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51.差をつけられて憂鬱だった

 南側山麓の邑落。

「やられた」

 クレア、天を仰ぐ。


「すったらな事いうても野良仕事に昼までプラウ牽かす馬だべ。貸せねえだ」

「村にたった一頭の馬車馬だったのね」

 とんだ限界集落ねッ! と毒づきたい所をぐっと抑えているヴィオラ嬢。

 その一頭、ひと足先に借りて行かれて仕舞った。正確には馬車馬を、だが。

 ラリサ・ブロッホに出し抜かれたような気がして不快である。

 別に先回りして身柄を押さえる積もりだったでも無し、無理してまで追いついて挽回する必要も無いのだ。無いのだが・・

 やっぱり口惜しいのであった。

「お膳立てはウチのギルマスがしたのにぃぃぃぃ」


                ◇ ◇

「おじさん馬乗るの上手なんだ」

「そりゃま、馬との付き合いぁ長ぇからな」

 まぁ確かに実際長い。その経歴の前半は騎乗して戦うプロとして。後半は馬丁に成り済ます馬泥棒の詐欺師として。

 馬泥ヒンツの跨る軟式鞍の後ろにイェジがタンデム乗りしている。


 皆は下馬して手綱を引いての峠越えであったが、徒歩だったこの二人の分の足も確保できたので、晴れてウスターの城まで騎行である。

「いちおう・・あちら様が強行路線に豹変する万が一の可能性にも備えをしました上で、改めてご招待いたしましょう」


「ご招待なんてセリフ聞いたら、小母おばちゃん湯気立てて怒るだろうにゃあ」

 残念ながら鐙まで足が届かないので、馬上でラリサ嬢のお尻にしがみ付いている直立歩行黒猫、如何にも愉快そうな声である。

 小母ちゃん呼ばわりしてはヴィオラ嬢が可哀想だか・・彼女、昨今株爆上がりのラリサ・ブロッホが十歳年下なのを脅威に感じているのは間違いない。


                ◇ ◇

 嶺東州、ドーザ川河川敷に細長く伸びる娼館街『九軒だな』の見番。

 置き屋の主人、半玉を呼びつける。

「そか・・誰も起きねぇか・・」

「あい。ねえさん達みんな、お客と朝寝でありんす」

「うんじゃま仕方ねぇなぁ」

「うんじゃま仕方ねえから、あちきがお相手しやんすわいなぁ」

「イヤサ、此んな朝っぱらから登楼あがる客って何年振りかねぇ。前ん時ゃ、夜っぴてお盛んだったご主人の隣室に控えてた護衛さんが明け方に催しちまったんだっけ」

「フーン」

 なま返事を残して半玉、鼻唄歌いながら客室へ向かう。

   「どなどな、どーなどーなぃ ♪」


「あら、いい男」

 黒い皮ジャックと剣帯を壁に掛けてしどけない格好で寛いでいるのは傭兵ふうの出立いでたちが似合わぬ何処となくみやびな男。

 まぁ実際には、傭兵というのは何時なんどきこれが死装束になっても構わぬと着飾る者も結構普通に居って、あれよと目立つほどかぶいて名を鳴らしたがる者も多い。移動が多いので全財産を宝石にして身に付けたりもする。であるから是の男、小洒落ては居るが地味なほういや寧ろ清楚気味だ。

 むろん他方、質実剛健且つ粗野な荒くれ傭兵も数あまた居るが、それとも彼、亦た程遠い。

 要は傭兵、二極あって中庸が珍しいのである。その珍しい中庸からならば大きく外しては居らないのだが、でも矢ッ張り何だか似合わない。

 半玉には左様そう思えた。


「済まないが、寝たい」

「へぇ。皆はん寝ぇに被来らっしゃいますえ」

 半玉、するすると服を脱ぐ。


 臥所ふしどに入ろうとすると、男すでに片肘枕に寝息を立てて居る。

「あらら、ほんまに寝てはるわ」

 半玉、枕元にしゃがんで首をかしげ、寝顔に見入る。

「眼福眼福。お相手できのうて惜しいわぁ」


 明け鴉の声も静まり娘島田とけて流れて結い直す。

 客を見送った姐さんたち、三々五々賄いを食しに炉端に集まって来て、そのあとお茶を挽く。

「なんだいこはるプリマヴェーラ、おまいまで客取ったのかい。昨夜は賑わったねぇ」

イエねえさん、今朝一番に何とお客はん来たんで、旦さんに言われてお相手したでありんす。ところがそのおかた様、夜通し馬を走らせて疲れたもんで一寸ちょっと寝たいと仰ってスヤスヤおやすみンなって、先ほど又すっ飛んでお行きなンして、そんだのに添い寝しただけのあちきに金貨を下しゃいなんした。コリャモウ日頃の信心に神様がお小遣いらはったンに違いあらはりまへん」

