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5.箱入り娘も憂鬱だった

 アグリッパの町はながら内陸の港町である。

 町の周縁を半ば取り巻くように蛇行しつつ北流するレーゲン川の河川交通で他の主要都市と繋がっている。


 冒険者あばんちゅりえギルドから川船に運び込まれた大きな木箱の傍らに、ギルマスとレッド三人の姿が有った。

「もごもご」

 箱の中から声がする。

「嬢ちゃん、も少し辛抱だ。じき出航するぜ」

「じゃ、しっかりな。期待してるぞ」とギルマスが二人の肩を抱く。


 大河を遡る川船を見送るギルマスに歩み寄る影は、商人姿に装ったホラティウス司祭であった。期待が大きいようだ。

「彼の立ち居振る舞い、元騎士ですか? 幼い頃から確固しっかりと身に付けた礼儀作法というものが、今回はしかしたらなまじひな武術より彼らを護るかも知れません」

「何かご存知なのですか?」

「ただの勘です。礼儀というか・・わたしら町人出の者は、頭で理解はしていても貴族がたの感覚の機微を捉え損ねて不興を買うことが有りますでしょう?」


「なかなか深いことを仰いますな」

 世辞でなく、感心する。

「ところで昼食をご一緒に如何ですか? 僧衣をお召しの時に、お口にし難い物も御座いますでしょう」


 ギルマス、上手い所を衝く。


                ◇ ◇

 探索者ギルド、応接室。

「標的の姿かたちは分かりました・・が、追跡するために行動を読むには、もっと情報が欲しいわ。育ちや性格とか知りたいのよ。生理的に嫌う物は何か無いかとか咄嗟のときに竦むのか動ける奴なのか、とか」


うん。小娘と思えぬほどに決断や行動が早い。髪を切るのにも男の服を着るのにも抵抗が無い・・か、如何どうか内心までは知らんが、即座にやってのけて、我らの包囲を潜り抜けた。傑物のたぐひだろう」

「評価が高いのね」

「ふん、敵を舐めては勝てるものも勝てまい」

「あら、昨夜は舐めて勝つのが男だとか言わなかった?」

「それくらい力の差を見せつけられんと大きい顔は出来ぬと言っただけだ」


「で、最後の目撃情報は?」

「昨日の昼過ぎ、五十里と少しほど町の北だ。発見した分隊からの連絡も、それを最後に絶えた」

られたのか?」とディードリックが口を開く。

「分からん。小娘が特別強い護衛を雇っているのか、それとも、当方が下手に怪しき動きでもして地元の司直に捕縛されたのか」

「あちらの足は馬? それとも歩き?」

「『駅馬車に乗ったので追跡する』と言うのが仲間からの最後の通信だった」

「駅馬車組合の護衛は冒険者あべんといあギルドが独占しているわ。此地こっちは現金輸送とかの警備を引受けて住み分けてる」


「おほん、出過ぎた真似かとも思いましたが、昨夜の段階で大司教座に逃亡少女が接触した形跡は御在ませんでした。怪しまれぬ範囲での伝手ツテを使ったので、完璧な情報とは申しませんが」

 ギルド幹部っぽい紳士が然りげ無く重要な情報をもたらす。


「冒険者ギルドの護衛を連れて、大司教座をパスして先を急いだんなら、もう大分だいぶ先に行ってるわね」

うむ、急いだ方がいい。本当ならば、連絡の絶えたお仲間の行方を当たって敵方の戦力を測りたいところだが、その余裕は無さそうだ。しかし、何方の方角だ?」

「そこが頭の使いどこよ! 小娘ちゃんは陥落した故郷を逃れ、首都圏を通り過ぎてアグリッパまで来た。何故かしら? ジョンデテさん、偽名でしょうけど・・どうお考え?」

「いいや、此方こっちが本名だ。アンリ・ジョンデテ。ボーフォルスの家名を名乗ることを許されているが、庶子なんでな。私的な場では遠慮している」

 女、澄まし顔で・・

「それは失礼致しましたわ。いろんな会派のいる首都圏ではお互いに牽制し合って居て、教会は他所の教区の事に首を突っ込まないのが暗黙の了解事なのよ。だから王党派の教区に逃げ込んでも、寄進状を持って教会へ駆け込むことは無かった。でしょ?」

「そうだ。故郷の教会へと無条件に譲られて仕舞うからな」

 派閥としては対立していても、近隣同士はナァオイの関係で成り立っているのが首都圏である。


「アグリッパの大司教座くらい突き抜けて大きな力あるところに寄進して、初めて一門の赦免を条件に交渉する事が出来るわ。でも、小娘ちゃんは此処の大司教座をパスして更に先へと逃げた。たぶんね」

