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56.母も憂鬱だった

 メッツァナ。町一番の高級宿、ペントハウス。

 屋上に戸建ての庭付き一軒家が立っているような特別室。


獅子の角コルヌ・レオニス・・謎めいた言葉だね」

 "CORNU LEONIS"

 文官ふうの地味な服装の若い男性、指輪を眺めつ眇めつ優美な容貌かほを曇らせる。

「アナグラムかとも思ったけど・・"NO CORNELIUS"『コルネリウスが居ない』じゃ意味が取れないし・・」

「"CORNELIUS NO"『コルネリウス、やめて』は?」

「それ、指輪に刻む?」


 変なことを言い出したのは此の部屋の主人。ちょっと人様に見せられない格好で悠然と帝国式ソファに横たわっている。

 といっても何処かの異世界では普通の部屋着だが、そんなこと此の世の常識には通用しない。

 ここはスカート捲って脹脛ふくらはぎに触ったら婦女暴行で死刑判決が出る世界だ。

 立証されれば、だが。


「"NON CORNELIUS"『コルネリウスじゃない』では?」

「クラリス、それには"N"が足りない」


「なんの話か解る?」とヘルミオーネがアンリに耳打ち。

「まるで解らん。だが、初代ランベール男爵の母親の名はコルネリアだ」

 皆の視線がアンリ・ジョンデテに集まる。

「息子の名前はっ!?」

 クラリーチェ嬢、身を乗り出すようにて問う。

「ティベル・ド・ランベール」

「その弟はっ!?」

「一人息子だ」


 クラリーチェ黒髪を掻き上げ、腕組みをして天井を仰ぐ。

「うーん」


                ◇ ◇

 ブルクラーゼの町に入ったレッド一行。

「此処は巡礼の方々が休息できますよう善男善女がボランティア活動する町なので御座りまする。お金は掛かりませぬ。娯楽もござりませぬ。暴飲も飽食も御法度と申しませぬが、する場所がござりませぬ」

「なぁるほぞ。健康にゃ良さそうだな」


「ブリン殿仰るとおり心にも体にも宜しい。昨夜もお昼も堪能なされたでしょう。今夜からは粗餐ですぞ」

「ちぇ」と言いつつアリ坊、何か気付く。


「ねぇ、お坊様たち・・体格良すぎない?」

はい。関所抜けに巡礼一行へと紛れ込む不成者ならずものも多うござりましてな。あのように我ら修道騎士が普通の修道士の格好で見廻って居ります」

「私服じゃない私服さんって訳かい」

「然し・・曲者が居ても物々しく取り押さえたりなど致しとう御座りませぬし」

「いたら、どうするにゃん?」

「人目に付かぬ所で毛布に包みまする」

「おっかね・・」


 広場の目立つ所で修道士が夕礼の祈りを始めると、皆も合掌する。


                ◇ ◇

 豪華な一室でボーフォルス家の家老アンリ・ジョンデテが問う。

「一人息子だと何が問題なのです?」

「殿方には馴染みが薄いかも知れませんが、わたくしたちが受ける淑女教育でく使われる『女子箴五十話』に出て来るのが貞婦賢母コルネリアの話です」

 また黒髪掻き上げるクラリーチェ。もうツィガーヌ人みたいな髪型。


「ふむ。それじゃ男の俺たちは知らんのかも」

 そう言う彼に、部屋の主人が寝そべった姿でだらだら補足する。

「旧帝国の女は、夫に死なれたら子供を実家に押っ付けてさっさと再婚するほうが普通だったんだって。なのに若くして夫に先立たれたコルネリアはとなりの国王の求婚すら断って、幼い二人の子供を偉人に育てたんだって」


 ・・まぁ、いかにも修身の副読本に載りそうな話だ。

 だが其の人は蓄えも地位もあったから出来た事だろう。

 これは今の俺たちの国でも、あっちこっちに噴き出てる社会問題だ。

 考えてみれば、ランベールの女たちは逞し過ぎる気もする。

 ・・なんぞと内心熟々つらつら思うアンリ。


「子供の数が違うのですな」

「日々倹約に努め、他の貴婦人に宝石で身を飾らないのかと言われた時に『二人の息子が私の宝石』と答えたという逸話です。これが『二つの宝石』から思い付いた事なのですが」


