64.金庫長も憂鬱だった
プフスブル外区、役所街のギルド。
ちなみに役所街にあるギルドは此処一つで、他は商工業地区に在る。
主ホールの一角でギルドマイスターのミランダ・ディ・サバータ=ガルデッリが立ち往生している。
須臾の躊躇のあと、隠すまい、話して口止めしようと決断する。
「あれは弟です」
須臾の沈黙のあと。
「モデスティ様も二十代にしか見えませんものね」
ラリサ・ブロッホ、反対方向に解釈する。
「違う」
ミランダ抗う。
「弟が老けてるんだ。弟は二十代半ばだ」
三人驚愕する。
「じゅ、重厚な風格ある騎士様ですものね」
「と、兎に角だ・・あれの姉と知られたならば、私が年齢面で風評被害を被ること必至。如何か秘密厳守をお願い申す」
余程狼狽したのかミランダ女史、実家にいた頃の侍言葉ふうに戻っている。
「うふー、ギルマスさんの弱み見っけ! 何かお願い聞いて貰えちゃうかな」
S級暗殺者を脅迫する気になっているアンヌマリー。
◇ ◇
王国有数の大都市アグリッパ、探索者ギルドの役員室。
某重役が執務机で思案顔。
「ううむ・・」
唸る。
協会屈指の腕利き二人から引退届が届いた。おまけにメッツァナ支部からは目下期待の若手から長期休暇の申請。
「まぁ・・匂わすような発言は前から有った。しかし、ヘルミオーネも南へ行くと言うし・・まさか移籍とか無いだろうな」
探索者ギルドは高度熟練技能者の組合だ。特定職能持ちのマイスターが一対一で弟子を育てる昔気質な共同体である。新人が育ちにくい。ベテランの廃業は大きな痛手である。
「金庫長、御来客です」
「ん?」
ボーフォルス男爵家の家老アンリ・ジョンデテが尋ねて来る。
「いらっしゃい。依頼だと嬉しいんだが」
「済まんな、領国に帰る挨拶だ」
「そうですか・・」
「法務専門家の派遣依頼は無くなった。訴訟には至らず、略式なれども参審人七人臨席して調停成立だ」
「御目出度うございます。・・(獲らぬ狸だったか)」
遅まきながら、アンリ背後の人影に気付く。
「クラリスさんじゃないか! 帰って来て呉れたのかい!」
「王都に行く用事の序でに挨拶をと寄っただけです」
「人手不足で頭を抱えてたんだ。短期でもいいから復帰して呉れたら嬉しいのに」
「わたくしは無理。仕官したから」
「左様かぁ」
クラリーチェ嬢、掌で背後を指す。
「彼、某男爵家の家臣なのだけれど、家名を名乗りたく無いときに使える肩書きが欲しい。引退傭兵枠で経歴を作れません? 代わりに短期で、本人とA級暗殺者をひとり、都合二人貸します」
「願ってもない」
◇ ◇
プフスブル、役所街のギルド。
ちなみにギルドというのは広狭いろんな意味がある。
熟練技能者であるマイスターと育成中の弟子がいて、渡り職人がヘルプに入る。これが最も狭義のギルドである。
同業のマイスターたちが作った組合もギルド。それぞれの組合長が集まって市民共同体の運営を行うのが最も広義のギルド。そしてまた渡り職人が作る横の連帯もギルドである。『冒険者ギルド』は、これに近い。
これに対して『探索者ギルド』は同業者組合である。肉屋のギルドや金細工師のギルドと同じく、『探し物する人』という共通項のあるマイスター達の組合だ。
つまり本質的に異質な『探索者ギルド』と『冒険者ギルド』を兼業する当組合は結構特殊かつ特異な組合なのだった。馭するのが難しい。
しかも国王直轄領で大守の力が強いここプフスブルでは、貴族社会でも顔が利くギルマスが必要とされていた。
そんな経緯で貴族出身で毛並みが良く且つ物理的に嶺東州最強のミランダ女史が何とスカンビウムのぴちぴち娘アンヌマリーに脅されていた。
だが彼女の要求は実に小かなもの。ちょっと豪勢な晩餐であった。
「派手に『金の仔牛』亭にでも繰り出そうかとも思ったが人数が多過ぎる。それで逆に『金の仔牛』亭の客員シェフを呼んで、ギルドでの宴会とする」
今夜非番だった組合員ラッキーである。
まぁ、なんの事はない。ファッロの女房ローラを呼んで、今は当ギルドの厨房を預かる昔仲間レーナと一緒に料理を作らせるだけだが。
一応、名目はエルテスの御坊様お三方の壮行会にした。
一同にエルテス名産の『すっごく強い黒ビール』が注がれる。エルテスから来た三人ちっとも珍しくないが、組合員には大いに受けた。
どのくらい強いかというと、近郊のビール醸造農家の作る白ビールの約三倍強い長期熟成品である。
「ギル師、僧院では皆様こんな強いビールを召し上がられるのですか?
