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59.呪われ者も憂鬱だった

 お山の草庵でティラヌスのレミジオ、過去を語り始める。


「嶺南騎士の家に生まれた私は騎士の叙任を受ける前に父を喪ない、従騎士のまま一家の当主になって仕舞いました。それで授封更新フォルゲの儀までには何とか騎士叙任を受けねばという焦りが御座いました」

「叙任を受けるには、御披露目の祝宴がフトコロそりゃ痛いですもんねぇ」

 斯く言うレッド、そのフトコロ事情ゆえに騎士団での集団叙任で経費を浮かせた所謂なんちゃって騎士である。

「当時の嶺南は国主が御家騒動の渦中。家臣も皆な右往左往どころか干戈を交える始末。私が騎士として仕える主君の周囲も不穏なる極みでした。掻い摘んで申すと御曹司の取巻きだった私は金に釣られ汚れ仕事に手を出したのです。・・御曹司の姉君暗殺という・・」

「そいつぁ重いな」

「もしかしてハリー姉ちゃんの言ってた『継子ままこイジメを受けて暗ぁく育った子供がはら違いの姉を殺しちゃうどろどろ怨念ドラマ』ってやつかな?」

 ブリンとアリシア顔を見合わせる。


「しかし相手は嶺南に剣名高き姫騎士。三十騎にて奇襲して過半が返り討ちに遭う激戦」

「暗殺ってレベルじゃねぇな。もう戦争だろ、それ」

「主君が登城で御留守をされた間隙を見計らって、事を起こしたのです。御曹司が主犯と露見すれば御家断絶は必至。事件は隠蔽されました」


「おじさん、今いちばんエグいクライマックス・シーンをパスしたでしょ」

「こら、そこ聞きたいわけじゃないから。問題は『呪い』の場面だから」

「血潮にまみれ崩れ落ちていく御姿は凄絶な美しさで・・」

「そこ聞いてないから語ろうとするなよ。『呪い』ンとこ詳しく」


「姉君は最後の力を振り絞り、我らに呪いをかけました。しかし、その言葉こそが最後の偽りだったのです。呪いを解きたくば『鉛の本ライトブーフ』を探せと・・」

「『鉛の本ライトブーフ』?」


「恐慌に陥った我らは、夢中でその謎のアイテムを家探しし、遂に発見しました。でも、『呪い』がかけられていたのは、その本に・・だったのです」


「正に末期まつごの『言葉』が『呪い』だったので御座りまするな」

 ギルベール師、助修士に目配めくばせする。助修士、両の義足をかちかち言わせながら走り去る」

「あの足で使い走りさせるのって酷じゃありません?」

「走り回るのが彼の修行リハビリなので御座りまする。祓魔士を呼びに行かせました。この話、専門家にも聞かせましょう」


                ◇ ◇

 レーゲン川、ウルカンタの湊。定期船が接岸し、税関吏が臨検する。

「副署長、ちょっと御判断を仰ぎたいのですが」

「何かね?」

「ちょっと非常識なくらいに上等な馬が六頭。貴族の持ち物として可訝おかしく無いと言えば無いのですが、品質が揃い過ぎに思えまして」

「単価どれくらい?」

「ざっと千デュカスは下らぬかと」

「そりゃ豪勢だ。そう言えば、ちょっと前にメッツァナで高額商品ばかり大商いが有ったって聞いたな・・」

 ・・商品なら課税だが、貴族に自家用だと言い張られたら難しい。


「会ってみるか」


 甲板に上がると、いかにもな貴族のお嬢さまが悠然と昼間から発泡葡萄酒の杯を傾けている。あ・こりゃ本物だからスルーだな・・とは思ったが、助平心が疼く。


お嬢様フロイライン、随分と良馬をお求めでしたね。メッツァナで?」

「出物がありましたので、護衛騎士の分も替え馬と併せて揃えました」

「金貨がさぞ重かったでしょう」

「まさか。サインだけですわ」

「しかしなんとも幸せな御家来衆ですな。普通なら御主人と同格の馬は賜われないでしょうに」

「自分だけ良馬を購い求めて従者に鈍足の駄馬を当てがい、結局一行皆でもたもた進むとか、愚の骨頂ですわ」

「午後のひとときを詰まらぬお喋りで煩わせましたお詫びに、この街の焼菓子など如何でしょう?」

「それなら騎士様、杯をお相手くださいます? いえ・・御勤務中かしら」

「美女とのお相伴を断るくらいなら午後は欠勤しちゃいます」

「あら、宜しいの?」


 ヨーゼフ・フォン・カーラン不相変あいかわらずちゃらちゃらている。


                ◇ ◇

 再び、お山の草庵。

 祓魔士がやって来る。

 頭蓋骨に皮を一枚被せたような顔だが、にこやかな男。

