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4.追っ手の方も憂鬱だった

 大司教座の門前、アグリッパの町の冒険者ギルド、宿泊棟の一角。『先輩』レッド氏が膝を抱えている。


「先輩、もしかして追放された経験があるんですか」

「法的な追放アハトじゃない。ただ勤め先をクビになっただけだ」

「でも、実態はアレですよ・・前にいた町に、そのまま住んで居られました?」

「フィン、お前って結構がんがん攻めてくるタイプだったんだな。ああ・・。確かに法廷で宣告された訳じゃないが、同じことって言やぁ同じ事だな」

 一転、弱気。


 伯爵法廷や郡法廷ばかりが法の審判者には非ず。市町村にだってギルドにだって裁判権は有る。課することの出来る刑罰の質が違うだけだ。

 極言してしまえば、人の組んだグループの数だけ広い意味でのレクスがあり逸脱者へのポエナが有る。

 池ぽちゃリンチなんかと違い、一番簡単で制約がないのは村八分だ。


「なにやって追放されたんですぅ先輩」

「何もしてないよ」

「なにもしてないのに追放されたんですか」

「うるせえな! 何もしてないから追放されたんだよ」

「さぼり?」

 返事せず、『先輩』レッド氏ごろりと横になる。


「寝る」

 悪い夢見を予感しながら早々に眠りに落ちると、予感どおりである。

 夢に騎士長コメンダトーレが出て来る。


無駄ムダ飯喰らいを、これ以上は騎士団に置いておけんのだ」

 まだ二十歳はたちそこそこだった『先輩』レッド氏、屈辱に頬を紅潮させながら、初老騎士長の頭頂まで禿げ上がった額を睨む。

 だが相手は家格も武力も上だ。


無駄ムダ飯喰らい、だ! お前は! 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

ナンで俺だけ言われるんだよ! もう二十年間も戦争無くって、この騎士団なんて全員が無駄ムダ飯喰らいだろ!」

 そう叫びたかったがこらえた。

 堪えてみると、騎士長が俸給を受け取っていない、という噂を思い出す。

無駄ムダ飯喰らい、じゃなくて手弁当喰らいだったな・・あんたは」


 トカトントンと、どこか遠くで大工が仕事している。


                ◇ ◇

 此処も大都会アグリッパの片隅。

 中の上くらいの宿の寝床に、男は居た。


「予算が足りん・・」

 その割には、買った女が隣に居る。

「それは自弁だ」

 誰に弁解しているやら。


「ランベールの小倅め、面倒な事をしてくれた」

 ・・怒った坊ちゃんが奴を斬捨てて仕舞わなかったなら、じっくり拷問してやる手も有ったのだが。

 戦費に大枚注込つぎこんだボーフォルス男爵家の懐は厳しい。カラトラヴァ侯爵からの借財も随分と嵩んだ。しかし、事此処ここに及んでは予算不足などという理由で大魚を逸する訳には行かない。踏ん張りどころである。


 ・・アグリッパ大司教区まで逃げ込まれた時点で、既に一本取り返されている。此処の大司教座に寄進状を差し出されたなら、ランベール党の妻子への恩赦とかと引き換えに隠匿資産の返還は為されるだろう。しかし、当家の手にはう戻らない。こっちの司教区の懐に入ってしまう。我らがボーフォルス家は事実上の寄進者として格別の待遇を受けるだろうが、現金は入らない。

 いま当家に必要なものは、格式や栄誉でも、宿敵にった快感でもない。戦費が空けた大穴を埋める現金げんなまなのだ。


「あの小娘が欲かいて寄進状を温存することを祈るしか無いな。宝探しチームにも頑張って貰うとして・・」

 そう呟いたところで男、再び頭を抱える。

「宝探しを地元の冒険者達だけに頼っているより、アグリッパでもひとチーム雇って競い合わせるか・・。結果次第の成功報酬ということにすれば、支度金だけの支出で済む。いや、しかし噂が広がって教会筋の耳に入るのは拙い。けれど、小娘が教会に寄進状を提出してしまえば当然そうなる。いやいや・・寄進状の話自体があの小倅の作り話である可能性も・・ああ、結局どう転んでも金がかかる」


