53.兄妹増殖して憂鬱だった
ウスターの町外れ。
ディードリックら下馬して手綱を牽く。
「お嬢の知り合いで被居ったか」
「カルラッヘ商会の法務顧問として当地をお訪ねになった折、交誼を結ばせて頂きました。憧れのお方です」
ラリサ・ブロッホ、ヴィオラ嬢の 視線を軽く去して一行を先導する。
「城主ニコラス様は今夜のお帰りが遅いか明朝になろうかとのこと。今夜はお宿を手配致しますので、ごゆるりと過ごされませ。城代家老グロッス男爵は居るのですが・・広場で皆の晩酌が始まって仕舞っておりまして・・」
「それは御相伴に預らせて頂ければ嬉しう存ずる」
ディード珍しく社交性を発揮する。
「ぐぬぬ・・拙い。雌ゴリのペースだわ」
グロッス男爵の卓に近づくと、人がひとり増えている。
傭兵風の肩当て肘当てを付けているがシャペロンをクラバットの様に首に巻いた今様の伊達男。ちゃっかりアンヌマリー、隣りに張り付いてお酌をしている。
甘いマスクがディードを見ると破顔。
「やぁ。久しぶり」
「やはり若の気配でしたか」
ディードリック、両の踵を合わす軍式の礼。
「いや今夜は千客万来ですな」と立ち上がって席に誘うグロッス男爵。
「まだ来るよ。妹達も追っ付け。妹弟子にも逢いたいって」
「妹弟子などと畏れ多いですわ」
「・・(このゴリ子、もう人脈作り捲りかよぉ)」
「蟷螂姐さんも不景気な顔してないで、飲んだ飲んだ!」
「まっ! スカンビウムの鼈娘も来てたのね」
「お嬢から本貫で御家再興が成ったと聞き、いま仕掛り仕事を終えたら帰参致そうと南へ参りましたる次第」
「いや、貧乏男爵家じゃ勿体無いから明公に御推挙致そうって方向で進めちゃってるんだけど、良かった?」
「過分なご配慮痛み入り申す」
「仕掛り中の仕事って、そこの『美少年』だよね」
レッド、小さくなる。
「いや、お二人には恩がある身だってのに謀って出し抜くような真似をして申し訳ありません」
「いーのいーの。それが仕事ってもんだって」
レッドのジョッキに注ぎ足すクレア。
「まぁ『美少年くん』を連れ戻すって依頼は既う実行不可能なんで、雇い主の為に少しでも良い条件を引き出せればなって所なんだけど」
ラリサ嬢、割って入る。
「でもメッツァナの探索者ギルドから『ボーフォルス家の代理人と会見できるようセッティングをして欲しい』って連絡が来たのは別口なんでしょう?」
「別口別口、別口です」
人混みからひょこっと現れた『少年』
「やっぱりヘルミオーネちゃんでしたか」
「あら、男装組また増えたわね」とカーニスの尻尾を撫でながら女騎士。
「お耳ぴょこぴょこの男の子も、こっちへ可来よ」
「小さい子だから飲ませちゃ駄目ですよ」とクレア、引き留める。
「お菓子あげるよ。ほらほら」
「なんで僕と分かった?」と『少年』、ラリサの隣りに掛ける。
「オレストって言えば伝説の復讐殺人鬼でしょ。で、奪われた婚約者の名がヘルミオーネ。だからメッツァナのオレストって名乗れば、アサシン職のヘルミオーネに決まり」
「なんだ偽名がバレバレか、つまんない」
「で、代理人って?」
「私だ」と人混みからボーフォルス家の家老アンリ・ジョンデテが現れる。
「アリシア・ランベール嬢、ちゃんとお目に掛かるのは初めてだな」
「アルフレッド・ハウゼですが」
「まぁ駆け付け三杯、駆け付け三杯」
アンヌマリーの差し出す陶製ジョッキを見事に干すジョンデテ氏。
「有難い。急転直下状況が激変して、素面で言いたくない気分だったのだ・・」
深い溜め息ひとつ。
「ランベール令嬢・・いやアルフレッドくんかな。君のお母上だが、うちの若殿と結婚した」
「えー! 年増の手管恐るべし。じゃ、僕ってボーフォルスの義娘になっちゃったの?」
「いや、若の実妹だ。君の実父は先代男爵様だと若奥様が・・若くないか」
「どひゃー」横でレベッカ叫んでしまう。
「なんと、くっころ一発逆転かぁ」
