55.馬の世話するのも憂鬱だった
ベーニンゲンの町、大きな商会の応接。
会頭トレミー・アーゲルが皆を迎える。
「用件を当てて見せよう。そちらのお嬢さんだね? お名前は?」
「彼女はレベッカ・ボニゾーリ。アグリッパ近郊で不幸にもご両親が暴漢に害され天涯孤独になって了われたので、長かろう余生を尼寺でご家族の供養に捧げたいと発心なさいまして、南部への旅路に在ります」
「それは何方のご発案で?」
「そのお答えは私から」とレッド。
「出家は本人の意向。南部へと言うのは、そのほうが余計な軋轢が無かろうという某篤志家のご助言です。私は護衛を請け負ったレッドバート・ド・ブリースと申す冒険者です」
「なるほど。身近に心深き方が御在だったのは不幸中の幸いでしたな。わたくしが同じ改宗済み同胞とご存じでのご来訪ですか」
「いえ、ひとえにラリサ嬢のお引き合わせでございます」
「左様ですか・・レベッカ嬢は若しや、ブフスブルのボニゾッリ家とご縁ある方では?」
「残念ながら我が一家は改宗の折に親類一同と縁が切れて終いました」
「左様でしたか。それではボニゾッリ家崩壊の話などはお耳に入れぬ方がよろしいですな。幸福は分かち合えば一人分が減りますが、不幸は分かち合えば不幸な人が増えるだけですから」
「ひとり分の幸福がなるべく減らぬよう祈りを捧げて参りたいと存じます」
「崇高なお心です」
トレミー暫し瞑目する。
「これから何の道をお行きに?」
「ゴルドーの辻から教会領へと」
ラリサ嬢の言葉をギルベール修道士が引き継ぐ。
「先ずブルクラーゼ経由で本山に参られ、プフスのジェローム院にも参られ、終の住処を見出されようとの事で御座りまする」
「左様ですか。では旅路が安寧でありますよう。 ・・あ、と。別件でラリサ嬢に個人的なお願い事が有りまして」
二人、席を外す。
直き戻って来る。
挨拶して辞去。
◇ ◇
一同、ゴルドーの辻へと向かう。
レッド、ラリサに囁く。
「『個人的なお願い』って、個人的なお願いじゃ無かったんだよな?」
「うん・・さっきの『ボニゾッリ家崩壊』の話。時間かけて、やんわり伝えた方がいいって」
ラリサ嬢の口調がいつもより寛けている。レッドに馴染んだのか幼馴染の父親と話した後だからなのか、それは分からない。
「プフスのボニゾッリ家というのは、富強を恃んだ横暴が過ぎたから誅されたとも代官所が財産没収を目論んで冤罪に嵌めたとも噂は言うけれど、真相如何に拘らず評判は最悪だったんで無闇に姓を名乗らない方がいいって」
「迷惑な親戚が居たわけか」
「イディオン人自体が憎まれたりとかは無いそうだけど・・『護衛さん空気上手く読んで』って言ってた」
「ふーん・・南は天国って訳でも無いんだな」
「そりゃ、ついこの間まで嶺南はお家騒動で真っ二つに割れ、プフスの代官所とも険悪だったんだもの。いろいろ膿みが出て、これから良くなるとこなんじゃない?
楽観的かな? それから・・」
指輪を取り出す。
「お・おいこれ値打ちもんだろ!」
「必要なら、レベッカさんの落ち着き先に私の名前で寄進してくれって。もし必要なかったらコッソリ返してねって。トレミーおじさん、ちょっとお茶目なのよね」
「修道院も金で待遇違ったりするのか?」
「寄進で境内に庵を建てて、そこの一人部屋に住ませて貰えるとか、そのくらいのご配慮はありますよ」
「信徒が参籠する宿坊とか集会所に婦人の名を冠したるものが有るのを御存知ありませぬか? それらは出家なされた貴婦人方の生きた名残りでござりまする」
「朽ちたお墓がただ残るより良いにゃん」
「家一軒建つような宝石を初対面のレベッカちゃんに、ぽんと・・ねぇ」
「おじさんも、たった一人の家族が嫁いじゃって寂しいところなんでしょ」
◇ ◇
ゴルドー。
「ここはメッツァナに卸してる名産団栗豚の産地なんです。皆さん遠くから食事に見える名店が軒を連ねて居ますよ」
「おっ。ちょうどお昼どきだな。嬢ちゃん、豚は食ってたよな」
「料理もしますわよ」
「異教徒が改宗すると司祭は喜び、民衆は悲しむ。その心はーーって小話、知ってます?」
「なんだそれ?」
ブリンが絵に描いたような間抜け顔して聞く。