(・・ってか、こんなの有るのか)」
「量を過ごしませぬので」
普通のビールのつもりで最初の一杯を乾杯で一気に空けてしまったレッド、少し酩酊が来ている。
「珍しい料理が多いですね」
「ファッロ君の奥方がトスキニア出身でしてな、本場の南国家庭料理を作れる実に得難い人材なのでござりまする」
・・ギル師のお連れになった飄々とした学僧、この町にも詳しいし嶺南にも結構土地勘がお有りらしい。
「エリツェの運送業者が最近ルート開発して新鮮な海産物も手に入るようになって参りましたが、嶺東では未だ『金の仔牛』亭の独壇場でござりまするな」
・・話好きの様だ。
「我が師の兄弟弟子に大層な碩学が居られ、その方が冒険者さん達と親しくなって古代の宝探しに熱中する余り由緒ある図書館の館長職を投げ捨てられました。実は拙僧、一寸憧れて居りまする」
・・何だか相当変わり種のお坊様のようだ。
いや、他の二人も相当だが。
「エリツェにお詳しいんですかぁ?」
アンヌマリーが割り込んで来る。
「昔から行ってみたいと思ってた町なんですよ」
「良い所ですぞ。拙僧なぞ何くれと理由をつけて月に一度は参りまする。あそこの蒸し風呂は癖になる」
「あんまり禁欲的じゃーないのね」
「禁欲的ですぞ。あの町の遊郭街は有名でごじゃりまするが行ったこと無いし蒸し風呂屋で裸形の女人に行き逢うても心が乱れませぬ」
「え! 混浴なの?」
「混浴でごじゃりまする」
「それを毎月見に行ってるんだ」
「否否、見えちゃう丈。そして見て劣情が沸かぬのは不能か変態。信仰者は意志の力で自己を抑えまする」
「劣情沸くんだ」
「貴女様のぴちぴちした胸を見てぷるるんぷるるん触りたいのが人の性情、妄りに触らぬのが人の道。僧は人に道を説く者でごじゃりまする」
アンヌマリー納得したような為てないような顔。
「まぁ・・ちょっと前にメッツァナの色街で見た脂ぎった坊さんと毛色が違うのは理解ったわ。それで、エリツェって一体どんな町なんですか?」
「最初は無愛想で突っ慳貪。胸襟を開くとべたべたの仲良し。そんな南部人その儘町になった様な町と申しましょうかな」
「は?」
「市民の紹介状が無いと城門を通して貰えぬのです。でも顔パス有り」
「何だいそりゃ」
横で聞いていたブリン、つい口に出す。
「何でか知らんが昔から左様だとか。一見さんお断りちゅう町でごじゃりまする」
「メッツァナでも宿泊証明書持ってないと巡捕隊に捕まるけどね。浮浪者対策」
「エリツェ・・変な町だな」
「遊郭に遊びにだけ来る者が余りに増えて規制が入ったって噂も耳に致しまするが少々眉唾かも知れませぬな」
「そんな有名なのか」
「遊び呆けて帰りは無一文の者も結構おるそうな」
「そりゃ、可怕ぇな」
「そりゃ兄貴、色街ってな可怕ぇ所さ。その昔この俺ゃ騎士身分剥奪になったとき自棄起こして入り浸ってるうちに無一文。そのまま居残って、娼館の下足番で一年暮らしたぞ」
「おめぇ、その話ゃノビボスコの貧乏自慢大会で聞いたよ」
「話したっけ?」
ヒンツ、あの時だいぶ酩酊していた。
そのとき入り口の木戸が勢いよく開く。
続きは明晩UPします。




