61.編集者も憂鬱だった
宿坊。
「本山の祓魔師カルヴァリーニ、生前で御座りまする」
「ギル師、それ、言い直す必要有ったけぇ?」
「皆様が、明日はプフスブルの聖ジェローム院に向かわれるとの事ですので、私もご一緒にと」
「祓魔師さんというのは、どういうお仕事をなさいますの?」
「ひらたく言えば心の安寧恢復の相談員ですね」
「ひらたくないよ、それ」
「東に畏れる人あれば行ってコワクナンテナイヨと言い、西に叫ぶ人あれば行ってナンデモナイヨと慰め、一日ちょっとの麦粥を食べる人です」
「木偶の棒って呼ばれてんだろ」
だが『笑う骸骨』師、静かに笑っているのだった。
やがて宿坊の一部屋を女の子部屋にして四人去り、野郎共が残る。
「では、明日は拙僧が先導してジェローム院に詣り、女子組は尼寺を拝観、我々は碩学ヴィレルミ師を訪ねて後ほど合流という流れで如何?」
「聖ジェローム院って尼寺も有んのかい?」
「州都プフスブル近くの一つの丘に幾つかの修道院や尼僧院が集まって居りまして其れを代表格のジェローム院の名で纏めて呼んで居るだけで御座りまする」
「んー。先に町の冒険者ギルドに寄っちゃ駄目かな? 手紙を預かってるんだ」
「無論構いませぬ。集合場所にしても宜しいかと」
◇ ◇
宿坊別室、真夜中の女子会。
「ねぇねぇ。ウスターの街で逢った南部の伊達男さん、格好よくなかった?」
「アンヌマリーさん、ぴったり貼り付いてましたね」
「ちょっとチャラい」
「そうかなぁ。タッチも無かったし紳士だったよ」
「彼の方、独身の男爵さまですよ」
「え! もっとアピールしとくんだったわ・・。北のブラーク城にいたワイルドなお兄さんもだけど、南部人ってイイ男多くない?」
レベッカぴくりと反応するが・・
「でない人も逢った」と言うアリシアそれ誰のこと?
「ラリサさんは決まった方が御在なんでしょう?」
「あ・・こっちに振る?」
「どんな殿方?」と、三人声を合わせる。
「い・・え。お目にかかった事ないの。殿様以下の皆さんに激押しされてて、もう決まっちゃった感じではあるんだけど・・」
彼女、準貴族で自治市の自由市民だから断って断れない話でも無いのだが、まぁ断る線は無いだろう。
「お名前は?」
「アシール卿・・。」
「御領主さまの従弟なんでしょ? あれが半周若いとして、悪くなくない?」
「でも行く行くはグロッス男爵」
「んっ・・」
男爵、なかなか貫禄ある好人物だが。
◇ ◇
朝あけて、皆で門前町の厩舎に行き、世話を頼んでいた馬を受け取る。
巡礼は皆な徒歩だから厩舎は混雑していない。
馬車で来るのは裕福な人々、それも平癒祈願の参籠とか療養の為だろう。歩いて来る方が霊験顕然だと言われているが、混雑緩和の為の方便な気がする。
「おっ! すっげー美人!」
「こらこら、指差すんじゃねぇ」
イェジ、ヒンツに耳を引っ張られる。
東南のかた峠を越えると眼下に地勢が一望される。
「あの峠の城が有名なラズースの古戦場。麓に州都プフスブル。州兵団の駐屯する基地の町でござりまする。昔はエルテスの修道騎士団と州兵団合わせて強力過ぎる外様大名への備えで有りましたるものが、今はその嶺南公が王党派の最右翼。正に今は昔の感がござる」
馬の足だ。大した距離ではない。
「あそこが聖ジェローム院」
城塞都市プフスの隣りに擂り鉢状の山が有り、指輪の如く伽藍群が囲っている。指輪の宝石が大聖堂の青い丸天井だ。
「思えば、多くの敬虔なる市民達が朝の礼拝に訪れまする。先にギルドに寄るのは正着で御座りましたな」
◇ ◇
「ここ、探索者ギルドじゃないのか?」
「プフスブルの町の冒険者ギルドは財政難で潰れたもんで、探索者ギルドが経営を引き継いだにゃん。結構昔からなのにゃ」
直立黒猫が訳知り顔。
「大姐御、いるにゃー?」
「あらフェリ、貴方一人?」
