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54.年増は憂鬱だった

獅子の角コルヌ・レオニス?」


「そういう謎解き、クラリスは好きそうだな」

「王都に行く用事もあるし、わたくし御領地まで一緒に参りましょうか。何如? ボーフォルスの御家老さま?」

 人混みで気配を消していた二人の護衛が突然姿を表す。その一人、小男の騎士が目深に被った帽子の鍔を触ってブリンに会釈したように見えた。次の瞬間、二人共踵を返して人混みに消える。

「それじゃ、わたくしは」と、去ろうとするクラリーチェ嬢。


「お、お待ち下され。只今、伯爵は特認を賜りますようお願いの為に留守しておるのです」

「特認?」

「ご存知のとおり伯爵法廷の所管事項は騎士階級までで男爵の係争は裁けません。しかし双方の代理人が騎士階級ならば、和解事件の公証人として記録を嶺南侯にお送りする事で法的効果を担保できぬか、専門家の意見を伺いに参っているのです」

「そこまでご配慮頂いているとは感激ですわ」

 ラリサ嬢、大きな体で大きな身振りする。

「じゃ、ラリサのとこ泊めて」

「お姉様っ! 僕も僕も!」

「あれは・・本当にヘルミオーネであるのか?」

 ・・うち二人が無口系でも娘三人は姦しいのだろうか、と思って仕舞うレッド。


 アンリ・ジョンデテ耳打ちする。

「アグリッパで聞いたがレッドバート君、きみ領地があれば男爵位を継承できるんだろ? 俺の妹、狙ってみないか?」と、例の悪党ヅラでニヤリ。

 代わってアリシアが耳打ち。

「レッドったら、あのお姉さんの男装にグッと来ちゃってるでしょ。僕、分かるんだから」


 こいつら結構兄弟っぽいな。顔はぜんぜん似てないけど。


                ◇ ◇

 旅館の一室。

「この和解プラン、最初うちのギルマスが提案した物だったんですよぉ。そぉれがすっかり持ってかれちゃってぇ。フィリップさんも何やってんのぉ」

「そんな事情は知らなかったもんだからさ。追っ手のお武家さん相当の豪の者だと聞いたから、一刻も早く伯爵の懐に入っちゃおうって現場の判断だよ」

「まぁ依頼の任務には失敗したけれど、後味の悪い事にならなくてよかったわ」

「いや、ギルドには当方こっち都合でのキャンセルと届けてある。そなたらは有終の美を飾った」

「知ってたの?」

「いや、恩人殿ご一家と巡り逢えた様だったからな」

「引退届はヘルミオーネに付して、南へ旅を続ける所存である。手付けを貰い過ぎゆえ、お返しせねば」

「いや、取っておいて呉れ。新天地でご多幸あれとの祝い金だ」

「ヘルミオーネって、あっちのギルドの子もクールな顔してさ、今頃は若い同士のパジャマパーティでキャッキャうふふてんのかしら」

「あの子もああいう一面が有ったのだな」

「お姉さんも最初ギルドで会った時はただ仕事の出来るクールビューティって印象だったけど、人間味が見えてきて嬉しいわ」


「ふふ・・丸出しにしちゃったわね」


                ◇ ◇

 グロッス男爵邸の離れ。キャッキャうふふの現場。

 しばらくキャッキャしたのち。

「わたしもアサシンにジョブチェンジしたいんだけど、ちゃんとした師匠に付いて修行しないと不可なんですよね」

「なに言ってるのラリサ。貴女はわたくしの妹弟子。お師匠さまは誰?」

「月影の御局様です」

「でしょ。だから一筆頂けるわ」

「あ・・」

 彼女、紋所入りの暗器を拝領したとき気付いているきだった。


「僕は、昇格審査の試験官にお目に掛かれなくて困ってるんです」

「やる気があるならプフスのギルマスに推薦状を書くわ。義姉だけど、わたくしの事いつも『悪い猫』って呼ぶ人だから甘くしては貰えないかな」

 義兄弟の習わしが有る彼女の一族、兄弟姉妹が際限なく増える傾向がある。


「お姉様が『悪い猫』って、なんとなく解りますわ」

「そんなこと言う鼠さんは食べちゃうぞ」


 彼女も、普段見せない一面が出ている。


                ◇ ◇

 再び旅館の一室。

「あいつ、こんな上級宿、アポ無しでスルッと取っちゃうんですよね」

「それはホームグラウンドの強みよ」

「メッツァナみたいな自治都市には、断トツに強い権力者って居ないから、常連客からの信用以上に強いコネって無いんですよね。そういう場所で最適の人材で良いプランニンングを設定するのが仕事だった私って、所詮大手ギルドの組織の中の人だったんです」

