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48.落っこちたのも憂鬱だった

 ナシュボスコの街、人通り稀れな路上。

 『どさり』という落下音にレッドらが振り向くと、少年が落ちている。


 落とし物ではない。どこぞの屋敷の屋根から落ちたて来たのだろう。

 レッド一行、騎馬で大勢だ。軽馬車まで含んで喧しい。その誰もが気付いた程の音を立てて落下した。


「死んだかしら」

 アンヌマリーが第一声。

「悲鳴が聞こえませんでした。死体を投げ捨てたのかも」

 商人の若奥さん風な扮装いでたちに似合わぬ物騒な推測を述べるのはハンナ嬢。

「忍んで隠れて追われる身が迂闊うっかりドジ踏んだ時とかは、根性で声ぇ押し殺すかも知れんけどな」

 ブリン、経験ありそうだ。


「見たとこ、子供だぞ。そこまで出来るかな」

「メッツァナの裏路地生まれで冒険者に成り上がったもんらにゃ、そのくらい根性の有る小僧はザラに居ますけどね」

 馭者、外方そっぽを向きながら嘯く。

「どっちにしろ、関わったら確実に厄介ごとですね」

 フィン少年、諦め顔で言う。


「つついてみよう」

 言ったそばからアリシアが下馬して近づく。

「アリシアちゃん・・男の子のそこ、つついたら駄目だから」

「ぶわひゃ! 何しやがるんだっ!」

「ほら、生きてた」


「やっぱりちゃんと受け身取ってたかい。食えない小僧だ」

「受け身を取ったって屋根から落ちたんだ。いま平気に見えても、明日の朝は目を覚まさなかったりとか有るぞ。自身番とか見つけて医術者に診せないと」

「兄さん、そういうときは天下一の医術者が瀉血したって死ぬよ」

「それはそうか」


「自身番どころか、ろくな管理組織も無さそうですわ此の街。門を見張ってた子ら若衆宿の少年団だって言ってませんでした?」

 ハンナの常識では、士族子弟は親元を離れ主筋とか御本家にお小姓として奉公に上がって初等教育を受けるのである。子弟らが農村のように若衆宿で寮生活めいた共同生活をしているのは、親が主君と上手く行っていない証拠である。


「情報では、伯爵家に仕える騎士の屋敷が過半数、大公家の直臣は爵位持ちだから彼らに仕える騎士の屋敷も結構ある。でもみんな上屋敷だから執事しか住んでない屋敷も多い。そんな調子じゃ、街を仕切る組織があるとは思えませんね」


 伯爵は男爵より格上だが、それは宮廷儀礼上の席次の話。封建秩序では陛下から御旗ファーンを賜った伯爵がシルト序列三位さんみ諸侯プリンツ、それ以外の伯爵なら四位の自由領主フライヘルだから男爵とも同じ階層である。五位の騎士階級に対する裁判権を持っているという点で頭ひとつ抜けている位置だ。

 ここで何が問題かというと、伯爵に仕える騎士と男爵に仕える騎士が争って裁判沙汰になった時、判事が伯爵だという点である。この場合、陪審員の選任問題から法廷闘争が始まるとも言える。

 こんな説明で、この街の住人の力関係が如何に微妙か、お察し頂けるだろうか?


「公都の侍町なのに指揮系統グダグダって、駄目だろ」

 呆れるブリン。


「そこまで知っててアルノルト卿、今更なに調べに潜入して来たんです?」

「伯爵が噂どおりの豚チキンなのか、それとも臥薪嘗胆して爪を研いでる食えないジュランスキ野郎なのか、見極めです」

「ジュランスキって綺麗どころの姉ちゃん達と遊んでなかったか?」

 アステリクス・ジュランスキは、伝説的なテロリストである。四十九人の仲間と旧主の怨敵を襲撃するために、武装蜂起の準備が整うまでマークされぬよう遊郭で放蕩する腑抜けを演じたと言われる。

「食えない豚は無料ただの豚だっ!」

 アリシア、わけ解らない台詞を叫ぶ」


「それより、コレどうする?」

「揉みながら言うな、このお釜野郎っ!」

 この時代のズボンホーズは長靴下がガーター止めタイプより長くなって腰のベルトとかジャケットの裾から吊るすほどになり、さらに尻のあたりで左右結合したものだ。非常にポロリし易い。