「みんなはメッツァナで蟠まいてるのにゃ。こいつ舎弟」
カーニス、相手が美人なので緊張している。尻尾の挙動で分かる。
「ラリサさん、地協の例会以来ね」
「はっ・はい」
ラリサ嬢も緊張している。
・・胸元から瞥見えているのが公印らしいから、この女性がギルマスか・・。
「足下はレッドバート・ド・ブリース。是の書状をお届けせよと、クラウス卿から承りました」
壹拝して、襟下の隠しから折り畳んだ白絹を取り出し、彼女に渡す。
「隣国に使者として赴いた某国の王子が提出した親書に『此の者を殺されたし』と書かれていた逸話、ご存知?」
「否、知りません」
彼女、封蝋を破って読む。
「『此の者を宜しく』と書いてあるわ。ミランダよ」と莞爾。
「貴方にお客様がお見えです。いえ、正確には其方のお嬢さんに」
ミランダの視線の先を辿ると、老婦人というには少々若い品の良い女性が笑顔で応じた。
◇ ◇
・・なんだか先回り先回りで連絡が入っていたようだ。なんだか無愛想に見えてその実とても気配りをしてくれる本当面倒見のいい人じゃないか。怪獣とか言って御免なさい。女の子たちの人を見る目の方が正しかった。
しんそこ反省するレッド。
「レオノーラと申します。家族みなに先立たれて、聖ジェロームでお祈りしながら在家のまま隠居暮らしをしているの。若い貴女には其んな選択肢もあるって知って頂けたらいいなって思って」
「尼寺で・・在家信徒の方が・・?」
「聖ジェロームの丘には寺院のほかに在家信徒の終いの住処も数多有って、住人が亡った後にお寺に寄進という云う事を繰り返していたら何時しか真中に何処かのお寺の境内を通らないと入れない街区ができて仕舞ったの。まるで聖域なの」
「まぁ」
「モデスティ様という御方の邸宅は四方が修道院の敷地で、大聖堂の裏口を抜けて入るのよ。私が住まわせて頂いている場所。そこで聖堂にご講話を聞きに行ったり修道女さんが遊びに来て皆で語らったり、そんな暮らしをしているのよ」
本格的に出家するより自由度が高そうだ。
「それで、モデスティ様が貴女をお誘い為りたいって仰るもので、一度遊びに来て下さらないかしら」
「モデスティ様と仰るのは・・?」
「クラウス卿のお祖母さま」
・・魔獣の上半分とか言って御免なさい。あれ? 言ったの俺じゃ無いよな。
「・・(あれ? これでまたレベッカちゃんが彼にお熱だと不味いか?)」
◇ ◇
聖ジェロームの丘に向かう。
わんにゃんコンビはギルドで待つそうだ。
女の子組はレオノーラ様と奥の方へ。
「ヴィレルミ師は図書館に蟠踞して居られそうなので、行って見ませう」
ギルベール師、顔パスの様である。
「あれ? アリ坊ったらまた此地に居るのか」
「この格好で尼寺行っても拙いでしょ」
どう見てもお小姓の美少年だ。
「そりゃま、そうか」
◇ ◇
図書館。
声を掛けるのが憚られるほど一心不乱な人物が目に付く。
容貌は特徴的と云う意味ではカルヴァリ師に一籌を輸す。
ギルベール師、歩み寄る。
「メケメケ」
「毎度変わらぬ物語でござりまする」
「おかわり有りませぬな」
本山の二人、左右に座す。
「何をお読みで?」
「アッ」
ヴィレルミ師、突っ伏して本を隠す。
「また・・なんか禁書でござりまするな?」
「そそそ・それより御両所、ご用件を申されませ」
「『呪いの星降り』」
「この童話の元ネタ、ご存知ありませぬかな博覧強記のヴィレルミ師」
「おほん・・。心当たりは御座候」
「それは?」
「それは?」
また声が揃う。
「スキエンティウスの『博物誌』で御座りまする」
「『呪いの星降り』のお話の中で、どこが『呪い』だったんです?」
「それは勿論、子供の教育上よろしくない為カットされた部分で御座りまする」
「『よろしくない』とは?」
「人がバタバタ死ぬ段」
続きは明晩UPします。