「軍隊でも特殊部隊の長と大隊将校は求められるものが違う。当然であろう」

「ラリサ・ブロッホのどんな人脈にも食い込んでいくガッツと信頼に応える地力。敵わないなぁって・・」

「みたところ小さな組織のオーナー・シェフの様である。裁量の自由度が違う」

「ヴィオラ嬢も、どんな殻を破りたいのか気付けば一歩前進さ」と、フィリップ氏お気楽そうな一般論を言う。

「破らず堅くするのも一つの選択肢であろう」

 さらに迷わせるような事を言うディード。

「あらお姉さん! 変だと思ったら、こっそりチビチビ飲んでたのね。あたしにも頂戴!」

 酒瓶を取ろうとするクレア。


 アンリ・ジョンデテは、もう寝ていた。


                ◇ ◇

 ギルドの宿泊棟。

「ねぇブーさん、僕って兄一人減って二人増えたわけだけどさ、みぃんな半血兄妹だったんだよね」

「ああ」

「姉は父・・の連れ子で結構仲良かったんだけど、血の繋がりは無かったわけだ。母上が世継ぎを産んだら弟で甥かぁ」

「いちばん近いじゃねぇか」

「領地とか宝物とか、全部あげちゃって良いよね」

「誰も文句ぁ言わんだろ」


「あっちの若殿ってなぁ、どんなお人なんだ?」

「会ったこと無いけど、迷わない人ね。電光石火で攻めてきた」

「似てんじゃねぇのか?」

「もう一人の兄、どう思う?」

「うーん、初対面だけどストレートで不器用な奴かな」

「不器用?」

「継承権順位の高いお前さんが近くにいるとさ、お前と血の繋がってないあちらの大奥様とやらと折り合い悪かろう。だから遠くへ行って欲しい。そういう損得勘定してることを隠さねぇ。だけど情は沸いてる。そういうとこ、誤魔化しが無ぇ感じかな」

「信用していい・・と、思う?」

「お前さん、もう信用してんだろ?」


「うるせえ! いつまで喋ってんだ!」

 よその冒険者に叱られる。


                ◇ ◇

 翌朝、日の出すぐ。

 中央広場に昨夜はテーブルだった矢板が囲いになって建てられていて、法廷ではないが、それっぽい。参審人も6人列席している。

 アル卿がそのまま老けた様な顔の人が二人、グロッス男爵に昨夜の伊達男。嶺南の男爵だと気が付いて居なかったレッドは鈍い。党派性が強い気もするが審議する訳でもない立会いの証人だから構わぬだろう。

 領主殿はレッドより少々年上なくらいの精悍な人物で、行動的なようだ。

 調停への合意は昨夜下ごしらえ済みだったので遅滞なく終了する。

 もう飲みたそうな空気が漂うのは土地柄だろうか。

 まだ朝だ。


 ボーフォルスの御家老ことアリ坊の兄貴は例のお嬢さんと護衛騎士二人と一緒に北へ。メッツァナの人は町へ。狼少年の尻尾は昨夜の年増女騎士がまだ握っているが、帰りたそうだ。

 立派な馬を牽いた馬丁も一緒だ。どこかの騎士に下賜するとか漏れ聞いた。

「レッド、あのお嬢さんのお尻ずっと見てた」

「見てないぞ」

「締まった感じがショースずぼんにぴっちり入ってんのが好きなんだよね」

 なんだかアリシアの言葉遣いがおかしい。

 男爵様というより町の伊達男っぽいハンサム氏は、もと追っ手さん二人と南へ。

 レッドらはラリサ嬢に導かれてベーニンゲンの町へ向かう。

 すぐ近くである。


「ここ、わたしの幼馴染の実家なんですよ。本人は嫁いじゃったから居ないですけど」

「でっかい商会だな」

「儲かりまっか?」

「アリ坊、それ何処の言葉だ?」

「ぼちぼちでんな」

「あ! ほんとに返事が来た」

「トレミーおじさん、こんにちは」

「おう、ラリサちゃん。こないだは世話んなったな」


 あちこち世話してるらしい。


続きは明晩UPします。

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