「あらま棚牡丹たなぼたかい、ゃ汗水垂らして齷齪あくせく稼いでンのにサ。いねぇ」

「ソレが、良ぅあらしまへん。水もしたたい男だったから、お預け待てがつろつろて辛抱し兼ねたわいなぁ」


「あらあら」


                ◇ ◇

 大河のほとりの高い城。

 一室で古籍をひもときつつ夜明け前に寝落ちした二人、元書記シュライバの鼻眼鏡が卓上に落ちている。元図書館長の老修道僧が重そうに片眼の瞼を上げ、また落とす。

 そのまま口の中だけ・・声にならぬ声でもぐもぐ呟く。

「女の名前・・なんじゃったっけぇ・・コンスタンツェ・・じゃなくてコルネ・・リア・・」その後、もう聞き取れぬ。


 戸口に人影。

「先生がた、朝食が・・ あら、寝てる」

いや、起きとる起きとる。考え事しとっただけじゃ」

 瞬時に意識の戻るグァルディアーノ師の精神力。たぶん典礼なんかで居眠りなどてないと言い張るために随分と修練を積んで来ている。


「ん? なんと今朝はチーズ付きじゃと。なんか良いこと有ったのかな?」

「はぁ、慶事がなんちゃら・・かんちゃら・・」

 朝食を運んできた侍女、何やら言いたく無さそうだ。老師さして興味も無いので別に聞かない。


「それよりミシェルちゃん、そなたも此の城の住人じゃったろ? ランベール家の隠し財宝の話とか、なんか聞いとらんのかね?」

「わたしは連れ子でお城に上がったんだもの。身分が上がったみたいに慢心しちゃ駄目って言われて育ったわ。分不相応なお話とか、聞かされてないし聞く気も全然ありません」

「俗世とは世知辛いもんじゃのう」

「でも悪くもないわぁ。落城んとき霹靂一閃いっぱい男性経験して、あれはあれで人生またとない経験だったわ」

「前向き娘じゃのう」

「悪い方に考えたら刹那いでしょ。いちばん上手だった殿方に『俺の女だ!』って言われて正妻にお迎え頂いて今は殿様付きの侍女って、わたしの人生激震を経ても更に上向きじゃないですか」

「ふむ、諺に云うなんとか爺さんの馬じゃったかのう・・」

「大博士の頭脳も錆びてますね」

「そのうち思い出すわい」

「どうせまた徹夜だったんでしょ。隠し酒蔵から一本失敬して来たの。一杯やって昼くらいまでお休みなされませ」

「略奪者どもが探しまくっても見付けられなんだ隠し酒蔵に出入りしとるんじゃ。隠し金蔵の事もなんか知らんかのう」

「大博士って存外おばかさんよね。入婿こんそるて男爵の連れ子なんて侍女奉公に上ったのと同じだから、侍女の知ってることを知ってるの。令嬢の知ってる事は知らないわ」

「侍女ならば、くすねて来た酒を先に飲まんじゃろ」

 老師もチーズを酒肴さかなに一杯はじめる。

「嬢ちゃん、ランベール家の始祖の名前、なんちゅったっけ?」

「ティベル・ド・ランベール様。そういうのは確固ガッチり教わったわ」

「じゃなくて、おっ母さんの名前」

「コルネラ・ド・ランベール様。歴代のお名前なんて暗誦できるわ」

「コンスタンツェは?」

「五代目女男爵ばろねささま」

「よく覚えとるのぉ。お宝探索チームに正式に派遣して欲しい人材じゃわ。ジョンデテ殿が帰ってきたら頼んでみようかのう」

「亭主の功績になるんなら頑張るわよ」

「親父殿の仇じゃ無いんかいの」

「ちんこ良かったし」

「ふへ!」


                ◇ ◇

「お尻・・痛い」

 驢馬に揺られたアリシア・ド・ランベール嬢。今は男装でアルフレッド・ハウゼ男爵令息と名乗っている・・らしい」

「直きウスター城です。思ったより早く着きそう。柔らかい寝床でお尻を休められますよ」

「ねぇねぇラリサさん」

「なぁに?」

「ラリサさんも冒険者あばんちゅりえなの?」

「そうよ。まぁ普段は受付嬢の仕事ばっかりしてるけど」

 ギルドマイスターである父親が市政参事の仕事の方に手を取られるので、彼女がベーニンゲン冒険者ギルドを仕切っているようなものだ。このへんもメッツァナのヴィオラ嬢がカリカリする所である。いくら仕事が出来ようと雇われ職員の限界を再三見せ付けられる。


「ん? あれは?」



続きは明晩UPします。

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