
「両家の開祖が同母兄弟という説だ! 俺はもう驚かん。昔も今も両家は親兄弟がごちゃ混ぜだ」
それを聞いた鼻眼鏡のマリュスが興奮気味。
「ティベル・ランベールとガイゼリック2世が実の兄弟だとして、ティベルがガイ2世を私生児と罵ったのは、父ガイゼリックと母コルネリアが結婚していない事を言ったのでは?」
「彼が自分の父親を帝国人だと信じて居れば左様いう意味かも知れぬのう。じゃが是の指輪を作ったお人は同父同母の兄弟と思って居ったようじゃのう。コルネリア本人かどうかは知らぬが」
「父親が誰だかなんて、実は産んだ母親丈しか知らんのじゃないか? 若殿も俺もアリシアが腹違いの妹だなんて若・・奥様が言うまで思い付きもしなかったぜ」
「義兄さま、あの子に会ったの? どんな様子でした」
背後、侍女姿のミシェル・ジョンデテがグラスを手に帰って来ている。
「特にひどくは驚いても居なかったな。薄々察してたのかも知らん」
「夫が仕事してるって、嘘でしたね。まだ寝てましたよ」
「あのばか、家中一番の剣士とか言われて慢心しとるのだ。稽古怠ったら直ぐ若い連中に足元掬われるぞって言っとけ。いやお前、あいつを寝かしてやれ」
この兄弟も父親違いだが仲がいい。
一番上の兄は先代が亡くなった時に家老職をアンリに譲って出家した。
「うちが南岳派に走ったら、兄貴の立場悪くなるかなぁ・・」
「兄上様も此方に誘ってお仕舞いなさいな。それよりお酒、お酒」
「ああ」とアンリ、グラスを取る。
◇ ◇
ラズース峠を越えて坂を下る。
「麓にあるのがラマティ村。関所の閉門時間に間に合わなんだ粗忽者が宿をとる所でござりまするが、我らはエリツェに直行で宜しかろう」
と思ったら、村の入り口で手を振る者が有る。
見覚えあるファッロ氏の横でも、童顔の女性がぶんぶん手を振っている。
「みなさんおウマだから、うちで早おひる食べてくと、ちょうどいいですよー」
「ファッロさん・・娘さんじゃ、ないよね?」レッドおづおづ聞く。
「女房のローラです。昨夜はずっと厨房に居たんでご挨拶出来ませんでした」
「いつ関所越えたんだ?」
ブリンが訝しむ。
「そこはそれ、近所付き合いで・・」
あの番兵の顔パス組らしい。
「あの番兵してるかた、歴とした騎士様なんですよ。人相見が趣味で番兵やってるんです」
変わり者らしい。
「なんでも、一度見た顔は忘れないんですって。生き写しの似顔絵とかもさらっと書いちゃう」
なんか異能持ちなんだろうか。
「ごはん、できてまーす」
「なんか可愛い奥さんですね」
「えへへ、見た目は十人並みですけどね」
軽い気持ちでお呼ばれしたら、村長さん一家とかが続々出てきて大宴会になって了った。
「俺、今日はエリツェに行く予定の日で、ミランダ様から皆さんを案内するように言われてるんです」
お坊さんで足りてるとは言いづらくて、宜しくお願いしてしまう。
「ところで、お時間は取らせませんから、一寸だけお願いが有るんです。正確にはアンヌマリーさんに」
「彼女に?」
続きは明晩UPします。