「アリシアちゃん、言い方!」
「否、ひと月くらい御堪能だった。あんまりご執心だったので大奥様が先頭切って人質交換に動かれた」
「御家老も、言い方!」
「ランベール家は入婿男爵も御子息も亡くなられたが、お母上の正統が残るゆえに此のご成婚で両家合一。・・まぁ、年齢的には若と君なんだが、異母兄妹では血が近すぎだ。と言って、君が格上貴族に嫁いだなら大奥様の気が休まるまい。それで正式に分家を興したらどうかな?」
ジョンデテ氏言葉を継いで言う。
「とある御方に相談したところ、郎党衆には恩赦が出たとはいえ不知先日まで殺し合った相手、跋もわろかりなん。南部に開拓自由民として受け容れるゆえ、新たに一門を起こしてはと」
「歓迎するよ。南部じゃぁ戦乱続きのグウェルディナ国から逸れて来た民を使った治水工事が大いに成功して、可耕地が随分と増えてるんだ。人手はどんどん欲しいところさ」
伊達男氏も話に加わる。
「だけどボーフォルスの御家老、一転ぼくにずいぶん親切じゃない?」
「・・俺も・・君の兄だ」
「えーっ!」
「書類上は先代様の末弟という事になっては居るが、実は乳母に産ませた子でな。君の異母兄になる」
「それは・・随分と早熟でいらしたのですね」
「年上好きは若も遺伝だな」
「御家老、言い方!」
「お姉様!」
ラリサ・ブロッホ弾かれた様に立ち上がり、人混みに駆け込む。
直ぐ、自分より背の小さいクラリーチェ嬢の腕にぶら下がる無理な姿勢で戻って来る。
「お姉様!」
日頃無表情なヘルミオーネ珍しく色めき立つ。
「おやおや君、最近姉妹が増えたねぇ」
「ちゃんと仕事はやっていますわ。はい、ボスコ大公の国譲り状。大公領は薨去後ベナンツィオ猊下の神領に寄進なさいます」
「猊下は親の仇のお孫さんだろ。最後の最後で裏切ったりしない?」
「誓紙を添えて遺言状として陛下にお送りしましょ。それで万事が大丈夫。あとはエルテスの尼僧達がきっちり看護します」
「囲い込んじゃうか」
「おお、男爵領の帰趨が小さな話に聞こえて来ますのう」
「・・っていうか、こんな大っぴらに話して良いんですかね」
男爵とレッド、顔を見合わせる。
「なんか気が抜けちゃったね」
こっちも急拵えの兄妹、顔を見合わせる。
「それじゃ、旧ランベール領の寄進状は破棄しちゃうか。母上への結婚祝いだもんね。でも、よく惚れたね。あんな年増の経産婦」
「若、『処女性に拘って人妻に惚れられるか』という先代の名言を引用されてな」
「それ、名言?」
「俺が子供ん時に見たお母上は、そりゃ凛としてお美しい女騎士だったよ。今は
・・今もお美しいぞ」
・・んまぁ此奴の母親なら左様かも知らんな、とか思うレッド。
「アルフレッドさん・・女の子だったのか。よかった。オレ変態じゃなかった」
「そういやぁお前、アリ坊にあれ握られて家来になったんだっけ」
「違うよっ!」
「ランベール家秘蔵の宝ってのも、この際みんな渡すべきだと思うけど・・こんな物しか預かって無いんだよね」
アリシア嬢こと男装中なのでアリ坊、もしくはアルフレッド君、両の手から妙に地味な指輪を外す。
「鉛? 鉛の指輪・・って事は無いですわね。ほら、肌に触れる部分は黄金です。表面に鉛を塗ってあるだけ。取り上げられないよう粗末に見せてますわ」
金貸しの遺児らしくく金品に詳しいレベッカ嬢である。
「どれ。見せてくださいな」
クラリーチェ嬢、男装したプールポワンの腰から刀子を取り出す。
「偽装を取ってみましょう」
刀子の峰で擦ると、簡単に華奢な金の指輪が出てくる。宝石が付いている。
「うーん・・相当な年代物だけど、売って値のつく品では無いですわね」
「買い手が限られますわ」
金に厳しい二人の意見が一致する。
「銘が有りますわ」
「銀象嵌、凝った造りだ」
「青い石の横にcornu ・・赤い石の横にleonis」
続きは明晩UPします。




