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62.坊主三人憂鬱だった

 聖ジェローム院、図書館。

「人がバタバタ死ぬ・・と」

「はい、バタバタと」


昔時いにしへに天から星が降って来て、大地に開いた大穴の其の真ん真ん中に、まぁるく草木の生えぬ空き地。その空き地の中心で東方の博士が魔石を掘り起こし鉛の箱に封じたら森は、見事に元通り・・斯様かような話で御座りましたが?」

「その魔石を掘り起こしたる時のこと。人がバタバタ死にました」

「バタバタと?」

「はい、バタバタと」


「東方から来たその博士『草木の生えぬ』姿を見て不吉なものを感じたので御座りまする」

「そりゃ感じますな」

「橋の竣工後など、悪しき物に憑かれるのを避けんと最初に犬を渡らせる、という風習は古くから各地に御座りまする。この時も同じことを考えた様ですな」

「・・(カーニスが留守番で良かったな)」

「犬が無事だったので弟子に調べに行かせたと書かれて居りました。自分が行かぬところがこすいが、行っていたら魔石は世に出なかった事で御座りましょう。すべて結果論ですが」


「それで、バタバタは?」

「魔石より漏れ出す毒素を封じ込めるのに鉛の箱が有効と気付くまで、試行錯誤で死屍累々」

「弟子らが哀れで御座りまするな」

「『博物誌』にはアッサリ書かれて居り申した。十三人目に博士が死んで、それで魔石を知る者は誰もいなくなったと」

「世に出なかったじゃん、魔石!」


「その魔石の在処ありかが分かるかも知れませぬぞ」

「な・なんと!」


                ◇ ◇

 大聖堂、裏手。

「この石段を登ると、すぐお庭ですわ」

 ・・レオノーラ様が時おり振り返って説明してくださるが、もう帰り道が薩張さっぱり分からない。

「随分と入り組んでいるのですね」

「長年ずっと無計画に増築し続けて来ちゃったの」と笑う老婦人。

 開けた場所に出ると、花壇に囲まれた四阿あづまやが有る。煉瓦塀の向こうには修道院の屋根らしい西班牙瓦。

「あれ?」

 四阿で瀟洒な椅子に掛けている女性。三人は、その顔に見覚えがある。


「モデスティ様、お連れしました」

「皆さん、お待ちしていましたよ」

 嫣然と微笑む貴婦人はギルドのミランダと同じ顔をしていた。


                ◇ ◇

 再び図書室。


「ううむ」と唸るヴィレルミ師。

「拙僧の考えでは、その『鉛の本ライトブーフ』なる恐ろしきアイテムが、『呪いの星降り』に登場する鉛の箱を魔導書に擬装した物なのではないかと」

 推察を述べるギルベール師。


「しかし、みんな死んじゃう危険なブツなんて、どう加工したのかねぇ」

 ブリンの何気ない独白に、教会の知識階級三人顔を見合わせる。

「まさか、職人使い捨て人海戦術とかだったら怖いですな」と、笑う骸骨氏の目が珍しく笑っていない。

「まぁ、紙の頁に性(たけ)きこと貔の如き砒霜を塗り込んで『毒の本』を作った職人も自分が死なぬ工作技術を有していたので御座りましょうし」

「悪意を抱く人々の暗い情念には底という物が無いのですねぇ」


「結局それは『呪い』なのでしょうか?」

 レッドもつい聞いてしまう。

「下を人が通ると石が落ちて来て頭が潰れる様に仕掛けた人の心に湧いているのは紛う事なく『呪い』なんだと思いますよ。物が上から下へ落ちるのは『呪い』じゃありません」

「左様。不動なる者の第一起動は善悪に関与致しませぬ」

「それ・・異端じゃ無いですよね?」

「た・多分」


                ◇ ◇

 中庭の四阿あづまや


「あー、この甘いチーズが葡萄酒にとっても合いますね」

 アンヌマリーぜんぜん遠慮がない。

「南へ行ったら是非エリツェプルの町へお寄りなさい。わたくしは引き籠って永いけれど、屹度きっと今でも大層賑やかで美味しいものが沢山あるわ」

 モデスティ様、赤葡萄酒がお好きのよう。特に紅を引いたでも無いに色鮮やかな唇が濡れ滴るさまが艶かしい。

「ねぇ本当はミランダ様の姉君なんでしょ?」

「あぁら、今日は若い娘さん達が来ると思って若造りをし過ぎたかしら」と笑って返す。