「そうだ。こっちの狙いどおり、小娘は欲を出してくれた」

「つまり、小娘ちゃんの目指す先は、寄進状を振り翳して聖教主流派の目の前からお宝を掻っ攫い、一門の赦免を一方的に宣言して押し通せるくらい傍若無人行為が出来る力の持ち主。それは・・」


「南部教会だ」


「そして、ここアグリッパの町は、南部に向かう最大の港町ってわけ」

「南か」とディードリック。

「追い詰め過ぎていたなら、一族より身の安全を優先して国外逃亡を図って、単身陸路で東方騎士団領に逃げてた局面とこでしょ。ここは南に賭けるとこよ」


「雇い主殿、ひとつ断って置かねばならぬことがある」

 ディードリックが威儀を正す。

「何かな?」

「傭兵には傭兵の仁義がある。劣勢でも退かざる事は傭兵の矜持だが恩人には刃を向けぬのも掟。その場合は退却せざるを得ぬ」

「南部に居られるのか?」

「然り。恩人の御遺族一家がおわす。万にひとつも有るまいが、左様そう謂った事由での依頼失敗もあり得るのだと予め知って置いて下され」

「ああ。理解する。俺もまた庶子の俺を裏金大枚はたいてまで士分に仕立てて呉れた大奥様を裏切らぬ。叔父と呼んでくれる坊っちゃまに忠誠を誓う。だから、主家の汚い部分は俺が一人で引き受けるのだ。お前も、お前の恩義を大切にするがいい」

 ひと癖ある悪党ヅラだが此の男、筋は通す奴のようだ。


                ◇ ◇

 帆に風をはらみ大河レーゲンを遡る船上。

「ぶはっ」

 木箱の中から衣類掻き分け、男装のアリシア・ランベール嬢が顔を出す。

「けっこう隠れてたのに、まだアグリッパの町があんな近い」


「出ても良いけど嬢ちゃん、這いつくばって岸から見えない位置に居ろ。誰か見張って居るかも知れん」

「そりゃ船足早かぁないですよ。流れに逆らっての上り航路ですからね」

「しかも川筋はうねうね蛇行ばかりしてるしな。だが、れでも緩い低地州内だ。ゴブリナブールを過ぎると、もっと遅くなるぞ」

「変な地名!」

「昔はほんとに小鬼がわさわさ居たらしいぞ」

「御伽噺でしょ?」

「まぁ俺も小鬼なんか見たことはない。オークなら知ってるがな」

「オークって、いるの!」

「猪の面頬を付けた軍団のことだ。別名『スヴィニアの豚野郎』」

「なーんだ」


                ◇ ◇

 アグリッパの探索者ギルド。


「最悪まる一日近く先を行かれている。クレア、出発は急いだ方が良いな」

「待ってディード、あたし達の任務って、小娘ちゃんの身柄確保なんでしょ? 

二点ほど確認しときたいの。まず一つ目。生かして確保するのよね? お宝の在処ありかを訊問する必要があるんでしょ? それって、あたしら得意分野じゃないわ。だから連れて帰って来るしか無い。ジョンデテさん、O K?」

「本音を言うなら、ランベール本家の血筋は絶えて欲しいんだがな。当方こちらの雇った冒険者チームが自力で財宝を発見してくれて小娘は戦闘に巻き込まれ死亡・・とか事は都合よく運ぶまい。訊問で吐かせたあと不審死とかされても、我が主家が後ろ指をさされる。痛し痒しだな」

「じゃ、命は保証するって言って投降を呼び掛けても、いいわね?」

「構わん」

「二つ目。寄進状ってやつ、一体どうすんの? 逃げ切れないと諦めたなら、誰か人づてに託しちゃうかも知れないわよ」

「うむ・・何とか握り潰したいが・・」

「あたしらの眼力じゃ、偽物掴まされても見分け付かないわよ」

「それも頭が痛い。面倒な法廷闘争になるだろう」


代言人べんごしの手配ならばお任せを。最高のプロをご紹介致しますよ」と、渋い初老の金庫長。

「代言人にプロなんて居るのか」

「居ますとも。三百代言人と申しましてな、呵呵はは! 文書の鑑定屋も腕の良いのが居りますぞ」

「それと・・宝探しチームが雇いたい。今は地元の冒険者に全て任せているんだが彼らと競い合って状況を活性化できるような連中は居ないだろうか。出来るならば支度金と成功報酬だけで、浪漫を求めて飛び付いて来るようなイキのいいのを。

秘密厳守で」

「山ほど居ますとも。口の固い野郎共を見繕いましょう」


 話がとんとん進む。


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