「興味深い話を伺いました。書物に毒を塗り込むというのは昔から暗殺に使われた手法ではありますが・・些か奇妙ですな」

「はい。表紙が鉛の厚板で出来た大型本で、閉じると箱の様になって鍵で閉じるのです」

「鉛の・・箱・・」


「何か思い当たる節でも御座りまするか?」

「いや、帝国の古い書物に有った『呪いの星降り』の話をふと思い出しまして」

「『星降り』?」

 身を乗り出すギルベール師。やっぱり呪いが好きそうだ。


「はい、大昔の或る夜、天から星が降って来て森ひとつ焼け、大地に大穴が開いたという話。年月が過ぎ、大穴は森に戻りましたが、その真ん真ん中だけは何時迄もまぁるく草木の生えぬ空き地が残った・・という」

「呪いかな? 呪いかな?」

 ・・食いつき方がアリシアと師・・おンなじなんだが同レベルって事ないよな?


「いや、奇譚輯の一章に『呪いの星降り』と表題の付いた下りなので呪いなんじゃないですかな。何が呪いか分かりませんが」

「草木が生えるのがノロいって話じゃねぇの?」


                ◇ ◇

「お流れ頂戴仕る」とカーラン卿。

 尚も隠々ちらちら観察をめない。

 ・・胸は小さ目。

けいはそのシャペロンの結び方がお好きですの?」

「如何でしょう?」

「わたくしは、こんな感じとか・・」

 黒髪の令嬢、カーラン卿の首筋に手を回して少し直す。

 ・・船端の方に立っている二人、あれが護衛騎士達だよな。寛いでる様に見せて隙が無い。けどなんで、にやにやてるんだ。いや、もう一人は仏頂面だが。家来がふたり、替え馬併せて六頭の計算だが、彼女の隣りに座ってる方の仏頂面は誰だ。

・・って、仏頂面多過ぎだろう・・。いや考え過ぎか・・


 カーラン卿、観察が素早いが順番は胸の次だった。


「船出の時刻が近づきましたかな。お名残惜しう存じますが」

 卿、辞す。


 後ろ姿を見るアンリ・ジョンデテ。

「彼が如何どうなされたか?」

「いえ、シャペロンの結び方がアリシア嬢とご一緒だった騎士殿と同じでしたわ」


                ◇ ◇

「わかんないわ!」

 アリシア嬢、というかアリ坊不満げな顔。

「その話のどこが『鉛の箱』なわけ?」


「あ、迂闊うっかりしました」と、『笑う骸骨』っぽい男。

「それは今の話の続きに出て来るのです」

「続き、すれば?」

「お前、なんで偉そうなんだ」

丸禿げトンスラ)の草原をなんとかた訳かい」

剃髪トンスラ)は禿げでは御座りませぬぞ」

「東方の博士が空き地の中心部で魔石を掘り出し、鉛の箱に封じたら森が元通りにったという話でした」


「呪いって仰々しく言われるような話じゃないよなぁ」

「それは子供向けの奇譚輯ですから」

「なーんだ」

「禿げるって恐ろしい呪いと違うのか? 俺の家は代々禿げるんだ」

 ヒンツ、真面目に悩んでいる顔つき。


「実は童話には恐ろしい裏話が・・とか無いと迄は申せませぬぞ」

「私は、何か繋がりが有るやも知れぬ逸話として思い出しただけです。博覧強記のあの方なら何かご存知かも・・」

の方とは、ヴィレルミ師の事で御座りまするかな?」

「誰それ?」

「ほら、メケ師」

「そりゃ大桶充満いっぱいの眉唾だな」

 ギルベール師もブリンも容赦ない言い方。

 

「あの・・それより『鉛の本ライトブーフ』なる呪いのアイテムは何処にあるのでしょう?」

「同輩の騎士マレリ卿の屋敷に有った事までは存じております」

「そのかたは?」

「私も世間との交わりを絶って久しいので・・」

「呪いで全員死んだんじゃないの?」

「衰弱の果てに帰らぬ人となった者も少なくございませんが、そもそもが『死ね』という呪いでは有りませんので」

「噂話たぁ些少ちっと違ぇんだな」

「『子孫が絶える』という呪いでございます。独身のままに本人が死んでも呪いが成立しますが・・」

「確かに、欲の皮突っ張った親類共に身代乗っ取られるてぇのも呪われたもんらしい悲惨な報いだわ」

「私も独り身のまま出家したので、子孫は絶えました」

「成る程なぁ」


「代々祟られる呪いもあれば、当代で終わる呪いもある訳ですね」

 ちょっと考え込むレッド。

「祓魔士どの、これは『呪われた剣』らしいのですが・・」


ッ!」

 助修士はったと杖取り落とし、その場にどうと倒れ伏す。


続きは明晩UPします。


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