58.世捨て人ずっと憂鬱だった
「本山でござりまする」
指差すギルベール師。
「谷に拡がるのが俗人信徒らの住まう門前町。稜線に沿って僧院。彼方の峰が女子修道院」
「人が多いですね」
「大半はお詣りが済んだら直ぐ発つ巡礼達ですよ。ですが、短期間の参籠で出家の体験をして行く信者も多う御座ります。療養に長期逗留なさる方々も、学徒として留まられる方々も」
師が修道士レミジオの所居を調べて下さる間、暫し待つ。
「なんの娯楽も無いから、お祈りでもするにゃん」
「暇潰しみたいに言ったら罰当たりゃすよ」
「まとまった時間があったら看護方の公開講座とか受けられるんですけどね」
医療関係が有名らしい。
・・まぁ、もちっと教養人なら図書館に行くのも娯楽だったりするんだろうが。
「かわいそうなのは、ここで禁欲して次プフス行っちゃう奴らだにゃ。州都だから華やかだと思ったら大間違い。店にいる女が全員おばちゃんの町にゃん」
「なんだい、そういう条例でもあんのか? いや別に行きたかぁ無いけど」
「原因は知らんけれど、つい先日に最後の若い子が嫁に行って、そして誰も居なくなったのにゃ」
「そりゃ恐ろしいな。正義氏でも居るのか?」
「ななな・なんだって!」と頓狂な声を上げたのは近くにいた巡礼一行のひとり。
「なんてこった。うちら今夜はプフス泊と決まってるんだ」
「そいつぁ御愁傷様にゃん」
「こんな感じのぴちぴちぱんぱん、無いんか!」
「無いにゃ」
「そうそう無いわね」
指さされたアンヌマリー平然と言う。
「あんた、一体なん日禁欲したんだ?」とヒンツ、アンヌマリーの胸の前に割って入って問う。
「三日だ」
「堪え性の無いやつだな。俺たちなんて禁欲十年選手組だぞ」
「どーれ。拝観料を払うなら、しばらく見ててもいいぞ」
アリシア、下からぷるぷる動かしてみせる。
「こら! そこ! けしからん!」
衛兵に叱られる。
「これからお籠もりに入る人たちも居るんだぞ。悪いと思わんのか!」
「悪いって、ぷるぷる?」
「アリシアちゃんも、ひとの胸なんだと思ってんのよ」
「ほら、ぷるぷる」
「やめて、気持ちいいじゃない」
「やめんかっ! 俺だって勤番の週は禁欲なんだぞっ!」
どうやら衛兵は俗人信徒衆で、禁欲生活のプロである修道騎士では無いらしい。
「なあ・・アリ坊。お前もう、お嬢様に戻ったっていいんだぞ」
「いや、やってて些少と楽しくなっちゃって」
「なぁにを為って居られるのです」
ギルベール師、帰って来て呆れ顔。
「レミジオの草庵へ、直きに案内の人が来て下さいまする」
「お山の方に立ち入らせて頂けるんですの?」
「彼は普通の修道士と違う離れた場所で、特別の荒行を積んで居りまする」
「荒行ねぇ・・」
「いえ、ご婦人がたは尼寺を見に行っては如何? というか、既にお願いして来て了ったので御座りまするが」
なんだか師、歯切れが悪い。
左右しているうち、待ち合わせ場所だという噴水前に三人組の尼僧が現れたのでラリサ嬢ら女の子組が随いて行く。少し遅れて助修士が来る。
門前町の裏手に出て山道を登る。
「あの・・大丈夫なのですか?」とレッド、ついに聞いて了う。助修士、両の足が不自由なのだ。
「これが私の修行なのでございます」
左右の腋下に大きな板子を支わせて立ち、急坂を攀って行く。明らかに息遣いが荒い。
・・大丈夫なんだろか・・。
不図気付くと、アリシアも一緒にいる。
「お前、あっち見に行く組だろ!」
「僕が尼寺見ても仕方ないし、尼さん達も見られて嫌なんじゃない?」
「って・・お前なぁ・・ ギルベール師、此奴こっち来ちゃってます」
「え! あ・・左様で御座りまするな」
師、ちょっと様子が怪しい。
ちょっと迷って・・
「今のうちに申し上げておきまする」
訥々と語る。