「・・そのコルネリア夫人の息子の名前は?」


「兄はティベリウス、弟はガイウスです。ガイと言う名前の人は居ませんか?」

「初代ボーフォルス男爵の名が、ガイゼリック二世だ・・」


                ◇ ◇

 ブルクラーゼの町。

 一同、ボランティアのおばさんに宿泊場所へと案内される。

 三食こういう物を食べてれば寿命伸びそうだけれど其んな人生楽しくなさそうな野菜スープと黒パンの配給を受けて、一応落ち着く。

「修道士さまとご一緒でも平等なお待遇もてなしなのですね」

「拙僧が特別何処かにご案内するだろうと思われて放置されずうござりました」


「ところでギルベール師、『呪われた剣』なるものを信じますか?」

「いや、我ら信ずるは天なる神ですが」

 レッド、言い方を間違えた。

「いやいや、そういう意味じゃなくて『呪われた剣』なるものが有ると言われたら信じますか?」

「斬れなくて困るとか? それは鈍剣ナマクラと申しまする」

「いやいやいや、そういう意味じゃなくって・・」


「実は、肉や野菜を切ろうとして必ず指を切って仕舞う『呪われた包丁』なる物が祓魔師のところに持ち込まれた事があり申した。然し拙僧の見たるところ、刀身の重心位置が宜しくない、単に使いにくいが故に人を怪我させ続けた包丁に過ぎませなんだ」

「・・(ああ、この方は『理性こそ神』なタイプなんだ)」

「実は、『呪われた兜』も存じておりまする。それは弩兵の目に付き易く狙い易いもので御座りましてな・・」


 このあと暫く、師の『呪われた何々』の講釈が続く。

 アリシアはとっくに寝ていた。


                ◇ ◇

 メッツァナの町、目抜通りの一本裏手。厩舎前。

「なぁ大将、そんな心配ならあっしが警察行って頼んで来やしょう。『なんか有ったら市警の名折れ』とか言やぁ警官の二人や三人すっ飛んで来やすぜ」

「そうか。頼めるかい?」


「おいおい、俺たちだけじゃ不安かよ」と冒険者ギルド所属の警備員。

「狙う側からすりゃ、相当の大人数で徒党組んでも元の取れる高額物件でやんす。保険は掛けといたが良いぜ」

「あーん? 商売の邪魔?」

 ヴィオラ嬢が現われる。

「ギルドの姐さん其りゃあ違う。厩舎の大将からマネージャーに言って予算取って警備員の追加派遣頼んで・・なんてしてるに、泥棒の元締めは泥棒仲間をサッと呼び寄せやすぜ。警備員こいつら腕っ節が強くても頭数で押し切られたらお終い」


「『道化師ブッフォーネ』殿」

「あれ? 鳥籠卿フォーゲルケフィヒ、どこ行ってたん?」

「見張りくさい不審者が居たので畳んで参った」

 文字通り折り畳まれた男を手荷物みたいにげている。

「二、三人居たっしょ?」

「そんなに持てぬ」

「まぁ、虫除けにゃ悪くねぇか」

「其の一部始終、市警警護課の方が見て居られた故、追っ付け市警警備課の方々も参られよう」


「あんたら、あそこまで出来ろとは言わないけど、よっく見ときな!」

 ギルドの警備員、姐さんに発破かけられる。

 ヴィオラ嬢が、管理財物の時価に応じて柔軟に追加の警備員を派遣する契約プランを開発してヒットを飛ばすのは、このあとの話である。


                ◇ ◇

 特別室。

「確かに、ボーフォルスとランベール幾百年の諍いは継承権争いであった。両家の始祖が異母兄弟であったと云う指摘は昔から有りました。いえ判告録にあるのだから事実でしょう。だが同母弟いろどとは・・」

「その長い諍いも此度の婚儀で終息されたのでしょう? 重畳です」

「『最後の二人が結婚して、そして誰も居なくなった』ーーそんな歌だっけ?」

「まぁったくフェン兄の脳はお花畑なんだからー。その歌なら『最後の一人が首を括って、そして誰も居なくなった』よ」


「コルネリアの宝石は帝国史に燦然と輝きましたわ」

 フェンリス卿が滑ったのを扶けようとクラリーチェ嬢、慣れぬ事して失敗する。

「うん。偉大な改革者として千古不朽の名を残したね。暗殺されて母親には先立っちゃったけどさ」



続きは明晩UPします。

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