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65.別れの夜は憂鬱だった

 嶺東州都プフスブル、役所街のギルド。

 入り口の木戸が勢いよく開いて、見覚えある人物が入って来る。


「来ました」


「早かったな」

「早かったわね」

 ミランダ女史とラリサ嬢の声が揃う。

 真っ直ぐ女史のところに行って頭を下げるヘルミオーネの後ろ姿。


「レッド、彼女のお尻・・好き?」

「な・何を!」

 アリシア、声を殺して唐突に変な事を囁く。


 この世界、女のスカートはくるぶしが出るか出ないか。男の上着は田舎だと膝が出るくらい、都会だともっと短いが、最もナウい『プールポワン』はウエスト止まり。つまりお尻のライン完全露出なのである。

 アリ坊の服も会った当初はミニスカくらいの丈だったが、カーラン卿の見立てた現在着用のお小姓ルックが是の『プールポワン』である。


 レッド、男装した『少年』ことヘルミオーネとはウスター城下で初めて会った。ラリサ嬢の知り合いという程度の事しか知らない。

「好きかと言うなら、結構鍛えてて格好良いな」

「見るな!」

「お前が聞くから見たんだろ」


 ミランダ女史、ヘルミオーネの肩に手。スレンダーだが引締まった彼女の体格を確かめている・・と思う。

「メッツァナの方は?」

「あっちには長期休暇を申請して来ました。しばらく修行に専念します」

「ヘルミオーネ、あなたも決断早いわね」

 ラリサ驚きを隠さない。

「・・(ん? なんで先にミランダ様が知ってたの?)」


                ◇ ◇

 量は過ごさないと言っていた修道士、彼らには珍しくもないエルテスの長期熟成黒ビールを結構飲んでいる気がする。


「で・・例の本が嶺南に現存するのは間違いないので・・ごじゃりまするな?」

「最後の目撃が二十年前なので確実とは申せませぬが、場所の手掛かりは手に入れ申した」

「して、その場所は?」

「嶺南のマレリなる騎士家で御座りまする」

「ふむ。其れならば、エリツェプルの公文書館に行けば所領が何処かは見当付くでごじゃりまする」


 宴会の喧騒の中、極秘事項をくっちゃべって居られる。


                ◇ ◇

「お坊さま〜ン。飲んでます?」とアンヌマリー。

 飲ませてるのは此奴こやつのようだ。


「ねぇ、エルテスの遊郭街って、どんなとこ?」

「それ、修道士に聞きます?」『笑う骸骨』師にこやかに返す。

「良いところでごじゃるりまする」

「ほら、知ってるじゃない。メッツァナの色街には脂ぎった坊さん来てたもん」

「拙僧は脂ぎってませんけどね」

「お坊さまは脂が足りてないわ。わたしの凝脂分けて上げたいくらい」


「いや拙僧も屡々しばしば説法に参るので知っているのでごじゃりまする。修道院の部屋をお借りして、市の方針で嘱託医が定期健康診断をて居りましてな。受けてないと鑑札が下りないので皆出席。拙僧そこで講話とかに呼ばれておじゃりまする」


「なぁんだ。お座敷でちゃかぽこ遊んでんじゃ無いんだ」


「古い話、嶺南には性愛の女神を祀る異教の神殿がごじゃりましてな。人々がみな改宗した後、異教の巫女たちが遊女になったがってることは昔と同じ・・という言い伝えがごじゃりまする。今のなん十代か前か存じませぬが、お山の大司教さまが公式に『遊郭通いは邪教じゃなくて只の風俗』なる裁定をお出しになったとか・・出しとらんとか・・」

「風俗業の女も暮らしやすいわけ?」

「まぁ・・横暴な客を遊郭が叩き出すと、市民が皆な石投げて町から追い出す様な土地柄でごじゃりまする」

「ふぅん・・」


「あら、貴女あの街で働きたいの?」

 若い女が寄って来てアンヌマリーの横に腰掛ける。

「あの町の遊郭街は大きいのが二つ。うち一つは女たちの自主連帯さんぢかが運営してるから暮らし易いんだって」

「へぇ」

「あそこは大昔に、今の国王さまのご先祖が帝国打倒のために作った要塞・・この町のことね・・ここを攻めるために建てた軍団宿営地だったのよ。だから、歩兵がぴったり一日で進軍できる場所で、良い水場があるとこなの。それで、ラズース峠の攻防で大戦おおいくさが有ったの」

「有名な古戦場って話は聞いたわ」


「そのとき今の嶺南侯のご先祖が帝国を見限って東西から挟撃したもんで、帝国は潰走。宿営地ほったらかして南に退却したの。取り残された工兵隊や輜重連隊とか酒保商人が降伏したら、ナンと嶺南侯がパトロンになって宿営地の跡地に自治都市が出来たの。だから、あそこのギルドは大概およそ旧帝国の非戦闘員部隊の子孫なのよ」