「居場所を尋ねたるところ、実はティラヌスのレミジオ・・或御婦人を凌辱したと懺悔して出家して参った者だと聞いて参りました。夫れはご存知のとおり死刑相当どころか現場に居合わせた家畜も残らず屠殺し家屋は取り壊しになる程の穢れたる罪」
「でも殊勝なんだろ?」
「左様。然も被害者より訴えが起こされた形跡は無く、本人の告白だけ・・。亦た拙僧ら戦場を知る者共は、激戦のあと異常な高揚感に襲われることも身を以て知り居り申す」
「うん、あるある。あん時みんなそんな顔してた」
「修道騎士団が演習地の外れを彼が庵を結ぶ場所にと提供し、他の修道士と交わり無しに暮らさせているのは、そんな経緯だそうで御座りまする」
「あそこです」と助修士。質素な草庵が見えて来る。
◇ ◇
メッツァナの冒険者ギルド。市警の次官級が感謝状の贈呈を行っている。
ドアの蔭。
「ヴィオラ君、大手柄だ」と、カナリス部長。
「もう引退した相談役連中には越権行為だとか文句言わせない。お墨付きを貰ったからな」
この感謝状、裏を返すと市警の協力要請に現場が即応しなかった過去事例に暗に嫌味を言っている。
今般の窃盗団大量捕縛には市警の面目躍如たるものが有った。
まぁ、元はと言えば被警護対象者側の手柄なのだが、あちらが捕縛した被疑者の引渡を受けるや、尋問からアジト強襲に至るまで市警の迅速な対応が見事だった。そこへ即決で冒険者ギルドの協力体制を構築したのには彼女の功績が大きい。
実は狩人ギルドにも感謝状が行く。ギルド員ではないが、ギルマスの身内が犯人追跡で功績を上げた。この感謝状は亜人種地位向上の一助になるだろう。
◇ ◇
メッツァナ市警勲功の元を作った人物、そんな事はご存知なくレーゲン川下りの定期船上に在った。
まぁ被疑者の人権なんて気にせぬ裏社会上がりの人間だから躊躇なく行動できたとも言える。
彼が少々の自嘲も込めて鳥籠卿と名乗っているのは、人間用の鳥籠に閉込めて晒し物にしつつ餓死させる、という刑を執行されていたからである。主人を殺した護衛騎士として極刑に処されていたのである。
まぁ、晒されていたのが広場とかでなく人も寄り付かぬ町はずれの処刑場であり殺された主人というのがまた暴君だったので、人目を忍んで食べ物を差入れる者が絶えず、結果けっこう長く餓死しないでいた。
それを狐鼠り連れて来ちゃって身分ロンダリングしたのが、いま甲板上で優雅に泡の葡萄酒を嗜んでいる『お嬢』ことクラリーチェ・ディ・スレーナ=ガルデッリであった。
彼女、既に父が故人で兄が男爵家当主なので、男爵令嬢ではない。つまり封建的身分秩序上は若干怪しい立場である。
「御家老・・」
「唯?」
「ランベール家の財宝が遂に見つからなかった場合、奈何なさいます?」
「・・借金の抵当にカラトラヴァ侯爵家の丁稚暮らしですかな・・」
「うふふ・・カラトラヴァ家とわたくし共の間柄をご存知で左様仰いますのね。
貴方のように駆け引きも腹芸もなさらぬ方って、結構好きですわ。まぁ、宝探しの方が好きですけれど」
◇ ◇
名刹エルテス近く、人の近づかぬ岩蔭の草庵。
「ティラヌスのレミジオ・・殿ですね?」
四十代には到底も思えぬ白髪。
「ただ一人・・存命して居られるという・・」
「ただ生きたいと思いました。淺ましいですね・・」
「レッド殿、彼のことをご存知だったので御座りまするか?」
「メーザ・・じゃなくてバルトロメオ師から伺って居りました」
「バルトロメオ師のお知り合いでしたか!」
「レミジオ殿が受けたという『魔女の呪い』に就てお伺いしたいのです」
「私がお山に懺悔に参って・・此の草庵で贖罪の祈りを続けるお許しを賜って・・間もない頃、祭壇に点すお燈明を届けて下さる係の少年僧が、他でもない若き日のバルトロ師でした。未だ修行が足りず人恋しかった私は身の上をぽつぽつ漏らして仕舞うたのでした・・。師は御健勝ですか?」
「ええ。相変わらずの様ですよ」
徐に嘗ての事件に就て話し始める。
続きは明晩UPします。




