52.本格的に追い付かれて憂鬱だった
嶺東州、ウスターに向かう街道。
馬を飛ばして誰か来る。
「姐さぁん」と、手を振るのはベーニンゲンの若衆ハンネス。
火急の報らせらしい。
「どうしたの? 何か想定外の事態?」
「いや想定内なような、想定外なような・・」
「なにそれ、きりきり報告しなさい」
「メッツァナの探索者ギルドを通じて、敵の男爵さんの代理人という人から会見の申し入れです」
「早いわね」
と、言ってラリサ嬢一転怪訝な顔。
「え? 探索者ギルド? 冒険者ギルドじゃなくて探索者ギルドから?」
「探索者ギルドのオレストという人から姐さん宛に使いが来まして、会える場所をセッティングして欲しいと」
「オレスト誰? ・・(復讐の殺人狂じゃないわよね?)」
古い話だ。
父を謀殺した自分の実母とその愛人を殺し、母の妹を殺し、婚約者を奪った男を殺した伝説の復讐鬼である。
しばらく考えて・・「あ! あいつの変名かな?」
考えながらウスター城下に近づく。
◇ ◇
「とりあえず街道筋に出て、交易商人の馬車にでも便乗させて貰いましょう。歩きじゃ埒が明きません」
ヴィオラ嬢、少し顎が出てきた顔色。
「当ては? 有るの?」
「馬車の護衛を稼業にしてる者らの間には、それなりに顔が売れてます」
「手近なところで地頭屋敷でも見付けて、伯爵殿に御挨拶申し上げたい旨言上した方が早くは無かろうか」
「もう南岳の寺侍とも接触しているみたいだし、真っ直ぐ山門に向かって了うかも知れないわよ」
「そうかも知れぬが、仲介の労を取って名を上げたい冒険者ギルド同士先陣争いに成って来ている気がしてならぬ。で、あろう? ヴィオラ嬢」
「ご明察ですわ! あのブロッホ家の娘は野心家です。屹度ご両家の諍いの仲裁者としてウスターの伯爵様の名声を高め、ちゃっかり自分の勲功も立てる算段をしてます」
「坊よ! お主の自慢の鼻では何方だ? 馬車のところで気付いた匂い、どっちに向かった?」
「真っ直ぐ南だった!」
「これで如何?」
◇ ◇
嶺東北部、ラーベンスヴァルトの森近く。城館と呼ぶには少々小さい屋敷。
この辺りは、南北戦争のおりに討ち果たされた逆賊の旧所領に軍功あった者らが封建された土地で、新興の騎士領が散在している。
「旦那様! 旦那様!」
「何を慌ててる?」
主人と思しき人物は多分さきの戦役の頃には血気盛んな若者であったろう世代。今は落ち着いた小領主に成っている」
「旅のお武家様が御挨拶にと」
「旅のお武家様?」
ただの農夫に毛の生えたような執事に先導されて、容貌魁偉な武辺者が現れる。
言わずと知れたディード、騎士の礼をする。
「拙者、嶺南はスレーナ男爵家の旧臣ディードリック・ヴァン・ベーテルギウスと申す。帰参の為エリツェプルに向かう途上で貴公の領内を通り申す。怪しい者ではござらぬのでご挨拶仕る」
「おお! 懐かしい! 某も若き日、光栄にも嶺南勢と共に戦うた者だ。貴公の偉丈夫ぶり、赤鬼青鬼と呼ばれた撲殺兄弟の武威を思い出しまするぞ」
「往年の大豪傑と比べられてはお恥ずかしい限り。拙者今は浪人して徒歩の旅路。忸怩たるものが御座る」
「おお、それでは拙者の乗馬を御用立て致す」
「それは辱し」
「その代わりと言っては何だが、我が主君バッテンベルク伯爵の許にもお立ち寄り下され」
双方、騎士の礼。
◇ ◇
「旦那様・・本物ですかね」
「あれ程の豪の者、ざらには居るまい。嶺南侯の幕下に那んな知己が出来るならば馬など安いものだ。機は逸さずに奇貨とせよだ」
安いものだと平気で仰せだけれど、一行四人ぶんの足である。田舎騎士の懐には痛かろう。
「その昔、リッパハのグロスゲーレン家が結んでおった小さな縁故で主家の伯爵が虎口を脱したであろ。いつ帰って来るかなど考えず縁は築いて置くものだ」
「立派に身を立てなさる方の言うことは含蓄ありますなあ」
「持ち上げるでない」
◇ ◇
レッドの一行、ラリサ・ブロッホの先導でウスター城下に入る。
「まず冒険者ギルドに行きましょう。この街のギルドは他所とは毛色が違っていて伯爵府の役所みたいな感じなんです。ギルド長にも郡の治安判事さまが就任しています」
「ハンナ嬢のお父上でしたっけ」
「ギルド員も無役の藩士が大半です」
もともとが、主人を持たない放浪の武装人を定住させて管理したい為政者側と、自由人の身分は欲しいが都市コミュニティには縛られたくない放浪者側との妥協で生まれたような制度だ。職人が遍歴するギルド制度の枠になんとか収めているが、騎士が遍歴する仕組みと似ていなくもない。
天守の築かれた丘の麓に小ぢんまりとした市街。中央広場に何も置かれていない台座がある。
「あれ、もしかして磨墨号さんの銅像立てる予定だった場所か?」
乗り良さすぎるだろ嶺東人。
「あそこです」とラリサ嬢指差す方に立派な建物。成る程、役所のようだ。
まだ申の刻前だが、中央広場には仮設の大卓があちこちに置かれ、多くの市民がジョッキを傾けている。炙った腸詰の香ばしい匂いが漂う。
「おおい、ラリサ嬢! その方々が例のお人達かい?」
大柄な初老の恰幅良い人物、杯を片手に手を振っている。フラ・ギルベール颯と近づいて一礼し、隣りに掛けてジョッキを受け取っている。早ッ!