「すっごく特殊な町なんだ・・」

「それで酒保商人の連れてた酒場の女たちもギルドを作って、エリツェの町苦難の立ち上げ時代の功労者だったのよ。だから、流石に市政参事こそ出してないけれど遊郭の女将連中は裏の有力者ってわけ」

「もともと大昔に当地は、愛の女神の巫女が遊女だったという古い歴史もごじゃりまする」

 坊さん目が座っている。

「んで、女衒に縛られないくらい売れっ子んなった遊女が、あの町に続々集まって来んのよ。それで益々客が集まるって具合。貴女もそうかと思って」


いや、わたしは冒険者ギルドの受付嬢です。まぁ実質の仕事は飲み屋のねーちゃんでしたけどね」

「あーら奇遇。私もここのギルドの受付やってるユリアナよ。一応貴族いーとこのお嬢サマなんだけどクソな実家飛び出して大姐御ミランダさまに拾われたの」


「スカンビウムって田舎町で受付嬢やってたアンヌマリーって言います。冒険者の資格だけ持ってても詰まんなくて街を出てきたの」

「うっらやましー! 私って所詮事務屋だもんね。この町の風俗は、泣き酒の愚痴聞いて貰いたい野郎のママちゃん役が求められてっから、エリツェがいいよ」

「いや、だから私は風俗じゃなくて冒険者やりたくて・・」

 ・・このお姉さんも、だいぶ酔ってる。


「ユリアナちゃん、今日は踊んねぇのかい?」と、地元人っぽいおっさん。

「期待されちゃあ仕っ方ないなー」

 ユリアナ、卓に飛び乗り派手にスカート捲って踊り出す。


「あ、相当酔ってんな」

 と・・隣りにミランダ様が来る。

「あれ・・大丈夫なんですか?」

「南部じゃ、あのくらいの露出は普通だ。あいつ南部生まれじゃ無いのにな」

「いいんですか? いろいろ見えてますけど・・」

「さすがに股ひろげ始めたら、ぶん殴って職員宿舎に担いでく。一応、まだ大丈夫だろう」

「あれで・・まだ先有るんですか」

「あいつも色々ストレス溜まってるのだ。実家にもいろいろ有ったしな」

 ・・うちの悩みなんで微々たるもんなんだろうかと自省するアンヌマリー。


                ◇ ◇

「アリシアちゃんと旅するのも今夜が最後なんですね・・」

「だっから、思い出作っとけって言ったのにさ」

「思い出はたくさん貰いましたわ」

「小芝居旅行だったし」

 笑う二人。


「いいお尻だ」

「うひゃ!」

 アリ坊、触られる。

「これは、良いフットワークが出来る尻だな。鍛えれば、あっちのお尻くらいにゃ直ぐ追い付くぞ」

 遠慮会釈なく指差す先にヘルミオーネの後ろ姿。

 セクハラされたので殴ろうかと思った矢先だが、ヘルミオーネと比較されたので興味が先に立ってしまうアリシアであった。


「あれも良いの?」

「相当良いな。まぁ俺の知ってる最高の尻に比べたら雲泥だが、相当のハイクラス運動性能ではある。冒険者の階級に喩えればC級に届くか、昇級寸前だ」


「B級だとマイスターなんだよね?」

「そうだ。本当ならば郡に一人いるか居ないかだが、地元での人物評や経営能力の加点でインフレしてっからな。当協会うちの姐御みたいに実戦でも最強クラスってのは珍しいんだぞ。少年、キミも本気で冒険者やるなら此処のギルドがいいぞ」

 無精髭の青年、アリ坊を男と思ってる模様なのでセクハラでは無かったらしい。


「でも、あっちのお尻は女の子でしょ?」

「機能評価だ。男女は関係ないぜ」

 ヘルミオーネのことは女子と認識している様だ。


「男の立場じゃ、使い勝手も機能でしょ?」

「お前、若いのにエロ話もOKか。いやぁ冒険者なら左右そう来なくちゃな。あっちのお尻とかは使い勝手が相当いい。お前もそう思うだろ?」

 アンヌマリーを指差す。この男、遠慮というものが全くない。

「お兄さん、お尻評論家?」


「そう呼ぶ人も居る」と平然。

「わたしは何如どうですの?」とレベッカ。

「今後に期待・・だな。まぁ初物好きは飛び付くだろうが」

「お兄さん、わたし達がしんみりしてたから、故意わざと尾籠な話をなさったのでしょ? お優しいのね」


「いやぁ・・」と、お尻好きの男、頭を掻く。

「嬉しかったですのよ」


「行きましょ」とレベッカ、アリシアを誘ってテラスに消える。



続きは明晩UPします。

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