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63.ずばり聞かれて憂鬱だった

 州都プフスブル外区、屋敷街東。

 ボニゾッリ邸。

 家令の衣装を着たクマ公ぼるんという男、絵に描いたような間抜けである。


「最近、景気はどうだい」と問うファッロ。

「見りゃわかんだろぉ絶好調だぁ。ついこの間までおコモかぶった宿無しで、世界でいちばん欲しいものが一枚の股引きだった俺様がだ。見ろ、ちゃんと服着て朝晩飯食ってる」

「昼は?」

「あっ、昼も食ってたっけ」


「ボニゾッリ家はどうなのよ」

「大丈夫だ。誰も死んでねえ。あっ・・旦那以外は、だ」

「皆はどうしてる?」

「みんな居るぞ。新しい仕事めっかったやつ以外は」


「使用人じゃなくて、ボニゾッリ家の人は?」

「大旦那? あいかわらずボケ爺さんだな。でも旦那の妾だった三人が結構律儀な女でなぁ、爺さんのオシメ替えたりちゃんと面倒みてっから大丈夫だ。メシもよく食ってるし当分死なねぇ」


「跡取りの話はどうなった?」

「さぁな。三人相手に日がな励んでてキキせまる感じだったっテェから、誰かしら子供できてんじゃね? 子供出来てりゃオトさんが何とかすっだろ。オトさんってオヂさんな。いや、大旦那の弟だからオトさんでいいのか」

「あ、そうそう。オト・ボニゾッリさんって名前の叔父さんだったな。あの死んだ旦那って六男だけど一人っ子だったんだっけな」


「それより観光スポットにすんならキックバックくれろ。家計のしんなる」

「観光名所んなんか、なる訳ないだろ」

「そんなことねぇ有名だ。芝居にもなってんだぞ。『おごれる者久しからず』って題だったかな。まいどメシおごってたら財布がモタねぇって当たり前のお話だけどな」


「暇だったら観てみるよ」

「オメェいつも暇だろ? 気立てのいい女房働かせて左うちわ、毎日ぺちゃくちゃ噂話したり町中で所構わずごろごろ居眠りしたり、ぐーたら暮らしって聞いたぞ。この俺でさえ働いてんのに」


「だからそれ・・働いてる情報屋なんだけどな」

 ファッロ去り際に呟く。


                ◇ ◇

「お聞きの通りな感じです。当主だった故アッソ・セスト・ボニゾッリ氏は大富豪カプアーナ家の乗っ取りに王手を掛けた積もりが逆転敗訴。まぁ万全を期して計略立てた積もりでも無意識下じゃあ不安が有ったんでしょう。跡継ぎが出来てないと拙い状況です」

「どういう事です? 証拠不十分のままで裁判になれば決闘裁判になるのは分かります。でも身代金払えば命は助かりますよね?」

「意地になっちゃったんですかね。いや、あのかたを見てて『破滅願望か!』ってとこも有りましたし」

「ひとが意地などで死にますでしょうか? 商人の・・イディオン人が」

「そういうのとは違う生き方がしたかったのかも・・まぁ、情報屋だって、ひとの心は解りません」

「・・・」

「この町屈指の大富豪のお嬢さん・・町一番の美女がボニゾッリ氏に凌辱されたと訴えたのはショッキングなニュースでした。お嬢さんの婚約者が騒ぎ立てた感じ。なのに、決闘裁判と決まった途端、婚約者が引き籠っちゃう。実はボニゾッリ氏は最初から最強の決闘請負人をキープしてたんです。クサく無いですか?」