 レオノーラ様も微笑む。

「いつもお若いですよ」


「この直ぐ西側の峠を越えればう嶺南州よ。ラリサさん、少し足を延ばして最近出来た新しい冒険者ギルドを覗いてみると楽しいと思うわ」

「お気遣い下さり、嬉しいです」

「ギルド開設祝典の御前試合でアシール卿が優勝なさったのよ」

「え! ・・(本当に引き籠って被居らっしゃるの?)」

「うふふ。素直に嬉しそうになさるのね。あなた方の事は結構前から知ってるのよ。ザミュエルからも聞いてるし」

「誰だっけ、それ」

 アンヌマリー理解が追いつかない。


「レベッカさん、お二人が南部を回って来る間ここに留まって暮らしてみない? 気に入ったら、その後もずっと」


                ◇ ◇

 た図書館。


 ギルベール師、故意わざとらしい仕草でヴィレルミ師の耳元で囁く。

「『鉛の本ライトブーフ』の手掛かりは既に得申した。これが『博物誌』謂う魔石入りの鉛の箱だとすれば、師は是を探さずに居られまするかな?」

「をををを・居られまするものか」


「カルヴァリーニ師は、祓魔師の職務として悪霊を追い出す仕事をなさいまする。悪霊なぞ憑いていなくとも似たような異常なら解消するのが仕事です。酒毒にあたり正気を失った者の手から酒瓶を引き剥がすのだって彼の仕事でござります」

「げげげ・げにも。鉱石の毒でも頭の打撲でも窒息拷問でも、ひとの心の状態異常は起こりまする。それは事実」

 詰め寄る修道騎士。

「ヴィレルミ師。飽くなき知の探究を目指される師と害毒の根を断ちたい我らとは相容れぬ所も御座りましょう。然し一旦で結構。魔石の仕込まれた魔導書の行方を探すのにお力を拝借出来まいか」


「そりゃ勿論見てみたい物で御座りまする」

「軽いなー。せっかく修道騎士さんが政治的に動きたい本心おくびにも出さず猫撫で声出してらっしゃんのに」

「ブリン殿、身も蓋も無いこと言わんでくだされ」


                ◇ ◇

 レッドら、ギルドに帰って来る。

「あれ? 坊さんが増殖してるにゃん」

「嶺南入りに同道する皆さんだ。いろいろ調べたいことが有るらしい」


「ただいまぁ」

 女子組も帰って来る。レベッカ意を決した様子で歩み寄る。


「レッドさん、ブリンさん。そしてフィンくん。随分お世話になりました。わたしモデスティ様のところでご厄介になろうと思います」

「僕もお世話したけどなぁ」

「された様な、したような・・」

 徐ろにアリシアにハグして口づける。

「在家信徒のままで居るので、諸々の手続きは不要だそうです。私的な居候です」


 おじさん二人にも順にハグ。フィンにはちょっと耳打ちする。

「・・(アリシアちゃんが何時までも男の子の格好してるの、あれでレッドさんにアピールしてる積もりなんだから、フィンくんも迂闊うかうかしてたら駄目だからね)」

「え?」

「あたしは無いの?」

 アンヌマリー逆に抱きついて胸で窒息責めする。


「ぷはっ。皆さんが嶺南州に出発するまで一緒にいさせて下さい。それと・・」

「それと?」

「この町のボニゾッリ家・・どんな具合なのか、やっぱり気になって・・」


「それじゃこっそり覗きに行くか」

「おーい、ファッロ! 居るかい?」とミランダ。

「案内しておやり」

 見るからに人が良さそうだが頼りない感じの男、ひょこっと現れる。

「情報屋だよ。最近は組合員みんなの世話役かな。因みに、彼のその外見が一番の商売道具だ」

 ミランダに心を読まれた感じ出して冷や汗かくレッド。


「じゃ、夕飯前にちょっと行っちゃいましょうか」

 ギルドがあるのはプフス外区の役所街。屋敷街東まで大した距離ではない。直ぐ或る大きな邸宅前に着く。

 大きな屋敷だが門番が居ない。

「なぁるほどね・・」

 察するレッド。


「おおい! クマ公ぼるん

 ファッロ、大きな声で呼ばわる。

 程なく家令らしき服装の小太り男が現れる。


「なんだい大勢引き連れて。今日の仕事は観光ガイドかぁ?」



続きは明晩UPします。

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