「さあ皆さんもテーブルに着いて! 皆で一杯やろう」
「ラリサ様、あのかたは?」
「遠からず私の義父になる予定のグロッス男爵。伯爵の叔父上様です」
「しょ・・庶民的なかたですのね」
「お嬢さんはユーリンバッハ卿の奥方の同族だね? 訪ねてみたかい?」
「実家がベーニンゲンにあるから、後で訪問してみましょう」と、ラリサ嬢。
アンヌマリーも手慣れたもの、もう両手鈴生りに皆の分のジョッキを抱えて来ている。
未だ日が高いうちに始まって了った。
男爵の隣に居た女性つと立ち上がると席を移動する。騎士の平服のような服装で男装した背の高い女性で、少々薹が立っているも美貌の佳人と言って良い。いや、好みは人を選びそうだが。
移動して何処へ行ったかと言うと、直立黒猫と犬獣人の間に無理矢理割り込んで左右に肩を抱いた。
「何を遠慮している。飲め飲め!」
既に出来上がっている風である。
「ねぇ、尻尾触っていい?」
そういう趣味らしい。
返答も待たずもふもふ始めて黒猫が怪訝な顔をしている。
この世界、大概の人は夜明け前に起きて働く支度に掛かるから、夕刻に晩酌して日没には帰宅して寝る。以降は恋人たちの時間を長めに過ごすのだが、この地方、晩酌の時間も早く始めて長めに過ごすようだ。
「南へ行くほど亜人種、異人種に差別が少ないってホント見てぇだよなぁ。みんな同んなじテーブルで飲んでらぁ」
「その代わり、敵か味方かで差が激しいですわよ」
ラリサ嬢、ブリンに釘を刺して置く。
そこへ略式の革製兜を付けた衛兵が小走り。
「御城代! 殿にお目通リをと仰るお武家様がお見えです」
「御用件は?」
「ヴュルムスガルテンのロベルト卿に恩を受けたので御主君に一言謝辞をと」
「恩?」
「お乗馬を借り受けたそうです。確かに馬具に卿の紋章が」
「騎士が愛馬を貸すなど余程の事だぞ。相手はどなただ?」
「嶺南はスレーナ男爵家の旧臣で、仕官に南へ向かわれるとのこと」
「スレーナって、あのスレーナか?」
「まぁ! わたくしお出迎えに参りますわ」と慌てて席を立つラリサ嬢。
◇ ◇
彼女ひと走り。
市街の外れの廃業した鍛冶屋の前辺りに騎馬武者とその一行の姿を認める。
「げっ! ラリサ・ブロッホ!」とつい口に出すヴィオラ嬢。
ラリサ、ディードリックの前まで走り寄ってレヴェランスする。
「スレーナ家にご縁のかたと伺いました。ご来臨光栄に存じます」
「拙者、ディードリック・ヴァン・ベーテルギウスと申す。スレーナ家に帰参の為、南へ向かう途上、領主殿へ御挨拶に罷り越した。御令嬢は?」
「バッテンベルク伯爵家の親類分でラリサ・ブロッホと申します。勿体なくもクラリーチェお嬢様の知遇を得た者でございます」
「おお! お嬢の!」
「まっ! 『親類分』って、既うそこまで入り込んでんのっ!」とヴィオラ嬢口の中で。
「あれが噂の雌オーガ? 可愛い顔してんじゃない」
「二の腕見て下さい。ありゃアンタイオスをネックハンギングで締め殺しますよ」
小声で女ヘラクレスみたいに言われるラリサ嬢。
「・・(メッツァナの蟷螂女、わたしのこと変な紹介してるわね?)」
先に女の戦いが始まりそうだ。
続きは明晩UPします。




