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60.即身仏も憂鬱だった

 両手の杖をはったと落とし、ッと驚く助修士コンヴェルサス

「そっそそ・・その剣はっ!」


「この剣は・・ナシュボスコの街で御弔いの形見分けの儀に行き当たりまして・・一族累代に災いを齎した『呪われた剣』だとの事。預かって、お山に奉納しようと持参仕りました」

「一族累代に・・」

「先の戦の退き戦、先々代が初陣の次男殿をのがそうと奮戦なされたがお討死。此の愛刀を持ち帰らんと決死の覚悟で国境越えた家令殿は痛矢を受けて絶命し、折ッ角生還した次男殿も気鬱の病で自刃。その遺児殿は元服なさった途端この太刀佩いて討ち死になされ、ご母堂も後を追って自刃。一家絶家となったよし

 助修士、団子状の手袋で顔を覆う。


それがしが死に損なうた長男でございます」

 啜り泣く様な声で助修士。

「卑怯未練なる宣戦無しの奇襲を掛け、連戦連勝して上増慢。それが報いで惨めな潰走。因果と言うき物でした」

「んまぁ褒められた戦じゃ無かったみてぇだが、そりゃ上のもんの責任だろ」

「いいえ、内応者に導かれ不意を衝くので楽勝だ、領地切り取り放題だと言われて乗った欲目の出兵。悪業の報いでございます」


「でもまぁ生きてりゃ花身も咲く日ゃ来るさ」

「両膝下から吹き飛んだ時、騎士として死んだのは自覚が有りました。それなのに弟の鞍橋に獅噛しがみ付いた執着しうじゃくの報いが此れです」

 助修士、指の無い両手を掲げて見せる。

「わたしの無駄な足掻きが皆を不幸にしたのです」


「この剣は、あなたの部屋の祭壇に置いて、朝晩にご家族への祈りを捧げなさい。さすれば月日を重ねて浄化されるでしょう」

『笑う骸骨』殿、諭すように言う。


                ◇ ◇

「今夜は宿坊を借りて有りまする。馬は門前町で預けたままで大丈夫」

「あの剣、浄化されますかね」

 レッド、余計な心配をする。

「いや、剣に呪いとか無いですから。どの剣だって何人も人を殺してますし」

「あの家が呪われている訳でも無く、あれは敗戦国の不幸で御座りまする」

「ああ、そういう見方も出来るなぁ」


「悲惨な撤退戦だったそうですね・・。彼の指は、亡きお父上があの剣で・・」

「ひとが心の内側で『真よ善よ美よ』と呼ぶ者が神の顕現に他ならぬのと同じきに『呪い』は恨み忿りと後悔が形を成したる物にて御座りまする。日々あの剣を見て親族の供養を続けることで、彼の心が浄化されるよう拙僧らも祈りましょう」