「豚肉が値上がりするから。トレミーおじさんの持ちネタジョークよ」
「北の方じゃ通じねえよ。なんでも食う異教徒が多いから」
今度はぶうたれ顔。こういう顔芸が彼の持ち味なんだよな。
「メシメシ」「メシメシ」
ヒンツとイェジが唱和する。なんか昨日あたりから仲がいい。
◇ ◇
メッツァナ街道を北上するジョンデテ氏一行。
「そんじゃ、あっしはこの辺で」
城から同道していた馬丁、脇道の方に分かれる。
「いい馬だったな。ディードリック殿らに乗馬を御用立てした騎士、大儲けだ」
「あら敬語?」と、ヘルミオーネ。
「もう雇い主では無いからな。相手の人品骨柄に合った言葉遣いにする」
「普段から左様がいいのに」
「雇用する側に遜られて気持ち悪くないか?」
「そうね。腹に一物ありそうに見えちゃうかもね」
「なんか言葉が女の子っぽいぞ」
「あ、うむ。そうかも・・」と顔を逸らす。
パジャマパーティーの後遺症であった。
逸らした先に見えた森、なんか気持ち悪い。
「陰気な森だなぁ」
「『杭ノ森』って所。怪談の舞台です」
「イヤお姉様よしましょう怪談は」
「うふふ可愛いわね。でも怪談なんて大概種が有るものです」
「種?」
「精神的に追い込んで自ら命を絶たせる暗殺者究極の奥義です。過去二度もあった此の森の大量縊死事件、真相は多分その術でしょう」
「そんな恐ろしい魔法がこの世に有るのか・・」
「魔法では有りませんが、仰る気持ちは解ります。わたくしは或る真夜中、橋梁の下に自ら縊れた七人の兵士を見たとき、自分が修めてきた剣技も体術も全て児戯に思えました」
「怪談より種の方が怖かった」
◇ ◇
「アリシアちゃん、おなかぽっこり」
「ん、満腹」
ヒンツは欠食児童のように食った。
本物の欠食児童イェジと同じくらいに食った。
「のんびり休んで腹引っ込めてっとブルクラーゼに着く前に日が暮れちまうぜぇ」
勿論そんな遠くない。ブリンも適当である。
「こんな良い馬、貰っちゃって。ウスターの殿様も気前いいな」
藩の小荷駄隊の馬だから毫も良い馬ではないが健康で強壮だ。山麓の村に返しに行かせた馬車馬に比べたらソリャ良いだろう。零落騎士で馬泥詐欺のヒンツ、馬の目利きはプロなのだが謙虚に生きる心境のようだ。
自分の暮らしは質素でも贈り物には張り込む土地柄らしく、ラリサ嬢が痩せ馬の返礼にと若い衆に持たせた食材も今夜はあの村の宴席を沸かせることだろう。
何のことはない。坂を登ると参道に出る。メッツァナの側から登って来る巡礼の一行も見える。
程なくブルクラーゼが見えて来る。
◇ ◇
ジョンデテ氏の一行、メッツァナの南門を通過する。
「此処・・泊まるのか?」
「すごく高値い所ですよね?」
「大丈夫。先客に居候するから無料」
なかなか厩舎番が来ないので馬を牽いて裏手に向かう護衛二人組。
「うう・・どうしたもんかなぁ・・」
「どしたね大将?」
「あ、あんたか。実はこのお馬さんがねぇ・・」
「こりゃ凄ぇ。値千金なんて月並台詞が赤面して裸足で走って逃げらぁ」
「口は走っても台詞は走らんだろ」
「しっかし見事な白馬でやんすねぇ」
「こないだの黒馬なんか、馬泥棒なんぞが団体様でお越しでも噛み殺しちまいそな手間要らずだったんだがなぁ」
「この子は?」
「人が良い言うか馬が良い言うか、甘い人参ぶら下げた男にオイデオイデされたら随いて行っ仕舞いそうで、気が気じゃねぇのよ」
「はぁ、それで孫娘の心配する祖父さんみてぇな面してんのか」
「しっかしこんな名馬に乗ってんの、どんな人だろうなぁ」
「うーん・・よく、愛馬は主人に似てるって言いやすよね」
◇ ◇
「お姉様、いま柱の陰で会釈してたひと、市警のSPですよね?」
「市警の市警?」
「いえ、もういいです」
我が物顔に特別室へと入る黒髪クラリーチェ。
「だーれ?」
「にゃーん」
「おかえり」
「あら、お客様? ・・って、司書さまでしたか。いらっしゃいませ」
顔だけではなく、物言いも我が物言な黒髪娘、部屋の主人ほったらかしに来客に話し掛ける。
「フェン様、この指輪どう見ます?」
「cornu leonis 宝石ふたつ?」
続きは明晩UPします。