「ちょっとお客さん。あたしもそんな安い方じゃ無いんだけどね」

「いや、公私の公の話だ。私の財布は余裕がある」

「そう? なら遠慮しないけどね」


 一回戦、始まる。


                ◇ ◇

 一夜明けて、レッドらはギルマスと三人で朝の礼拝に大司教座を訪れる。

 荘厳の一語である。

 フィン少年、天井絵を見上げて口が開いたまま足元が疎かだ。

 レッドはう幾度もアグリッパには来ているが決して信心深い人間ではないので聖堂は初の訪問である。


「けっこう華美なんだな」

「ははは、王都あたりの下手な名刹よりも金持ちの教会だ。神聖諸侯としても上位の格式だしな。多少俗っぽいが、お高い連中じゃなくて付き合いやすい」

 ギルマス笑って言う。

「だが、あのお嬢ちゃんの事は黙って置こう。南岳修道会とは特に悪い関係じゃあないが、やっぱり他所を頼ると言われたら良い気はしないだろう」

「ギルマスがそう判断するならば私は黙っときましょう。俺としてはカネの件だけ伏せときゃ良い気もしますが」


 礼拝堂で遠くから大司教様のご尊顔を拝する。

「右の三番目に居るのが、これから会う依頼者だ」

 結構上席の聖職者と思われる。


                ◇ ◇

 探索者ギルド。

 女、初老の渋い紳士に報告している。


「どうやら、露骨な悪意や違法性志向のある依頼人ではない様ですね。カネ目当てですが、本来ならば正当に得べかりしカネを取り戻すのが狙いですからね。それと逃亡した少女の危機感を煽らないようにと、彼女の一族への虐待行為も抑えている様子が見られます」

「非合法活動じゃないという本人の申告は信用して良さそうだな」

「まぁ少なくとも誘拐や強奪でないって裏は取れたと思うわ」

「お前たちが納得して引き受けるなら、いいさ」


「あと、宝探しのチームを募集して来るかも」

「寄進状の有効性を争う訴訟も有るかも知れないね。この件、いろいろ良い商売になりそうだ」

「金庫長、あまりムシらないでやって下さいな」

「情が移ったかい?」

「そうでもないけど、主家を思って本気で悩んでましたから」


 戸口にノック。相棒の剣士が来たようだ。


                ◇ ◇

 大司教座の一室。

「お訪ね為る積もりでしたのに御足労かけまして。ホラティウスと申します。この件の責任者と思って下さい」

 地位が高いのに、意外と腰の低い人物だ。実務家らしく、てきぱきと話を進めて来る。


「こちらのリストのうち、丸印がついているのは完全に此方こちらサイドの人間で、追加経費が必要ならば、言えば用意してくれるレベルの協力者です。それ以外は上手く説得して下さい。少なくとも好意的である事は保証します」

「特に注意すべき事とか、ありますか?」

「南岳教会は相当の武力を保有しておりますから、決して事を構えませぬように。話の解らぬ人々ではないので」

「修道会が武力?」

「僧兵です」


「それと、表向きの依頼人『フラックス商会』は実在します。実は私の実家でして話は通ってます」

「いや、『実在します』じゃなくて、大層な有名どころじゃないですか」

 豪商の、跡取りじゃない息子が出家した口らしい。

「万が一ですが、調査対象マルタイの一派と直接遭遇した場合には『アグリッパの大司教は平和的な関係を望んでるらしい』と漏洩もらしちゃっても結構です」

 調査対象マルタイなどと変な業界用語を知っている高位聖職者であった。


「もう一つだけ。この仕事をアグリッパの地元冒険者でなくて、ゾンバルトの町の冒険者ギルドから呼び寄せた俺たちに任す理由は何でしょうか?」

「お察し下さい。礼拝堂で顔を合わす機会の多い方に『魔王と妥協するつもり』とか言いづらいです」

「成る程」


                ◇ ◇

 探索者ギルド、応接。例の男が訪ねて来ている。

「おお! いらっしゃい。それでは、当ギルドが自信を持ってお薦めする二人組を紹介しよう」

 幹部然とした初老の渋い男、満面の笑みで応対する。

「ディードリックとクレア組だ。彼は元傭兵で現在はフリーだが、兵団にいた頃と変わらぬ凄腕だ。彼女はう知ってるね? 潜入と情報収集の能力も十分に御存知と思うが」

「あ、ども。改めまして、クレアです」と女、頭を掻く。


「いや・・驚いたな」と、男。



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