「落下小僧よ、元気じゃないか! 我が名はアルフレッド・ハウゼ。君がこのあと突然死しても自己責任だからね」

「アリ坊あたらしい偽名作ったのか」

「お前は我らの正体を知ってしまった。今ここで謎の突然死を遂げるか、荷物持ち肉体労働者として我らに扈従しつつ監視下で生きながらえるか、選ばせてやろう」

「って、お前らが勝手にぺらぺら喋ったんじゃねえか!」

「原因がどうだろが、知っちゃったもんは知っちゃったんだから仕方ないじゃん」


「アリ坊、勝手に仕切っちゃって・・」

「でも兄さん、他に策あるかね?」

 ・・あ、アルノルト卿の潜入任務の話始めちゃったの、俺だった。


                ◇ ◇

 落ちていた少年を拾って占有離脱物横領してしまったレッド一行。

「落ちてたんじゃない! 落ちたんだ!

「落ちたから落ちてた。落ちてたのを拾った。拾った僕の所有物だね」

 アリシア涼しい顔。


「そんなデタラメな話があるかいっ!」

 とは言いつつも、諸有あらゆる局面で腕づくが罷り通るこの世界。人権とはち獲って初めて有るものだとも知らぬ者なし。

 落下少年、自分の股間を鷲掴みにして傲岸不遜な口を利く三つか四つ上くらいの少年を見て、彼が生っちろい優男だから跳ね除けて逃げようと言う気持ちが、相手の尋常ひとかたならぬ美貌の前に些か萎えている。萎えていないが萎えている。


「・・つ、ついてくよ」

「これでいい?」

 アリ坊、勝ち誇ったようどやな顔。

「まぁ、平和的に話が纏まったなら良い」と、答えるレッドの視線が泳いでいる。


 まぁ落下少年にしても日々の糧に窮して侍町に侵入したのである。自警少年団に捕まって蛸殴りに叩き出される覚悟はして壁を越えて来た。屋根伝いに忍んできて滑り落ちたのは痛かったが、ここで雇われるなら大願成就である。

 決して美少年に股間を揉まれて気持ち良かったからではない。


 頑張って言い訳考える思春期の落下少年であった。


                ◇ ◇

 街に宵闇が迫る。


 と、横道の暗がりから声。

「フィリップさん・・フィリップさん・・」

「やぁ、ザミュエルさん。そちらは如何です?」

「奉ずる主命がひと段落ついた合間に、横道に逸れて少し好きな事をする身勝手をお許し頂きまして、ここいらの冒険者ギルドに野犬狩りの依頼なんか行かないよう一寸ちょっと活動してます。やっぱり犬はヒト族の一番の友であるべきですから」

 改めて彼に敬意を抱くフィリップ。

「そちらの御客人、サバータの若殿様の知遇も得られたようで、幸先良いですね。でもこの街・・酒場も無ければ旅籠も無い。商人も顔馴染みの者の独擅場。情報の収集がやり難い土地柄ですよ」

「やはり左様そうですか・・」と、アルノルト卿。

「商人の身形なりをして販促のお品もお持ちの御様子。農村部にアプローチなさるのが宜しいかと」

「やはり・・」

 アルノルト卿、考え込む。

「バッテンベルク御家中のかたですね? 主人から申し付っております」

「え! それは千人力」

「ウォルフスタールのザミュエルと申します。嶺南はサバータのご隠居様にお仕えする者です。それでは、また」

 声、闇に消える。


「嶺南の隠密殿・・でありましたか。徹底しておられますね、味方にも姿かたちを見せぬとは」

 アル卿、冷や汗をかいている。

「たぶん凄腕馴服師テイマースキル持ちで、昨年の飢饉で捨てられた此の地の飼い犬たちの野犬化を心配なさってる。俺なんかのような、目の前の仕事コナすのに汲々としてる小物と違って、視野広く志の高いかたです」

 フィリップ氏、かなり持ち上げる。

 レッドはレッドで感心する。

「さっき、ふと気配が消えた後、どっちへ行ったか微塵も分からない。成程あれが超一流ってやつですか」


「ただ一瞬、体臭がしたような・・」

「はは、こいつって匂いフェチなんですよ。男の股間の臭いで誰だか当てちゃうんです」

「アルっ!」

 ハンナにつねられている。


「世の中には色んな才能ギフト持ちが居るんだなぁ」

 素直に感心するアリシア嬢。男装する時の名はアルフレッドにしたらしい。

 こんなのも才能だろうか?



続きは明日UPします。

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