「レミジオ殿が被った『呪い』は?」

「無体にも討たれた姫君の遺したる埋伏の毒とでも言うきかと。その口惜しさも襲撃者たちの子孫断絶で果たされたなら、後は彼女の霊の安寧を祈りましょう」

「いや『呪い』とか言っちゃうと異端審問所とか面倒くさいですしね」

「あ・ぶっちゃけやがったぞ」

「魔女だとか如何とかは?」

「ただの噂。ただの噂」

 修道騎士と祓魔師、まるで振付けされた様な仕草で揃って手を左右に振る。


「では、『鉛の本ライトブーフ』なる呪いのアイテムも、ものが厄介なだけで単なる毒薬の類であると?」

「その可能性を提唱致しまする」

 また示し合わせた様に、二人揃って頷く。


「『呪い』は人の心が罹り心から体を冒すもの。直接肉体を侵すのは病魔や毒物で御座りまする」

 ・・造詣が深い。さすが呪いマニア。

「昔・・というかご存じの南北戦争で援軍に駆け付けた嶺南勢、強行軍ゆえ物資が足りぬ。剣が血脂で鈍って仕舞うので鈍器を多用なされた」

「はぁ・・助修士殿の両脚吹っ飛ばしたと云う鎖分銅とかですか・・」

「あと戦槌メイス戦闘用ピッケルベク・ド・コルバンで御座りまするな。然し恐るべきは木製杭」

「杭・・」

「そんな戦場ぁ見たく無ぇなぁ」

「たぶん俺・・吐くわ」

 ブリンとヒンツ相槌を打ち合う。


「即製の堅い木の杭を投槍ジャベリン代わりにぶんぶん投げて敵を総崩れにたそうな。して此処迄は戦術」

「ここまで・・と言うことは?」

「敵兵が刺さったままの杭を地面に立ててさながら肉の林で御座りましたと」

「まさか、それを酒肴さかなに酒飲んだりは・・しねぇよな?」


「此処迄は威嚇戦術と言えなくも無い・・。第一、加勢に見えた嶺南勢は被害者で有りませぬ。義憤は有っても敵に恨みは御座るまい。然し・・」

「どういう積もりでったにしても、そこが地獄にゃ変わりねぇと」

「でしょうねえ」と今度は祓魔師が納得の表情。


「今に名の残る『杭ノ森』という場処ところの出来事で御座りまする」

「ボーダーラインですか」

「今は鬱蒼とした森ですが、其処は北への内通者が立て篭もる丘の上の居城からは眼下に見下みおろせる平地。もがきつつ死んで行く親族を見た籠城組は・・」

「スネ右衛門かい」

「城壁のメルロンに縄を掛け、城内の一族郎党残らず一斉に縊れ死んだとのこと」


「丘の上下みな地獄か」

「ばっかじゃないの! 降参すれば良かったのに。陵辱されようが拷問されようが生きてりゃ浮かぶ瀬も有るかも知んないのに」

「お前さんの一族郎党ほどメンタル強い連中は少ないんじゃねぇの? 少なくとも籠城してかつえ殺しに掛かるより多少ぁマシかもよ」

「けどよ兄貴、城壁の外側に吊るすって普通それ屠城蹂躙する側の処刑法やりかたじゃねぇの?」

 いつの間にブリンがヒンツの兄貴になったやら。

「やられると思ったやり方ぁ先に自分でやって見せるって、負けた側なりの意地の貫き方としちゃ、有りだろ」


「心を攻めて面倒な包囲戦を避けた戦略としては見事かも知れませぬが・・人間のやることの外側を行っている気は致しまするな」

 ・・『呪い』とまでは明言しない様子だ。

「もしかして・・指揮官は『大魔女』と呼ばれた女将軍では?」

「ご存知でしたか。当時は大人気でしたぞ」

「『大魔女』が人気者って・・不味マズく無いですか?」

「北部のかたの感覚では左様かも知れませぬ。いや、拙僧も北西部の生まれですが出家した叔父に連れられて幼い頃から当地で育ちましたもので・・」

 ・・不味マズく無いらしい。


「戦後復興援助で小坊主としてウスターの教会に派遣され、書記官殿の手伝いなどに駆り出されて居るときに、内通者達の手配書なども筆写致しました。北の方々から見れば全然中立などでない敵方で働いた人間で御座りまする。戦場は誰にとっても天国に遠いところに在るのです」

「聖戦に出征なされた騎士様が仰いますか」

「遠いところで戦いました」


                ◇ ◇

 宿坊に着く。

「あれ? ワラガイ師も一緒?」

「私の名はカルヴァリーニですが」

「カルヴァリオ師、一緒に行くの?」

「明日はプフスに御出おいででなのでしょう? ご一緒にと思いまして。カルヴァリーニです」

カルキリ師って、他の御坊さまより喋り方フツーだよね」

 勝手にあだ名付けて呼ぶアリ坊。

「ははは。神聖古典語が日常会話にぽんぽん出てくるほど勉強できなくって。まぁ祓魔師の詠唱は半分丸暗記でも済むんで、すらすら書けなくても読めりゃお勤めはこなせます」


                ◇ ◇

 女子三人組、尼僧達に送られ和やかな感じで帰って来る。

 ・・血腥い話題が終わった後で良かった。


「ラリサさんが人気でしたわ。背丈も高いし女世帯でやり手の少ない力仕事とかが楽々でしたから」

「いや、ちょっと勘弁かな」

「レベッカちゃんは可愛がられちゃったわね」

「いちばん強く誘われたのがアンヌマリーさん。こんなの俗世間に野放しにしたらダメだって」

「ひっどい言われ方だと思いません?」

「でも、わっかるー」

 ラリサ・ブロッホ、男どもを顎で使ってるアネさんの時と悉皆すっかり口調が変わっている。


「皆さん、明日はプフスブルに向かわれるのですが、私も・・」

「わっ! 骸骨が喋った!」

「お前ら失礼だぞ。こんなところに骸骨があるわけないだろう」

「本山の祓魔師カルヴァリーニ殿で御座りまする」

「ん。カルキリさん」       (*squelette qui rit)


「おいレベッカ嬢ちゃん、手を合わせてんじゃねぇよ」





続きは明晩UPします。


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