「出来レース?」

 最近ずっと無口だったフィン少年が口を開く。

「そう。入婿殿として身分だけ買われた青年貴族渾身の意趣返しですよ。最初から裏でボニゾッリと結託してました」


「黙っていれば大富豪の当主で美女が妻ですのに、卑怯者の汚名を被ってまで?」

「共感は出来ないけれど、理解はできます。男って結構、意地で生きる生き物なんです」

「そういう情報まで集めたのですか?」

「いいえ、本人から聞きました。実は彼、知り合いの者の実のお兄さんなもので。彼のために隠れ家を見繕ったとき告白されました。他人に言っていいって言われてます」

「あんた何気ねぇ顔して、結構すごい情報屋だな」


「『男は意地で生きる生き物』・・か。俺もあんとき多少はそうだったかな」

「ヒンツのにいちゃん暗い過去?」

「もっとカッコ悪かったけどな。謝りゃ済む事だったのに」

「ボニゾッリさんも似たような心境だったかも知れませんよ。計略使って決闘裁判起こさせて、受けて立って勝つつもりが必勝の計略で敗れてたんですから」


「どんな計略に破れたんです?」

 ラリサ嬢が興味津々の様子だ。

「決闘代行業って仕事は特定の家系だけが就く職種だってのはご存知ですよね? だからボニゾッリさんは訴えられる前から不敗の決闘代行人チャンピオンと契約してた。それで豪商カプアーナ家がいくらお金を積んでも対戦者が見つからない。ボニゾッリ側の必勝だと思うでしょ?」


「ちょっとそれ、お金が有る方が勝つ制度じゃないの!」

 アンヌマリーが憤然。

 まぁ決め手となる証拠が無いのに調停も振り切って当事者が決着を望むんだから法廷も「そんなら勝手にやれよ」となる訳だが、ハンデを課する場合もある。そう言われるほど不公平ではない。そこを・・

「ま、そういう面は確かに有りますね」

 ・・と受け流すファッロ。

「でも、世間ってば『最強王者』には『永遠のライバル』みたいな相手が居るもんでしょ? 飛び抜けて強過ぎる『不敗のチャンピオン』なんかが居るのが特殊なんです」


「それなのに負けたって?」

「決闘『代行業』だから特定の家系限定なんです。無料だったら誰でも構わない。『最強の決闘請負人と真剣勝負できる』って噂を流した人がいて、結局もっと凄い怪物が来ちゃったんです」

 と或る人物の姿が脳裏をよぎるが、考えないことにするレッド。

「噂を流した人?」

 そっちを聞く。

「本当かどうか知りません。けど、ボニゾッリさんは裁判長閣下ご本人だと思ってました。だから、意地を張っちゃったんですよね。法廷で裁判長さんを睨み付けて『あんたが俺をハメた黒幕だ』と言い放った時の顔、よく覚えています」

「傍聴してたんだ」

「情報屋ですから」


「ボニゾッリ家の評判は地に墜ちたのでしょうね」

「まぁ・・お芝居んってるくらいだからアレですかね。町一番の美女の全財産を奪ってあまつさえ自由も奪って愛人に囲おうとする悪役だ。ちなみに婚約者は情けない奴だけれど裏切り者とは世間に発覚ばれてないみたいで・・喋っていいって言われてんですけどね。あんまり自虐のお手伝いもね・・」

「お芝居・・観てたんですね。ボニゾッリ家は?」

「お聞きのとおり、観光名所にはってません。大丈夫ですよ。オトさんって人は遊び人と思われてるけど実は結構しっかりした人だから」


                ◇ ◇

 役所街のギルドに帰って来る。

 怪訝な顔した冒険者が耳打ちする。

「なぁファッロさん・・お坊さんが三人も来てるけど、誰か亡くなったのか?」

「あちらの? いや、嶺南入りなさるご一行だそうだから護衛とかの依頼じゃないですか?」

「そうかなあ。一見して俺より強い人いるぞ」

 確かにギルベール師、寸鉄も帯びては居られぬが其処いらの荒くれなどひと睨みで黙らすだろう。


「じゃ、案内人の募集かな?」

「エリツェでよく見かける方がお一人いますけど」

「じゃあ・・なんだろ?」


「レベッカさん、故ボニゾッリ氏はすっかり悪玉だけど悪評は飽くまでも彼個人に留まってるみたいね」

「私には同族のステレオタイプを嫌った人のように感じられました」

 ラリサの言葉と些少ちょっと噛み合わない反応。

 ミランダが近づいて来る。

当協会うちはカプアーナのルクレツィア嬢から代闘者の募集を委託されてた立場だし亡きボニゾッリ氏の仇そのものなのだけれど、彼の最期は格好良かったと思うわ。今はオト氏と良好な関係よ」


 空気読まないアンヌマリー、聞いてしまう。

「あのぅ・・モデスティ様って・・ミランダさんのお姉様ですよね?」

「いいえ、祖母だけど」

「だけど、髪の色が違うだけ・・みたいな・・」

 ・・ほかの二人・・「あー、聞いちゃった」という表情。

 それでレベッカも、つい言ってしまう。

「クラウス卿のお祖母様だと伺ったのですが」


「・・うっ」


続きは明晩UPします。


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